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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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予期せぬ事態

 ヘルムゴートの重苦しいため息にシドとエルランドの二人は振り返る。ほとほと疲れたように額に汗をにじませる国家元首の姿に二人は口元をむすび、次の言葉を待った。しかしヘルムゴートが続けて言葉を口にすることはなく代わりに二人とは反対方向を一瞥した。


 天幕の中にはシドとエルランドの他にも複数の将校がいる。そのうちの何人かはついさっき出ていったばかりのベーネゲルト何某に同調していた将校だ。包み隠さず、ぐちぐちとシドとエルランドが彼の悪口を吐き捨てる間、ずっと苦々しそうに口元にしわを寄せていた。


 まるで自分達のことを信用していないシドとエルランドの態度にイライラしているのか、浅慮を嘆いているのか。多分前者だろうとシドは予想する。


 そんな反骨精神が溢れている奴らが近くにいる中、内心を吐露することなんてできない。少なくとも彼らよりも腕力で劣るヘルムゴートには不可能だ。プライドと権威を天秤にかけ、プライドを取るような連中だ。下手な懐疑論を口にするだけで激昂し、その腰に下げているなまくら剣を抜剣するかもしれない。


 ヘルムゴートの意を汲んだ高級将校の一人に促され、そういった将校達を含めて、シドとエルランド、他二人の将校以外は天幕の外へ連れ出された。天幕をそのうちの一人が閉めると、盛大なため息がヘルムゴートの口からこぼれた。


 「恐ろしいな、若い血とは。いや、彼らを若いなどとバカにできるほど余も経験を積んでいるわけではないが」

 「陛下、彼らは、そう言うなれば興奮しているのです。若さは関係ありません」


 ヘルムゴートのベーネゲルトらに対する否定的な意見に対し、エルランドと同格の将軍であるジェス・タランが彼らを擁護する。それが無理があったからか、ヘルムゴートは小さく鼻で笑った。


 「タラン将軍。では貴様はあのベーネゲルト千騎長の言うとおり、初めから練っていた策を捨て、その場限りの攻勢に酔え、それを見過ごす、ということか?」


 「いえ、陛下。私はただ誰しもが失敗する、と申したに過ぎません。時として人は激情にかられ、間違った行動をする。どのような賢人であってもです」


 「ほう。であればあの者らを罰するにはまだ早い、と貴様は言うのだな?」


 「御意。浅慮はなりません。一度、二度の勇み足で評価を下せるほど人柄、人格、人性は測れるものではありませぬ」


 ジェスの言葉を受け、ヘルムゴートはまんざらでもない様子で鷹揚にうなずいた。


 「陛下、発言の許可を頂けますか?」

 「発言を許そう、バンデベル将軍」


 発言を許されたヴェルド・バンデベルは深々と一礼し、視線を地図に落とした。釣られるように天幕内の面々もまた視線を落とす。


 「丘陵への()()()は聞き及んでおり、所定の位置に設置することは了解しております。ですが、一つ疑問があります。あの仕掛けは本当に作動するのですか?」


 地図には兵駒とは別に黒い碁石が丘陵の地図の至る所に置かれている。それはシドがエルランドやジェス、ヴェルドなどの将軍達に頼んで設置してもらう仕掛けが置かれる予定の場所だ。今はまだ使えないが起動すれば戦局を一気にロサ公国側にひっくり返すことができるまさに必勝の仕掛け。しかしヴェルドはそれに懐疑的だったようで、渋い顔を浮かべていた。


 「にわかには信じられないのですよ。本当に才氏シドのおっしゃった現象が起こるのかが」

 「確かに見てもらわなくては伝わらないでしょうが、実際にあの装置は」


 「——失礼いたします!」


 ヴェルドの言葉に反論を口にしようとした矢先、天幕の入り口が開かれた。中にいた全員の視線が天幕の外へ向く。立っていたのは革鎧を纏った兵士だ。靴は鉄製。本陣周りの兵士だろう。首筋には汗が滲み、明らかに焦っているように見える。


 本陣周りの兵士が焦る事態、それは異常なことだ。何かよからぬ事態が起きたとしか思えない。弛緩していた空気が張り詰め、鋭い十の視線が入ってきた兵士に向かって飛ぶ。緊張した様子の兵士は固まったまま動かない。


 「早く話せ」


 エルランドにうながされ、ようやく兵士は呼吸を覚えたかのように口を開いた。


 「は、前方正面の丘陵よりの報告であります。帝国軍が多数、同丘陵へ集結している、と」

 「数は?」

 「目算でも二万は超えているとのことです」


 マジかよ、とシドがこぼす。嫌な手に出てきたことに少なからず舌打ちをしたい気分にさせられた。実際に舌打ちもした。


 「他の丘陵から報告は?」


 シドの問い、つまるところ上官ではない人間の問いに少し戸惑いを覚えたのか伝令の兵士はちらりとエルランド達へ視線を向けた。ヴェルドがうなずくと、それを肯定と捉えたのか兵士はシドの質問に答えた。


 「他の丘陵からは特にありません」

 「てことは後ろの本軍か。寄せる数を増やしたか?」


 最初に一つの丘陵だけ急に攻め手が増えたと聞いたとき、シドは他の丘陵から援軍を回したのかと考えた。遊兵化している兵士を前方正面の丘陵に回したのだ。しかし他の丘陵から特に知らせがないということは兵士の移動がなかったということなのだろうか。


 実際のところ情報は不透明だ。兵士の数がこちら(公国)あちら(帝国)では圧倒的に違う。正面の四つの丘陵すべての兵士は総数四千、対して帝国軍は四万だ。一つ一つの丘単位で考えると、戦力差は十倍。地形の有利があるとはいえ一日も踏みとどまれればいい方だ。すべての兵士が指揮官も含めて正面の敵軍に立ち向かわなければ突破される可能性は加速度的に上昇する。


 そんな状況だ。目の前の敵で精一杯な状況だ。後ろの敵軍の移動を見逃している可能性もある。それは今戦闘が起こっているどの丘も同じだろう。もののついでのように敵軍の陣容を見てきて、とは言えない。


 「いや、一つだけ暇な奴らがいたか」


 思い出したようにシドは天幕を見上げると、伝令役を終えて帰ろうとしていた兵士を呼び止めた。


 「前方正面丘陵に伝令、ベーネゲルト千騎長に伝令だ。後方の帝国軍の陣容を確認しろってなぁ!」


✳︎

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