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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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雪の中で

 五万の兵士達、彼らの間に明確な合理性などというものはなかった。闘争本能の赴くまま、12月の28日の早朝より、雪崩を打って帝国軍は本陣が置かれている丘陵へと襲いかかった。


 丘陵を半円状に囲み、すべての地点から一気呵成に頂上を目指す。たかだか500メートル程度の高さしかない丘陵など、オルト地方での行軍訓練で何度となく登ってきた。ゆえに敵の妨害さえなければ簡単に登れる、と思っていた。


 その目論見は初日の正面丘陵での戦いで敗れている。予想以上に降り積もった雪が足を取り、体力の消耗に貢献していた。クソが、と毒を吐きたくなるほどの苦難、それは彼らをより一層焦らせ、死んでいった兵士達は持っている力の半分も引き出せなかった。


 二日目の死者の多さの理由を彼らはそう分析した。感情のままに攻めていてはまたその二の舞になると理解している。


 一気呵成に、などと言ったが、帝国軍の各部隊長、軍団長は慎重に丘陵の攻略を開始した。じわりじわりと一つずつ拠点を潰していき、圧倒的な数の暴威、強固な方陣の堅牢さでもって進むその姿は、さながらはるか南方にいるとされるマールクム(戦象)という獣の歩みを彷彿とさせた。


 ロサ公国軍の弓矢による飽和攻撃も、長槍による一糸乱れぬ突きも、彼らには関係ない。等しく打ち砕き、帝国軍の正規兵の精強さをこれでもかと知らしめていた。事実として、その日の夕刻には帝国軍は丘を四合目まで取っていた。彼らが戦果を捨てて正面丘陵へ帰って行ったのはひとえに「いつでも落とせるぞ」という示威行為に他ならない。


 煌々と松明の明かりがゲルバイド丘陵地帯を照らし、寒さを忘れた帝国軍の将兵達の歓声が轟く中、ロサ公国の本陣はひっそりとしていた。松明の明かりは見え、兵士も見える。だが彼らの表情に覇気はない。帝国軍の逆襲を受け、意気消沈しているのだ、と帝国の兵士達は高らかに、朗らかに笑った。ただ笑ったのではなく、彼らはロサ公国の兵士を蔑んでいた。馬鹿にしたような笑い声で下品に笑った。


 そして翌日の12月29日、帝国軍が再びロサ公国軍本陣に臨んだ時、彼らの顔から笑みが消えた。


 「なんだ?これは?」


 抵抗が薄かった。それは左右の丘陵も同様で、ロサ公国の弓兵による攻撃ばかりで弓兵を守るための盾兵の姿が見えなかった。代わりとばかりにいくつもの馬房柵や石垣があるが、それは帝国軍の進撃の障害にはなり得ない。


 瞬く間に帝国軍は四合目、五合目と迫っていく。


 どういうことだ、と現場の指揮官達は目を細めた。反撃などと呼べるものではない。散発的な弓兵による弓術では帝国兵を退けることなどできはしない。火力の集中によってのみ帝国正規軍の軍団技巧(レギオン・アーツ)は破られるのだ。


 ロサ公国のあまりにもやる気のない攻撃に指揮官達は一時停止を命令しようと手を上げた。まさにその瞬間、ロサ公国の軍旗が彼らの左右から立ち上がった。彼らの視線が左右の丘陵へと向く。


 歓声を上げ、斜めに丘陵を降りてくるロサ公国兵。合わせれば五千は降らない。左右の守りを捨て、中央に向かって本陣を攻める帝国軍に横撃を加えたのだ。意識が正面に向けられたからロサ公国の奇襲を許したのではない。()()()()()()()()()()()()()、という思考の穴を突かれたのだ。


 「で、それが?」


 しかし奇襲を受けたのならそれ相応の対応を帝国軍はできる。左右の横撃を受ければ即座に軍の配置を帝国軍は変える。一旦後退し、盾兵を正面に、槍兵をその真後ろに配置し、盾兵らは軍団技巧:聖盾(ヒエロ・シルト)の構えを取った。平地ならばこの軍団技巧によっていかなる敵も跳ね返す自信があるが、斜面となれば話は別だ。


 衝撃が地面に逃げることなく、踏ん張ろうとすれば盾兵が落下してしまう。それを回避するために盾兵の間に槍兵が入り、別の軍団技巧:千針(スコット・ローチ)を発動させる。白と青、二つの光がほぼ同時に帝国軍の本陣からほとばしった。


 「さぁ、つっこんでこい下郎!串刺しにしてくれる!」


 盾で受け止め、槍で串刺しにする。帝国軍が得意とする防御方陣の一つ、針盾(スコット・シルト)を発動させたことに満悦の指揮官の、よく整えられた口髭がゆわりと膨れ上がった。


 怒涛の勢いで突撃を敢行するロサ公国兵は軽装だ。雪中ともなれば鉄鎧よりも革鎧の方が利点が大きいからだろう。それは理解できる話だ。しかしこと防衛戦となれば軽装よりも重装の方が有利だ。紙を丸めた棍棒でダイヤモンドを砕くことができないように、軽装の兵士がいくら束になって、軍団技巧を使って突撃してこようと跳ね返せるのは道理だ。


 しかし、ロサ公国軍は突っ込んでくることはなかった。突撃するかと思ったロサ公国兵は寸前で停止すると、持っていた槍や剣を片っ端から投げつけてきた。中には石や氷塊を投げてくる者もいた。それらの投擲物は聖盾によって弾かれるが、中には生卵などの武器ではない物も含まれる。防御系の軍団技巧はあくまでもダメージをシステム上与える物体のみを弾く技巧だ。よって生卵などは聖盾の守りをすり抜け、盾を持っている兵士の顔面や鎧に命中した。


 ひとしきり武器や武器でないものを投げつけると、踵を返してロサ公国軍は山頂を目指して走り始めた。それは歴戦の戦士達、訓練された兵士達にあるまじき、規律も何もない脱兎如き敗走だ。


 「な、は?くそ、なめるな。舐めるなよぉ!全軍!あの厚顔無恥な門外漢共を叩き殺せ!その背中を貫き、血が全て抜けるまで生かし続けろ!」


 無茶苦茶な命令が指揮官らの激昂と共に飛んだ。ある者は抹殺を、ある者は誅伐を、ある者は陸殺を、ある者は陵辱を叫んだ。捕縛し痛めつけてしまえ、と叫んだ。


 指揮官達の怒号に呼応して兵士達も吠える。全兵士が方陣を解き、一斉に丘陵を登り始めた。しかし彼らの足は遅い。鉄甲冑を着ているのだから雪中を進むのは軽装に比べてはるかに鈍重だ。帝国軍兵士が1メートルを進む間にロサ公国軍兵士は3メートルを進む。彼らの開きはどんどんと広がっていき、呼応するようにそれまで弓矢を撃っていた弓兵達も弓を放り捨てて、山頂へ撤退を始めた。


 中々追いつけず、ついには甲冑を脱ぎ捨てるように指揮官らは指示し、ぐんぐんと登っていくロサ公国軍兵士を忌々しげに睨んだ。いつしか彼らの背中は雪山の真後ろへとかき消え、もぬけの殻となった本陣に立った時、現場指揮官達は地団駄を踏んだ。


 丘の上にはいくつものテントが所狭しと設営されている。テントの中身は文字通りもぬけの殻。椅子や机が置いてあるテントもあったが、大抵は物資を置いていたか、負傷者の病棟として立っていたようで、地面が少し沈んでいたり、血の跡が付いていたりした。


 物資と呼べるものはすべて持ち去られており、肩透かしに遭った帝国軍を嘲笑うかのようにロサ公国の国旗が山風に吹かれていた。


 「クソ!なんなんだ、あいつらは!昨日の猛激は!これまでの反撃は嘘偽りか!それともこれは策か?高地を敵に明け渡す策か?」


 「閣下。敵の柵にせよ、高地を得たことは我々の利となります。このままここを拠点とし、後退したロサ公国軍に備えることができます」


 「それにこれはいい口実になる。あの女に我らの威厳を知らしめられたのではないか?」

 「ですな。これまではでかい顔をされましたが、あの女の立つ背がこれで、ん?」


 和気藹々と自分達の功績を上官達が誇る中、現場指揮官に付き添っていた副官の一人がふと足元へ視線を落とした。特段気になることがあったわけではない。ただ、彼は小さな違和感を自分の足元に感じた。


 ——それは正しい認識と言えた。


 しかし彼はその違和感を言語化することができなかった。言語化できるほど違和感を違和感として認識できなかった。


 その日、物資を中央丘陵に送り、五万の兵士が自分達が勝ち取った戦利品の上に野営した。もっとも大部分は丘陵の裾野に待機することになったが、それでも彼らの表情は明るかった。久しぶりの勝利に湧き立った兵士達の士気も高い。このまま行けば年明け前にロサ公国を落とせるのでは、と誰もが思った。


 ——その日の夜、いや払暁の頃、一人の副官が抱いた違和感が発露した。


 ——ゲルバイド丘陵地帯、その中でも街道沿いにある中で最も高い500メートル級の丘とその周辺の丘が凄まじい地響きと共に崩れ落ちた。


✳︎

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