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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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セルファ vs 剣聖

 払暁、東の空が仄暗い赤を帯びたとほぼ同時に地平線が跳ねた。


 大地が揺れ、それが大きくなるに比例して、赫炎の大地を漆黒の虚が呑み砕いていく。遠目に覗いている限り、夜闇と日中が上下反転しているかのように見える。やがて続いてくる暗雲が日中すら押しつぶして、払暁を迎えたにも関わらず、瞬く間に夜に逆戻りになってしまった。


 朝のひばりが春やかに鳴きそうな美しい日の出が台無しだ。夜の帷が下り、松明の灯りなしには眼下すらおがめない。時折、雲の隙間から覗き見える太陽の姿は、暗黒の中をもがく下民を俯瞰する天使か、救いの糸を垂らす慈悲深き神か。


 陽光が照らす地べたを黒波が塗り絵のように潰し、瞬く間に大城壁の近くまで迫ってきた。暗黒の尖兵の侵攻を前にして、しかし大城壁の上に立つ将兵達の表情に恐れは見えない。彼らの背後には守るべき故郷があり、家族があり、その脇を固める頼れる戦友が、英雄がいる。一体何を恐れるのか、と一様に彼らは答えるだろう。


 彼らの羨望と期待の眼差しは必然的にこの大城壁の最大戦力であるローランド・ヴァイスベートへと向いた。髪型はベージュ色のオールバック、鎧の類は革鎧に止まり、盾を持たず、剣一本だけというシンプルなスタイルはセルファ(C.E.L.F.A)の攻撃力の前では鎧や盾は紙切れ同然で、動きを遅らせる重石にしかならない経験則からくるものだ。


 代わりにローランドは指輪やアミュレット、ブレスレット、タリスマンと言った装飾品を多く装備しているが、これはいずれもマジックアイテムだ。これらのアイテムは攻撃力や敏捷値、思考の回転速度を上昇させるなどといった戦闘力を上昇させる効果を持っている。その中でも最も優れているのが左手の人差し指に付けている「指輪」だ。


 この指輪はアスハンドラ剣定国に古くから伝わるマジックアイテムで、名前や由来は失伝してはいるが、装着者に精神力の向上、筋力の向上、生命力(HP)気力(SP)魔力(MP)を一定量消費することで一定時間の全ステータス向上効果の三つを得ることができる。特に三つ目の効果はこの「指輪」の切り札のようなもので、短時間ではあるが、10レベル以上もステータスを向上させることができる。三つ目の能力を発動させたローランドの実力は圧倒的であり、黒風のセルファを10体から15体をまとめて相手にできるほどだ。


 ローランドという破格の英雄、彼の後ろ姿に将兵達は安堵を覚えるが、それ以上に彼らに安心感を与えたのは、その隣に立っている隻腕の剣士の存在だ。赤髪短髪、左手はなく、首筋から顔の左半分にかけて火傷の跡が見える長身の男。襟が座った白いコートを見に纏い、剣や槍といった武器の類は一切装備していない。氾濫する地平線を見つめながら左袖の留め具になっている金色のピンを弄っている男はローランド以上に張り詰めた殺気を放っていた。


 「剣聖様。そろそろです」


 「そうですね。じゃぁ私はそろそろ行きますが、よろしいでしょうか?」


 ローランドに促され、赤髪の男は、リドルは左袖の留め具を外した。彼がピンを右手で握りつぶすと、一瞬だけ空気が歪み、次の瞬間、どこから生えてきたのか、右手には一振りの金色(こんじき)(つるぎ)が握られていた。


 それは剣と呼ぶにはあまりにも歪な形をしていた。三つに割れたロングソードを敢えて元の状態に戻さず、切断面と切断面の間に別の鋼を差し込んだような形だ。ちょうどC字のような形状になっていて、さらにおかしいのが、上部にもう一つだけ柄がついていた。これには拵えはなく、もし将兵達が知っていれば音楽記号の(ナチュラル)に近いと思うかもしれない。


 そんな奇形の剣を握りしめ、リドルは空を蹴った。彼が空を蹴ると、水色の粒子がほとばしる。そのままはるか上空までリドルは達すると握っていた金の剣を迫り来るセルファへと向けた。


 「ぶっきれろ」


 金色の剣が中心から一直線に割れる。さながら閉じたコンパスのような弧を描いた弓形へとその姿を変える。それは黄金の穹のように見えるが、断じて穹ではない。それは刀剣だ。巨剣が収まった鍔のようなものだ。暗雲が逆巻き、蒼天が開く。そして直後、無数の光剣が不規則な軌跡を描き、セルファの大津波めがけて放たれた。


 それは一方的な殺戮行為、つまるところは虐殺だ。上空を飛翔する隻腕の剣士が無造作にその手に握った神話級武装「誠洞皇帝(せいどうこうてい)」の一撃を放つだけで幾千、幾万、幾億のセルファの体がこの世から文字通り消滅していった。それはただ武器の攻撃力が高いから、ではない。誠洞皇帝から放たれた無数の金色の剣に触れると、ウイルスが侵食するかのように剣の穂先から黄金色の力の本流が伝播し、セルファを殲滅せんと広がっていき、それは瞬く間に地表を黄金色で染めるほどだった。


 セルファは群体生物だ。一体一体ではすぐに死んでしまうほど弱い生命体だが、群体となり重なり合うことで驚異的な生命体へと変わる。彼らはダメージを受ける際は受けるべき箇所を剪定して、ダメージを受けた直後に切り離すことで受ける度合いを軽減させている。群体生物という性質上、もし部位を切り離さなければダメージが一個の群体を構成しているセルファ全体に波及してしまい、砂上の楼閣のように崩れ去ってしまうからだ。


 受ける攻撃が剣の一振りや槍の一突きのような単調なだけの攻撃、局所的な攻撃ならば問題はない。ダメージの総量を群体を構成しているすべてのセルファで等分する形で分散できる。レベル1の剣士が攻撃して、生じるダメージが10とした場合などがいい例だ。


 セルファがダメージを受ける時の対応は概ね、この二種に限られる。どちらかを選ぶかはケースbyケースだが、アスハンドラ剣定国の一般兵が炎剣を用いた防衛を始めてからは前者を優先させる傾向にある。


 リドルの放った攻撃はそんなセルファの特性を完全に潰す一撃だった。セルファ達の特性上、最も嫌うべき広範囲攻撃、何より彼らにとっては唾棄すべき聖属性の侵食攻撃は切り離そうとした先から次々と黒波を構成するセルファを飲み込んでいった。ダメージを分散させようにもそれでは聖属性の侵食攻撃も分散してしまい、瞬く間に身体中に毒素を侵食してしまう結果になる。わけがわからないまま、地上のセルファ達が侵食され、黄金色に変化していく中、一陣の黒風がリドルめがけて突っ込んできた。


 こともなげにリドルはその黒風を蹴り伏せ、黄金色の地面に叩き落とす。這い上がる暇もなく黄金に飲まれる黒風を一瞥することなく、誠洞皇帝を遠距離モードから近距離モードへと変形させ、続く黒風にリドルは備えようとした。


 「技巧(アーツ)清画(ドビュッシー)


 しかし彼が対応するよりも早く、ローランドが割って入った。技巧を纏わせ、青白く輝いた聖剣を振り、迫る黒風を斬り飛ばした。


 「ヴァイスベート殿。別に私に任せてくれてもよいのですが?」

 「いえ、剣聖殿。別の地点でもセルファ共が現れました。特異な個体がいる、と現場の指揮官が早馬を」

 「特異?わかりました。自分はすぐそちらへ向かいます。よろしいですね?」


 「ええ、是非に。残敵は私が片付けます」


 その台詞を皮切りにローランドが天をめがけて飛翔する。レベルにして147。この世界でも間違いなく最強に位置する最強の剣士の一角であるローランドがただ飛翔し、突貫するだけで彼めがけて突撃していた黒風は実体を保てずに雲散霧消した。


 「剣聖殿だけにいい格好はさせられないのでね」


 去り際にそんなことをローランドが言っていたような気がしたリドルが振り返ると、ひゃっはーとでも言いたげな鬼気迫る形相で青い稲妻と化したローランドは群がるセルファを悉く切り伏せていた。


✳︎

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