コード・マッサカー
銃声が木霊す。喧騒すら置き去りにして、すべてを黙らせる殺人の銃声が丘陵を反響する。
引き金を引いたのは一人の男。とんがり帽子を深々と被ったテクノロイドは白い息をこぼしながら、その無数の手に握っている銃器を四方八方へと向けた。いっそギャグか、あるいは何かの風刺絵にすら見える異様なシルエット、しかしその先端に握られているものはまごうことなき破壊の象徴たる銃器だ。
大きさはハンドガン程度。ファンタジー世界に持ち込まれることがいっそ無作法、無秩序と言えるほどに無機質でリアリティの波動しか感じない殺戮兵器は能面を被ったまま怯える周囲の兵士めがけて牙を剥く。
「技巧:紅蓮」
向けられた三十の銃口に紅色の光が灯る。二十五の引き金を引くと、それらは一斉に不規則な軌道の中で枝分かれして、無数の放物線を描いて周囲の数百人を撃ち殺していく。
技巧:紅蓮は紅い弾丸を無数に分裂させ、四方八方のランダムなユニットに攻撃する、という効果を持つ。速度と貫徹力に特化したこの技巧はよほどの防御力がなければ防御できない一方、当たる箇所すらもランダムなため、頭部を貫くこともあれば足、腕を貫く場合もある。攻撃力自体はさほどない技巧という特性上、腕や足に当たってもダメージは少ない。加えてランダムなユニットに攻撃する、ということは味方にも当たる可能性があるということだ。そのため、この紅蓮は「名前だけはかっこいい」「見た目だけ」「クソ技巧」とプレイヤー間では貶されていた。
しかしカルバリーについてはその批判は当たらない。機械系種族であるカルバリー達は例外なく飛び道具の命中率にエルフ種以上の補正が入る。さながら針の穴を通すような射撃であっても、エルフが弓を投げるような際どい間隙への狙撃すらカルバリーらは成功させる。それは「SoleiU Project」内で最低の命中率をほこる飛び道具、魔導銃であっても変わらない。
カルバリーはさらにその種族特性やスキル構成をすべて魔導銃を使うことにのみ特化させている。動かない対象であれば彼の銃が外れることはなく、動く対象であってもその行動を予測するため外れない。狙った箇所に必ず銃弾が命中することから、「魔弾の射手(真)」なんて不名誉なあだ名を付けられてもいる。
無造作に撃たれ、倒れた兵士達の亡骸を一瞥し、カルバリーは続く帝国兵に注意を向ける。カルバリーが倒した帝国兵はすでに千を超える。彼が率いるヤシュニナの精兵は一人も殺されていない。単純なレベル差、経験値差というものもあるが、彼らが担当しているのはあくまで一般兵士で、指揮官級はすべて悉くカルバリーが撃ち殺しているため、戦闘で苦労することがないのだ。
それは部隊長でも変わらない。少し物足りない様子でシャルラがカルバリーを見る。病み上がりとはいえ、レベル80を超える彼がレベル30程度の帝国軍兵士に敗れる道理はない。切り捨てた骸を放置して、手話でカルバリーに話しかける。
「(そろそろ、退き、ましょう)」
「(損耗、?)」
「(ゼロ)」
はたから見たらおかしな光景に見える。戦場のど真ん中で指をやたら色々な方向に動かしたり、両手を合わせたり、変なジェスチャーをしたりとふざけているのかと義憤にかられるような行動だ。しかし本人達はいたって真面目だ。真面目以外の何者でもない。文句がある人間はこんな手話を作ったシドとフーマンに言うべきだ。
「(東側、土煙)」
「(軍、集まる、厄介)」
「(私、兵、集める)」
「(やってくれ)」
短い無言の会話を終え、カルバリーとシャルラは別れた。そして再びカルバリーは帝国兵狩りを始めた。殺す量は最小限に。それが出立前にシドに言われた命令だが、いざ戦いに身を投じるとなると難しい。大体五百人くらいの精鋭兵の襲撃に見せかけるため、千人から二千人くらいにとどめろ、とも言われているが、自分自身でどう考えても二千人以上は殺していると思う。そもそも四十人を五百人に見せかけるということ自体がどだい無理な話だ。こんなことをしても却って帝国軍の警戒感を煽るだけなのでは、とさえ思う。
しかし命令は命令だ。この状況を打開できる、とシドは確信してこの奇襲を選んだ。それがリオメイラの、敵司令官の意表を突く作戦だという自負を持って。カルバリーには理解できない話だが、別に大変でもないので彼は引き金を引く。命を奪うことに罪悪感はないのか、と言われると答えづらいが、究極的な彼の返答は「人による」だ。例えば民間人ならば罪悪感は覚えるだろうが、兵士相手ならばそれはない。まして帝国兵ならば尚更だ。
「だって、こいつらゴミだもんなぁ」
かつてシドに連れ回されてアインスエフ大陸のあちこちを回っていた時、帝国兵氏が亜人種に対して言語に尽くし難い蛮行を行う様を何度となく見てきた。熱した鉄の上で踊らせる、獣人の四肢の第一関節を切り落として豚小屋に投げ捨てる、左右に角錐が置かれた秤の上に亜人を吊るす、などなど。詳しく思い返すと胸糞が悪くなる蛮行を何度となく見てきた。
特に最後の角錐は本当に嫌な気分にさせられた。吊るされている亜人達には絶えず重りが乗せられ続ける。彼らを吊るす鎖はつながっていて、片方に重りが乗ると当然ながら重心は重りを乗せられた方に傾く。それを避けるには?
ほら、ここに肉を削ぐための鉈があるだろう。これで彼の体を切ろうじゃないか。大丈夫、そうすれば少しは軽くなるよ、というわけだ。
「延々とそいつを続けて最後に失血死なんざ笑えんのだがな」
憎しみを込めてカルバリーは降参の姿勢を見せて帝国兵を撃ち殺した。選民思想に囚われた彼らはもう救いようがない。いっそ絶滅させてしまった方が世のため、人のためだ。
「なのに、どうして帝国を残そうとする?こいつらが一体いくばくの戦力になるって言うんだ?」
その夜、カルバリーが撤退した頃、帝国軍の死者は三千人を超えていた。
✳︎
カルバリー・ギジドについて。
・レベル149。種族、テクノロイド・サーパス。クラス、ガン・チェイサー(プレイヤー間の役割区分)。
・「SoleiU Project」内でも数少ない銃使い。彼の他に銃を扱えるプレイヤーは百人といない(ディコマンダーなどの元々武器が内蔵されている種族は除く)。
・生真面目。仲間思い。常識人。あまり策略や調略を好まない。シドのことは好きではないが、彼個人の目的のために従っている。復讐鬼。
・彼の腕の数は左右合わせて25本。顔は半分がステレオタイプのロボットのようになっていて、もう半分は流体金属になっている。
・種族特性として、概念属性以外の魔法攻撃が無効化される。地形効果を受けない。ただし寒冷地においては動作がやや鈍くなる。
・まだ「七咎雑技団」があった頃、リドルの元にいた。彼に似て生真面目。リドル以外とではエスティー・ベルや鉄顎狼との付き合いが深い。両者は過去に冥檄龍ヴォーリンの襲撃を受け、ヤシュニナ国籍の船舶を逃すために殿を務め、死亡した、と思われる。




