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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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ビフォー・ショー・スタート

 ロサ公国軍の本陣は夜闇の中に煌々と輝く紅蓮の大火を見て湧いていた。正面前方の丘陵の輪郭すら見えるほどに激った眩さに目を奪われ、感嘆の息を漏らした。聞こえてくる帝国軍の悲鳴、そう錯覚するほどに苦難にさらされた者達は恍惚の笑みを浮かべて燃えたぎる夜空を褒め讃え、夜にも関わらず、連日の小うるさい咆哮へのストレスも忘れ、大いに盛り上がった。


 まだ勝ったわけでもないのにエールを交わす音が、万歳の掛け声が、兵氏達の互いの健闘を讃えあう声が丘陵のすみずみにまで伝わっていく。それほどにロサ公国軍の精兵が、公王の近衛兵が帝国軍本陣を奇襲し、成功したという勝報はここ数日の陰気な空気を払拭するには十分すぎた。


 彼らの湧き立つ理由は決して嘘ではない。虚報ではない。確かに公王の近衛兵団は帝国本陣への奇襲に成功した。ただしその戦果の大部分がカルバリーらが積み上げた死体の山だった、というだけの話だ。


 夜中、カルバリーの率いる直下部隊四十人と、ロサ公国の近衛兵団四百人は夜の闇を利用して帝国軍の本陣に迫った。あらかじめカルバリーの狙撃によって見張りの兵氏を倒し、外周区の比較的手薄な位置目掛けてロサ公国兵が突撃、傷口を広げる形でカルバリーらが左右に展開し、群がってくる帝国軍を蹴散らしていった。


 出入り口を確保した後は情報を錯綜させるため、松明を倒していった。暗闇の中、ロサ公国軍は同士討ちを起こさず、集団からあぶれた帝国兵を薙ぎ倒していく。予め渡された夜目を強化する目薬を差した彼らにとって暗闇はまさに絶好の狩場と言えた。カルバリーらヤシュニナの兵士が注意を惹く中、彼らの影刃が鋭く光り、着々と死人の山を築いていった。


 その結果が火炎に燃える帝国本陣だ。散々に無様に打ち倒され、あまつさえ首級の一つも挙げられなかったロサ公国軍の威信は完全に地に落ちた。


 「そう。落ちた。この状況は奴らにとって恥辱だ。帝国旗を踏み潰され、尊厳を踏み躙られ、盟友を踏み殺されたとなれば怒らないわけがないよなぁ?さぁ、どうする?どう動く?そのままそこに止まるか?とどまるなら俺らはずっと続けるぞ?持久戦をすることが虚しいと思え。思ってください、お願いします!」


 「いや、ダサい。ダサくないですか、シド。さっすがにダサいですよ。数秒前までイキってた奴の発言とは思えませんて」


 天幕の中で両手をさすって祈りを捧げるシドをカルバリーは軽蔑の眼差しで見つめた。夜闇が白み始めた頃、無事に帝国軍の本陣から撤退したカルバリーが天幕の中に入ると、自分の上司が明後日の方向に向かって祈りを捧げていたのだから、両眼を疑った。聞こえてきた意味不明な雑句はもはや呆れてしまうものであり、いかにシドが精神的に追い詰められているかを物語っていた。


 元々、シドはこういう結構いい加減な性格の人間だ。普段は偽悪的、いや悪そのもののように振る舞ってはいるし、すごい策を持っている策士のような印象を各国の人間は抱いているが、中身ははっきり言えばガキっぽい。その場のノリで平気で行動するし、その結果を顧みることは決してない。別に地頭は悪くないし、勤勉ではあるのだが、普段はかなりの脳のIQを落としている。その成れの果てが目の前でぎゃーとかばぶーとかやっている精神年齢二百歳児なのだから嘲笑ものだ。


 「いやーご苦労さん。これで帝国軍が動かなかったらいよいよ腹躍りでもしようぜ」

 「ご自分でやってください。アレをやればいいのでは?一昔前に流行ったボーンダンス。シドの魔法で幻影を見せればBDS48くらいはできそうですけど?」


 「それって俺にメリットないじゃん。俺嫌だよ。あんな水着着てキャピ♡みたいなダンス」

 「オールド・アートワークに精通している有識者に殴られそうですね」


 知るか、ていうかいないだろ、とシドは苦笑する。この世界、「SoleiU Project」世界が切断されてからすでに160年も経っている。外から流れてくる人間は何人かいるが、出られた人間は寡聞にしてシドは知らない。かつては自由に試聴できたオールド・アートワークも今では記憶の中の産物でしかない。


 だからオールド・アートワークに精通している人間などもはや限られている。アニメーションだとかMVだかをデータブックに入れていた人間ならいざ知らず、シドもカルバリーもなんでそんな面倒臭いことを、と笑っていた側の人間で、今になって血涙を流している。


 「さぁてと。おふざけはこれくらいにして。こっから先はちょっと賭けだ。さっさと装置を設置しに行くぞ」

 「そうなると……大体明日の夜明けまでに氷層に届きますね。そこから作動するまで一日かかるわけですから、形になるのは正味二日半ですか。一応、撤退の準備はさせていますが、ここまでの規模は前例がありません。どれほどの規模になるか」


 「やってみないとわからんからな。ま、ただ丘陵が消えるっていうつまんない結果に終わるかもしれないから、ほんと博打もいいとこなんだけどな」


 そう言うシドはしかし悲観的なセリフとは裏腹にひどく楽しそうに見えた。まるで遊具を与えられた小生意気なクソガキのようだった。


 そして、翌日の昼ごろ、怒り狂ったように五万の帝国正規軍が中央丘陵に雪崩を打って攻めかかってきた。


✳︎

作中世界の「魔法」について


 「SoleiU Project」世界における魔法とは「創造神エアに対する祈り」です。魔法を使う際に詠唱を必要とする理由は、単純に神様に対して祈って、言葉を選ばずに言えば「これやってくれ」と頼んで、力を借り受けているようなものです。


 そういった理由から、魔法の詠唱が長くなるということは、それだけ詳細に祈っている、ということであり、高位の魔法は長文詠唱になります。また誰でも長文詠唱ができるわけではなく、「学士」や「博士」、「賢者」などの称号を獲得しなければ詠唱できる語句は伸びません。初期の魔法使いでは種族による違いもありますが、大体2〜4句までとなっています。最高位の称号を獲得すると、ほぼ無制限の長文詠唱ができるようになります。その分だけMP消費も比例して増大します。


 この点が「SoleiU Project」というゲームで魔法使いが不人気な理由でもあり、マイナーな存在である所以でもあります。誰だってゲームの中でまで語学の勉強をしたくない、ということです。しかし、「賢者」の称号を得るとスキル、「高速詠唱」と「無詠唱」の二つのスキルをカウンター・ストップ状態で獲得することができるため、ここまで辿り着いた魔法使いは同レベルの戦士に比べて有用になります。ちなみにこの二つのスキルは「賢者」の称号なしでも獲得はできますが、その時はスキルレベル1からのスタートになるため、スキルポイントの節約のためには「賢者」の称号を獲得することがプレイヤー間では推奨されています。


 高速詠唱は詠唱時間を短くするスキルであり、魔法を使う際は常に発動します。効果としては検索エンジンの自動補完機能のように、使用者のこれまでの使用魔法から傾向を推測し、自動的に口が動くというものです。この推測は非常に的中率が高く、仮に間違っていた場合はキャンセルし、途中から詠唱を引き継ぐことが可能です。詠唱時間が短くなり、消費MP量も通常時と変わりません。


 無詠唱は詠唱時間が短くなるスキルであり、こちらは予め設定した詠唱のみを選択して使うことができます。そのため事前にセッティングを入念にしておかないと、いざという時に使えないため、やや面倒臭いスキルです。また、詠唱時間は実質ゼロ秒になりますが、祈りを神の耳に聞こえるように言葉にしているわけではないため、消費MP量はそのままに魔法の効果は通常時の5分の3程度にまで減退します。

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