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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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幕間——160年前の慟哭Ⅲ

 レーヴェ・ナイヒルヌームは「SoleiU Project」というゲームで最強クラスのプレイヤーである。彼を真正面から打破できるプレイヤーは百人とおらず、楽しませてくれる相手となればさらに少ない。


 退屈を紛らわすために日頃からレイドに没頭し、飽くなき闘争の日々を送る彼の姿は側から見たら戦闘狂のそれだ。実際、レーヴェ自身が戦うことが好きだからその評価も間違ってはいない。敗北と勝利を重ね、最強の頂に立ったレーヴェは万夫不当という呼び名がふさわしく、それが彼を絶対強者たらしめ、挑戦者を少なくさせる原因にもなっていた。


 アインスエフ大陸の南方、黒い大地と呼ばれる場所にレーヴェの率いるレギオン「赫掌(レッド・ハンド)」の拠点はある。黒い大地の中央に建てられたその大地と同じくらい黒く、厳しい城がそれだ。まるで城そのものが生きているのではないか、と錯覚するほど妙に生々しい岩石、黒縄岩で造られたその城はさながら魔王の居城のようだった。


 城の周りは巨大な峡谷があり、唯一谷の裂け目を跨ぐように掛けられた石橋だけだ。巨大な、まるで地の底まで届いていそうな大峡谷からは時折風の音か、はたまたモンスターの悲鳴か、おぞましい雄叫びが響いている。橋を渡っている時は常にその正体不明の雄叫びが背後から聞こえてくるかのように錯覚し、不思議と全く橋の上を風が吹かないことを気味悪がりながら城門の前まで行くと、門の左右には奇怪な嘴が目を引く二体の石像が並んでいた。


 城門の前に立った人間を見定め、予め登録されている人間でなければこの二体の石像が攻撃するという一種の防衛ギミック、この二体はレベル140相当の戦士と同等の能力を有している。よしんば勝てずとも城の中の人間が駆けつけるまでの足止めくらいはできる。


 この二体の役割はそれだけではない。不審者の足止めもさることながら、その強さの程度を調べる役割もある。不審者はどのくらいの強さか、不審者の戦闘方法はどんなものか、数は、武器種は、といった様々な情報をほぼノーリスクで得られるという点でこの二体ほど城の防衛に一役買っている存在もいない。不審者の強さによっては石橋を落として、大峡谷へ叩き落とすという最終手段を取るほどに二体の戦闘に関する臨機応変さは目を見張るものがある。


 その二体が守る城、「赫掌」の城もまた二体の外見に負けず劣らず禍々しい。常に城の壁からは赤い燐光が洩れ、それは時折雷撃に似た光を放ち、大峡谷の対岸へと降り注ぐ。九つの尖塔は外壁が絶えず流動し、時には目玉すら覗かせる。中央の巨大な塔は九つの中でも特に大きく、それだけは血管が脈打っているかのように外壁が波打っていた。


 尖塔もただの尖塔というわけではなく、まるで一つ一つが城郭のようにいくつもの塔や建物が立ち並んでいる。それ中央の尖塔などはその部分だけを切り取っても巨大な城に見えないこともない。


 城の大きさもまた目を見張るものがあるということだ。かつてのルーマニアに存在していた「国民の館(笑)」に数倍する面積を有しているのだから、大きさは想像を絶するだろう。城の端から端まで一体何時間かかるだろうか、と呆れるほどに広く、それだけに複数の施設が融合したような各尖塔の特徴が七色のように輝いて見えた。


 その威容を一望することなどできはしない。対岸からでは城壁しか見えず、空からでも見えるのは赤みがかった黒色の尖塔が一つ見える程度だ。


 そんな巨大で禍々しい城の最上階にレーヴェの居室はある。内部は外のおどろおどろしい外見とは裏腹に細部まで緻密な装飾が施された芸術的な彫像や絵画が並ぶ豪奢な部屋、ではなく、当人の個人的なロマンチシズムに則ったさながら極北の古城の一室を彷彿とさせる簡素でほとんど何もない部屋だ。


 部屋の中にある装飾品、調度品は暖炉と二つのアンティークチェアー、椅子の間にある一脚の丸机、絨毯だけだ。ベッドすらない。冷蔵庫もなく、代わりにワインセラーが置かれている。とかく簡素、とかく無味無臭。あまりにも生活感がなく、パチパチと割れる薪の音が不思議と部屋の隅々までよく響いた。


 部屋の主人であるレーヴェはその内の椅子の一つに腰掛けていた。レーヴェが腰掛けているのは彼の体躯から見ても一回りは大きい方の椅子だ。種族的なことも考えればそれは仕方ないのかもしれない。


 レーヴェは悪魔だ。別に彼の行動が、というわけではなく彼の種族が悪魔なのだ。刺々しい鎧を纏っていて、一見すると蜥蜴人(リザードマン)のような印象を受ける外見をしているが、その鎧の繋ぎ目から見えるのは見るも悍ましい妙に艶のあるうねうねとした触手で、それは時には強烈な眼光を覗かせる。背中からは四対の翼の骨格に似た突起物が生え、その先端からは紫色の粒子が漏れ出ていた。


 両腕の指は左右それぞれ四本ずつ、どの指にも怪しげな光を放つ指輪が付けられ、異色の手甲(ガントレット)と融合している。肩パットとも形容すべき突起した肩部の外装は先端が鋭く尖った楕円形で、肩周りを中心に空洞化しているそれは背中の突起物と同じく、紫色の粒子を放っている。巨大で長い尾にも鎧が付けられ、先端には赤い棘のようなものが見える。


 一般的にこの世界での悪魔と言えば邪霊(ヴァール)だが、レーヴェはまたヴァールとは異なる系譜の悪魔種だ。弱点属性もヴァールであれば水か、聖属性だが、レーヴェは異なる。「Soleiu Project」内で彼と同種の悪魔は少なく、彼自身も半ば偶然の産物でこの悪魔種になったに過ぎない。まさに幸運の産物と言える。


 ——そのレーヴェの隣の席に座っている黒髪金眼の少年はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、考え込む彼の返答を待ち望んでいた。背を丸めて考え込むレーヴェを気楽な様子で待っている彼、黒髪金眼のイスキエリであるシドは笑っていた。


 待つこと十数分、ようやくレーヴェは背筋を正し、隣に座るシドに向き直った。赤い瞳を兜の裏側で爛々と灯し、邪悪な悪魔はほくそ笑んだ。


 「お前の話、俺様は乗ってもいいと思う。俺様はな」

 「お前の仲間が問題か。ゥアーレスとか?」


 「あいつは、多分お前の提案って聞けば納得するさ。俺様が納得してるんだからな。問題なのはシュゥラや玄雲だな」


 「新人か?」

 「新入りだな。実力はあるが、ちょこちょこ勝手が過ぎる」


 困った、困った、とレーヴェは腕を組んで唸った。昔ならばボコって追い出して終わりだっただろうが、今の「赫掌」は大所帯、素行不良のメンバーが一人二人いるだけで、そいつを追い出すためにレーヴェ自らが出張ることはない。


 しかも話を聞く限り問題を起こしているメンバーはそこそこ腕に覚えがあるプレイヤーなのだろう。腕が立つプレイヤーは貴重だ。もしそれが敵対しているレギオンに入ったら、と考えると気分は最悪だ。


 「レベルは?」

 「130後半だな。玄雲は魔法使いだから貴重だしなぁ」


 「じゃぁ遠征に加わる可能性も」

 「どーすっかねぇ。厄介なのはそいつらが新入り共の旗頭になってることなんだよなぁ。叛乱でも起こされたらたまったもんじゃねぇ」


 レーヴェはやれやれとばかりに首を掻く。彼が言っていることは決して杞憂ではない。レギオンが二つに割れるということは「SoleiU Project」内ではままあることだ。幸いなことにシドやレーヴェの興したレギオンはまだその経験をしていないが、彼らがかつて所属していたとあるレギオンはそれが理由で崩壊した。


 「赫掌」は元からPvP専門レギオンとして名前を売っている。それもかなりの悪名を轟かしているDQNレギオンだ。例えばレイドを終えてホームタウンに帰る途上のプレイヤー達を襲って成果物を横取りしたり、ホームタウンそのものを襲ったり、煬人の村を焼いたり、国を焼いたり、挙げ句の果てには環境をことごとくぶち壊したりと秩序の破壊者そのものだ。


 同時に「赫掌」は大手の攻略系レギオンでもある。ワールド・レギオン・レイドの攻略数は第二位、種別を問わなければ「SoleiU Project」内で一位とその実力は高い。レギオンランクというレギオンの順位を決めるゲーム外の査定システムでは常に同規模のレギオンである「界龍(カイロン)」としのぎを削っている。最強と呼んで差し支えない戦力は有している。


 問題はその中身だ。


 「うちは古参と新規の意識の差があれだからなぁ。古参は強い奴らに喧嘩売りたがる戦闘狂、片や新規の奴らは手当たり次第に暴れ散らかす戦狂い。弱者いたぶって何が嬉しいのか俺様にゃ理解できねぇがなぁ」


 「だったら止めろよ。評判悪いぞ?」


 「——何度もそう進言しているわ。でも、ほっとけの一点張り。そんなんだから、うちのレギオンの評判ガタ落ちなのよ!」


 振り返ると、魔王城には似つかわしくない白い衣装を着た青髪白髪の女性が立っていた。目の色は紫色、肌は死人のように白く、その痩躯は人のものとは思えない。さながら亡霊皇女のようだ。


 白いドレスは過度な装飾のないアシンメトリータイプ。シドらから見て左側の裾の方が長く、スカートの裾から覗かせる生足はほのかなピンクが宿り、なんとも妖艶だ。


 彼女、ゥアーレスはシドとレーヴェの古馴染みだ。性格は「赫掌」の中にあって極めて常識的。「赫掌」最後の良心とまで呼ばれるほどに善人だ。おおよそレーヴェとはウマが合わない人間に見えて、実は彼の一番の理解者兼保護者であることをシドは元より古くからレーヴェを知る人間達には周知の事実だ。


 「ゥーじゃん。おひさー」

 「シド君!シド君も言ってあげてよ!おかげで大陸南部のレギオン、うち以外なくなっちゃったのよ!?」


 「別に引退した……あーでも引退した奴らもいるか」

 「そぉ!可哀想じゃない!?」


 「ぶっちゃけ、うちのレギオンが被害に遭ってるわけじゃないもんなー。てか、そうそう。どうなのよ、レーヴェ。俺の提案に乗ってくれる?」


 面倒臭そうにシドは話題を逸らそうとする。ゥアーレスはそれをわかってはいるのだろうが、シドが興味を持っていないことを察して視線だけレーヴェに向けた。


 「んー。だから俺様は乗る。お前の提案を受けようじゃないか。ゥアーレスはどうだ?」

 「ワールドレギオンレイドクエスト『終焉戦争(ロスト・ヒストリー)』。確かに攻略のしがいはあるでしょうけど」


 口籠るゥアーレスの視線は空へと泳ぐ。一年ほど前、「赫掌」としのぎを削っていたレギオン「アルヴ・スリープ」が挑んで敗北したことは「SoleiU Project」内のプレイヤー達には周知の事実だ。「アルヴ・スリープ」ほどの大手レギオンが敗北するほど難易度が高いクエストとなればその攻略は容易ではない。


 率直に言ってシドの率いる「七咎雑技団」と「赫掌」の連合程度で攻略できるようにはゥアーレスには思えなかった。恐らく、アレは真の意味のワールド・レギオン・レイドなのだろう。それこそ世界中のレギオンが連合を組まなければ攻略できないほどの。


 そんなことは不可能に近い。「赫掌」と「アルヴ・スリープ」がその方向性の違いから衝突し、「七咎雑技団」と「七翼(ヘブンズ・リング)」が度々遠征先でかち合ってしまいレアアイテムの取合いになるように、レギオンとはぶつかり合う宿命にある。


 レイドをするということは信頼関係が重要になる。信頼がおけない相手とパーティーを組むなんてできないし、いつ何時裏切るかもわからない人間を信用などできはしない。


 「そこは俺がなんとか調整する。もう『界龍』と『七翼』のレギオンマスターには話を通してあるんだ」

 「まじぃ?さっすが陰険仮面」


 「俺が被ってる仮面のこと揶揄るのやめてくんない?俺気に入ってんだからさぁ」


 「そりゃそうでしょ。彼女からもらったものならね」


 「それってどっちの意味で言ってる?」


 さぁねぇ、とゥアーレスは肩を大げさにすくめた。——雑談は続く。世界の最果てにも似た魔窟で、かつての仲間達は雑談を続けた。


✳︎

キャラクター紹介


 ゥアーレス。種族、上古白霊デューン・レイス。レベル150。趣味、茶器集め、魔導書取集。好きなもの、メーフィー(後輩)。嫌いなもの、虎の威を借る狐、ディーテ、悪行をするやつ全般。レーヴェの右腕。最強クラスの魔法使い。レイド攻略の際は指揮官を努める。

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