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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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激走

 「シド、随分と遊びましたね。初手で雷撃魔法を使っていれば楽に仕留められたものを」


 天幕の中でカルバリーがシドを嘲笑(わら)う。いつもの太々しさがなくなり、二階から落ちて腰を抜かした生意気な悪垂れ坊のようにしゅんとした様子でベッドの上でぶっ倒れているシドは長年行動を共にしているカルバリーから見ても新鮮だった。


 なにせ至近距離で爆炎を食らったのだ。魔法使いは概ね魔法攻撃に対して耐性を得ているものだが、それでも至近距離から攻撃を喰らえば大火傷くらいは負う。今のシドもまさにそんな感じで右手にひどい火傷を負っていた。彼が銀髪の男を掴んでいた手だ。


 逆を言えばそれ以外の場所には目立った傷は裂傷程度というのは彼が身に纏っている装備の耐性がずば抜けていることの表れだろう。ちなみに彼の裂傷は銀髪の男に付けられた傷だ。


 化膿しそうだなー、とシドはわらいながら包帯を巻かれている。カルバリーも笑みを浮かべるが、その実心の中では全く笑ってはいなかった。


 「シドにそこまでの傷を負わせられる相手()()()()()()()()()()()()()()?」

 「俺は全力で戦ってるんだけど」


 「全力で遊んだ、の間違いでしょうが。その銀髪の男がどれほどの強さなのかを確かめるために」


 その理由は明々白々だ。シドのことを古くから知っているからよくわかる。目の前の男は手ずから情報を集めることが大好きな変態だ。さながら溶岩に飛び込んでその熱さを確かめたい、とほざく脳クズのように、自分から渦中に突っ込んで派手に自爆する類の人間だ。


 シドが銀髪の男と戦ったのは銀髪の男がこの戦いの趨勢を決めるような実力者かどうかを確認するためだろう。もし脅威と感じたなら今すぐにでも()()()()()()()()()


 「100レベルを超えているんでしょう?」

 「100レベル以上110レベル未満だからなぁ。それならヤシュニナにだってそこそこいるし、武器以外に目立ったものがねーのよ」


 「加えて猟兵だから、ですか?」


 それもあるな、とシドは頷いた。


 猟兵は帝国の正規兵ではない。リオメイラ・エル・プロヴァンス公爵夫人麾下の私兵だ。彼らの忠誠心はリオメイラに向いている。例えばリオメイラごと取り込むくらいはしないと精強な猟兵達を兵力にすることはできない。


 そんな面倒をして手に入れる価値が銀髪の男にあるかと聞かれれば、シドはNOと答えた。見返りが割に合わない、ただそれだけの理由だ。冷徹に非情にシドはこれから強くなるかもしれない人材を切って捨てた。


 「——猟兵は垂直移動を可能とする兵種です。それを潰すのは惜しいように聞こえますが?」

 「知らん、知らん。ちょっと惜しい気はするけど、まぁうん。やっぱらいらねぇ。俺は必要ないと思う」


 ぴしゃりとシドは切って捨てる。そのくらい、期待外れだったのだろう。だがな、とカルバリーは片目を閉じて唸った。


 カルバリーはシドやシュルラの言っていた銀髪の男について知らない。シャルラを追い詰めたという剣技は目を見張るものがある。だが、その剣技をシドは特別持ち上げず、彼の持っていたという幻想級武装のことを真っ先に話に上げた。


 氷属性の幻想級武装で外装は鎌のような剣、という話だが、外装が奇妙な武器なんて幻想級武装ではありふれているし、珍しくもなんともない。神話級武装になれば、ただのピンに変形させている「誠導皇帝」をはじめとして一目で武器とわかる外見をしている武器の方が少ないくらいだ。


 シドが注目している点はただ一点、幻想級武装という点のみだ。武器のスペックは十分にワールド・レギオン・レイドに挑めるレベルだから、あとはそれを十全に使える人間に渡せばいい。少なくともシドはそう判断している、とカルバリーは受け取った。


 「ちょっと会ってみたくはありますがね」

 「銀髪の男に?あんまりオススメはしないぜ。それにひょっとしたら死んでるかもしれない。爆炎の後、シャルラ達を逃すので精一杯だったからなぁ」


 ケラケラとシドは笑うが、カルバリーに笑顔はない。頭痛を覚えたように眉間を抑えるカルバリーの肩をばんばんと叩きながらあっけらかんとシドは負傷している方の手を黒真珠の杖に伸ばした。


 「どちらにせよ、今俺らが考えるべきは銀髪の男についてじゃない。帝国軍についてだろ?」


 よっこらせ、と腰を起こし、シドはテントの外へと躍り出た。


 ——同時に喧騒が鼓膜を震わせた。


 遮音魔法が貼られた天幕を出ればそこはもう戦場だ。本陣が置かれた丘陵、実に300メートルを超える丘陵目掛けて4万をはるかに超える帝国軍が襲いかかってくるのだ。その喧騒、歓声たるや大地を震撼させ、天すらも晴れさせた。


 眼下からは濁流のような時の声と共に剣戟の音が聞こえる。それに悲鳴と絶叫が混ざり合い、より混沌と化す。つぶさに見ることはできなくてもその悲惨さは痛烈に伝わってくるものだ。柵一枚を隔てた先から襲いかかってくる帝国兵が悪魔に見える彼らは付け焼き刃とも言える軍団技巧(レギオン・アーツ)で彼らを押し返そうとする。


 もしこれが平地の戦いだったならばロサ公国軍の軍団技巧は通じなかった。しかしこと丘陵での戦いとなれば上を取っているロサ公国軍の方が有利だ。付け焼き刃の軍団技巧すら必殺の武器へと変化する。


 死屍累々の屍の山を築いていく帝国軍に容赦のない攻撃が加えられる。初日の前方丘陵での戦い以上に苛烈な攻撃の応酬だ。しかし明らかに兵が多く死んでいるのは帝国軍だ。すでに日は登り切り、わずかに西に傾きつつある。それにも関わらず帝国軍は丘の二合目にすら登り切れてはいない。消極的なわけではなく、彼らは必死の形相で頂上を目指していた。にも関わらず帝国兵はまるで力尽きた駄馬のように丘陵のふもとにたどり着いた頃には前のめりに倒れてしまっていた。


 理由は主に二つ。一つは地形効果。帝国軍は前方丘陵を超えて本陣がある丘陵へ向かっているという都合上、飛べるわけでもなければ、一度登った丘陵をまた降って、また登るという労働を強いられる。丘陵同士の間にある盆地は言い換えれば城の堀のようなものだ。堀に入ったら身動きは取りづらく、上から降ってくる弓矢にいられて苦しむのが常だ。


 まさに帝国兵達もその苦しみを味わっていた。帝国兵らは少ない数で軍団技巧を使い、弓矢をはじき、麓まで進むが、そこで待っているのは投石や落石といった罠の数々と上部からの軍団技巧による衝撃だ。時には雪に足を取られて、うつ伏せに倒れたところを味方に踏み潰されるということすらあった。


 第二の理由はもっと内面的な、精神的な問題だ。帝国の将兵にとって今行っている丘陵攻略戦はいわばボーナスステージ、王族狩りという楽しく愉快で貴重な狩りの時間のはずだった。残兵はこちらの八分の一程度で、びくびくと部屋の隅で震えているだけの子ウサギだったはずだ。


 しかし蓋を開けてみればどうだろうか。彼らの期待は薄氷のように儚くも散り、愛国心に満ちた護国の尖兵達に蹂躙されるという罰ゲームが待っていた。慌てふためく彼らに容赦のない裁きの一撃が降り注ぎ、さらに動揺は伝播する。


 初日の丘陵の戦いの敗北が尾を引き、いざ本陣を攻めるという時になっても、帝国兵は士気が上がらず、叩き潰されていく。それがゲルバイド丘陵二日目の戦いの結果だ。実に2千人以上の帝国兵がその日の戦いで大地に還った。


✳︎

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