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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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王炎の軍令リドル

 アスハンドラ剣定国の国土を守るための大城壁、それは帝国の西部国境を横断する大長城のような堅牢なものではなく、突貫工事の産物だ。何度となく続く敗走の末、多くの技術者と剣士を失ったアスハンドラ剣定国には先代の剣王が長年にわたって守護し、彼の墓標にもなった長城を作ることも、守ることも難しい状態にあった。


 今のアスハンドラ剣定国はセルファを相手に戦い続けるだけの体力など、すでに残されていないのだ。食糧を生産するための農地が内陸部にあったので、自給率という点では困らないものの、専業戦士である剣士は日に日に数を減らし、徴兵を行おうにも戦える男はほとんど大城壁に送られ、国家の生産業を支える労働力は常に限界の一歩手前に迫っていた。


 現在の剣王ユリウス・ジョーアの若さと未熟さもあって、剣王が刃を震えない中、それでもまだアスハンドラ剣定国が滅びずにいた理由は主に二つある。一つはヤシュニナ氏令国とエイギル協商連合による手厚い支援だ。武器などはもちろん、時には傭兵すら貸し与え、アスハンドラが敗北しないように瀬戸際で状況を維持していた。


 もう一つは先代剣王の右腕であるローランド・ヴァイスベートによって前線を維持しているからだ。先代の剣王以上とすら言われる戦闘力を誇るローランドが現剣王に代わってセルファを退け、前線の状態を保っているのだ。


 しかしどれだけ支援をしても、強戦士が血反吐を吐いても圧倒的な物量を誇るセルファという群体生物を討ち滅ぼすことはできない。個の努力をすべて嘲笑するがごとき絶対的な集の強さ、自分達にとっての危険を遠ざけるために生み出された黒風という上位個体、この二つはセルファの刃となり、容赦無くアスハンドラ剣定国の領土を文字通り食い散らかした。


 「このままの試算ですと、あと五年と経たずにアスハンドラ剣定国の国土はすべてセルファによって飲み込まれるでしょう。彼らは知恵などありませんが、その分を物量によって補っています。恥を偲んでお頼み申し上げます、剣聖様。どうか一時でもよいので前線に立っていただけないでしょうか」


 アスハンドラ剣定国の重鎮、ベニート・ミルハウス筆頭大臣にそう嘆願されたリドルは断るいとまもなく、副官のイェルハルトに背中を押されて、最前線である大城壁に立たされていた。本人もなんで抵抗しなかったのか、と首を傾げたが、過去の自分に文句を言っても仕方がない。とにかく今は、とリドルは胸壁を撫でながら眼前に広がる土色の大地を睨んだ。


 見渡す限り、山も川もない地平線。空と大地の境界線まで続くまっさらな大地はすべてセルファによる侵攻が招いた結果だ。彼らは山や丘といった地形を全く考えず、すべてを飲み込んで進撃してくる。壁はもちろん、城ですらセルファの前では障害になり得ない。


 この大城壁が堅牢に造られていないのも、セルファの前ではいくら堅牢に作っても意味がないからだ。代わりにセルファの侵攻を遅らせるため、城壁の周辺は深い堀が掘られている。セルファがいくら壊してもすぐ再建できるように材質を安価なものにしている理由もセルファの脅威的な侵攻能力を加味しての止むを得ない選択だ。


 先代剣王の時代は個による面制圧で対処できてはいたが、今のアスハンドラ剣定国にそれができる人材は十人といない。代わりに油や火薬といった道具を使って面による攻撃でセルファに対抗している。そのため、大陸の諸国家の多くが未だに槍と盾で武装しているにも関わらず、アスハンドラだけは大体15世紀ぐらいの技術水準にまで達しており、武装も必然的にそのレベルのものが多くを占めていた。


 剣士らが持つ武器は、剣としての機能、火炎放射器としての機能を兼ね備えた多機能型の特殊武器となり、近距離戦と中距離戦のいずれにも対応できるようになっている。なぜ火炎放射器のような武器になったかと言えば、それは単純で、アスハンドラ剣定国には魔道銃が存在しておらず、銃に似た武器があるとすればそれはボウガンだけになり、ボウガンはセルファに対して有効打にならない一方、火薬樽や油樽に火を付けると爆発、炎上して有効打となるからだ。


 もっとも、それがセルファにとっての致命傷にはならないのが悲しい。セルファをまとめて倒せる、という意味で彼らが使う武器、放射剣は有用な武器だが、100ある個体の内の3つや4つを燃やされたところでひるみはしても、倒されることは決してない。とどのつまり、一般剣士達が持っている放射剣はローランドを初めとした強兵が駆けつけるまでの時間稼ぎ以上の意味を持たない武器なのだ。


 その事実を噛み締めるリドルはいつ来るかもわからないセルファが来るだろう方向を睨みつけた。かつて、おおよそ5年前の「選定の儀式」のついでにセルファと対峙したことがあったが、その異様な見た目と圧倒的な物量は忘れたくて忘れられるものではない。当時の混乱期にあったアスハンドラは敗走に次ぐ敗走を重ね、ひどい状況だった。


 内政干渉と知りながらも住民の避難の護衛や軍の殿を務めたからこそ、その状況の悲惨さをリドルは知っている。迫り来るセルファの大津波に為す術もなく、守る壁すらなく蹂躙されていくアスハンドラの国民、兵士達をただ見つめ続けることしかできなかった事実は記憶に新しく、近年でも稀に見る歯痒さを覚えた。


 もしも、という副詞が文頭に来ることが許されるのならば、アスハンドラでセルファを相手にしてリドルは戦いたかった。日々の生活が不満であるとか、ヤシュニナが大事ではないなどと言うつもりはさらさらないが、叶うのならばアスハンドラの人間を救いたかった。自分にはそれができる力があったというのに。


 それは今も変わらない。変わらないからここにいる。シドは恐らくそれを見越して自分をこの国に派遣したのだろう、と普段は感謝することがない友人に、心の中でリドルは感謝の言葉を紡いだ。


 声を大にしていいのならばリドルはきっとこう言うだろう。かかってこい、と。それが不謹慎であることは重々承知で、リドルはそう言いたかった。気持ちよく、何のしがらみもなく、純粋に一人の剣士として戦えることが錆びついたリドルの心を研ぎ直す唯一の手段なのだから。


✳︎

 

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