幕間——160年前の慟哭Ⅳ
「SoleiU Project」表層にある世界の中心にはイステリア島という孤島がある。はるか数百万年も昔にできたこの島はわずかな集落と漁村、そして迫り上がった小高い丘の上に建っている白煉瓦の塔以外におおよそ建造物と呼べるものはない。
小高い丘には花々が咲き乱れているが、木々の類はほとんど見えない。わずかな木々が丘の中腹近くに見えるだけだ。丘の裾野に近づくとようやく低木林が見えてくる。とはいえ住んでいる生物はリスなどの小動物がほとんどで大型の動物はもちろん、モンスターの類すらこの島には住んでいない。
低木林を抜け、海岸近くまで降りてくるとようやく集落が見えてくる。しかしそのいずれもが木を使わず、石を積み上げただけの簡易的とすら言えない極めて原始的な家屋だ。入り口の高さは縦に4メートル、幅は2メートル半と人間サイズで考えればかなり大きい。屋根は流木を束ねた極めて簡素なものだ。大抵の家屋が一階建てで、二階建ての家屋もあるいにはあるが、それらは天然の地形を利用しているに過ぎない。
島の住人は「イクトゥス」と呼ばれる異形種がほとんどだ。イクトゥスは魚頭がまず目を引く種族で、両手、両足にヒレが付いていて、それぞれの指の本数は七本でどちらも人よりも大きな水掻きが付いている。彼らは二足歩行の生物だが、その実態は手足が生えた魚、という表現が正しく、膨らんだ腹部、臀部から生えている尾鰭、トビウオのように鋭いヒレが背部から生えている気味の悪い生命だ。
体長は3メートルほどで、首は異様に長く、瞳は魚のそれで、舌の長さはカエルのよう。七本ある両手の指を器用に動かし、彼らにしか作り得ない見事な土器を作ることで知られている。一見すると亜人種のようにも見えるイクトゥスだが、彼らはれっきとした異形種だ。
その証明となるのが彼らの種族的な特性である。新月の夜、イクトゥスはその身の呪いが失われ、本来の姿を一時だけ取り戻す。それは神々しいまでの竜の姿だ。彼らの醜い魚頭は優美で凛々しい白鱗の竜頭へと変わり、トビウオのようなヒレは鋭い翼へと変形する。彼らイクトゥスの真の姿を見た時、人は皆一様にその美しさを褒め称える。アインスエフ大陸の南方ではこういった「外見に捉われる様」を「イクトゥスの鏡写し」という慣用句で揶揄したりする。
そんな文化的にも広く「SoleiU Project」内の国家に浸透しているイクトゥスだけが住む島には一人だけ部外者がいる。彼女はおおよそ十年前にイステリア島に現れ、不思議な力で小高い丘の上に白亜の巨塔を建てて見せた。その巨塔は島にあるどんな家屋よりも大きい建物で、島のどこからでもその荘厳な様を見ることができる。
彼女、フェイ・DorT・フォログラムは魔法使いである。深々とフードを被り、白いローブに身を包み、仰々しいまでに大袈裟な杖を手にした異邦の魔法使い。イクトゥスを見ても忌避の感情を見せず、微笑を浮かべる彼女は一切、彼らの生活に干渉することはなく、常に丘の上の巨塔にただ居座っていた。イクトゥスにとって魔法とはあまり気持ちのいいものではなかったが、彼女が自分達に魔法を使わない限り、彼らは以前と変わらぬ生活を続けた。
その彼女が初めて深々と被っていたローブを取り、イクトゥス達の漁村に降りてきた。初めて顕になった彼女は白髪の人間だった。イクトゥスの美的感覚は人間種のそれと大きくことなるので、彼らには彼女の顔がどうだというのは正直どうでもよかった。ただもしこの場に一人でも人間種がいれば見惚れるような美しさだった、とだけは言っておく。
フェイがイクトゥスに告げたのはほんの些細なことだ。今から三日後にとある船団がこの漁村に到着するだろうが、決してパニックを起こさないで欲しい、というもの。彼女はその船団に乗っている人間全員を自分の客だ、と説明した。
日頃からフェイ自身も、イクトゥス達も互いに干渉はしない。彼女と彼らの関係は不干渉だからこそ成り立っていると言ってよかった。その彼女がどうして今になって自分達に接触し、あまつさえ客をこの島に招いたのか、イクトゥス達は訝しんだ。
フェイはこう答えた。「本当に申し訳ない。この件が済んだ後に精神的にお礼をさせてもらう」と。魔法使いであるフェイが数日で丘の上の白亜の巨塔を建てた光景を見ていたイクトゥス達はその言葉に納得し、事が済んだら魚がたくさん獲れるようにしてほしい、とフェイに求めた。彼らの頼みにフェイがわかった、と頷くとそれまで渋い顔をしていたイクトゥス達は背中のヒレを小刻みに震えさせて喜びを表した。イクトゥスにとって主食は魚介類だ。それは多ければ多いほどいい。食べきれなければ干し魚にでもすればいい。楽しみだなぁ、とよだれを垂らして次々と離席していくイクトゥス達を尻目にフェイは安堵の息をこぼした。
納得してくれたことにまずは感謝を。そして自分に面倒ごとを押し付けてくれた古い友人に災いを。「白亜の魔女」フェイ・DorT・フォログラムは晴れ渡った青空に儚い想いを投げかけた。
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キャラクター紹介
・フェイ・DorT・フォログラム)レベル150(現在)、160年前はレベル145。種族、ハーフ・エーロス。趣味、AV鑑賞、指輪集め。好きなもの、NTR、純愛、建築。嫌いなもの、百合の間に入る男、不死身キャラ。
イステリア島の魔女。白い衣装を好んで着ている。彼女の作った塔の地下には大量のAVが保管されている。リドルにケツを星剣を突き刺されて以来、マゾヒストになった。




