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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
100/310

開戦

 ヤシュニナ歴153年12月22日、ロサ公国歴523年同月同日、1万2,000人のロサ公国兵がゲルバイド丘陵地帯に集結していた。


 王都とザルツブルク・エルベンリーテをつなぐ唯一の街道、そこからほど近い最も小高い丘の上に5,000、その周辺の丘陵地帯に残りの7,000が分散して配置されていた。比率としてはザルツブルク・エルベンリーテ側に多く配置され、少数が丘陵を満遍なく見渡し、帝国軍の侵攻をすぐに察知できるように広範囲にばら撒かれていた。


 街道を封鎖する形で横長に形成された陣地は無数の柵によって形成され、丘を望めばどこを見てもロサ公国の旗が寒風によって荒々しくはためいていた。丘陵の前段部には馬房柵と槍兵が置かれ、中腹に弓兵が、最頂上部に司令所と予備兵が置かれているという形はおおよそ丘に陣取る上での定石と言える。槍兵で迫り来る敵兵を足止めし、中断の弓兵の掃射で薙ぎ払うという極めて一般的な作戦だ。


 陣地の長さは実に一キロ以上あり、丘陵地帯ということもあって、伝馬での伝令は難しい。そのためシドの提案で各丘にロサ公国のものではない、五つの色がそれぞれ違う旗を用意してある。言ってしまえば手旗信号だ。極めて原始的ではあるが、一目見ただけで情報が伝達する、という利点がある。相手がこちらの手旗信号のパターンを理解してしまうと、途端に情報が筒抜けになる、というデメリットはあるが、伝馬よりもはるかに早い点でこの伝達法をシドは採用した。


 「それで、才氏(アイゼット)シドはいかようにして侵攻してくると予測される帝国軍を殲滅するおつもりですかな?見たところこれは防御の陣地のようですが?」


 頂上の本陣から威風堂々と並ぶ自分達の兵士を眺めながら、ロサ公国の将軍の一人、エルランド・オーリーンはシドに問いかけた。


 城内で会談した時と違い、立派な甲冑に身を包み、青いマントを翻す武人然とした男に問われ、シドは肩をすくめた。


 「単純ですよ。我々には帝国軍に攻勢を仕掛ける余力がありません。ですから陛下というおとりを使って敵軍の戦力を誘引、個別に撃破していくのです。幸いなことにここは丘陵地帯、それも雪下ときています。登ろうとすれば足を思わぬ深さの雪に取られ、立ち往生。降り注ぐ弓矢に射られ、バタバタと倒れていきますよ」


 「いささか敵軍を甘く見過ぎなのではないか?それこそ貴殿が危惧した籠城戦ではないか。陣にこもるということは我々がその主導権を敵方に明け渡している、ということなのだぞ?」


 「おっしゃる通りです。ですが将軍。丘陵に陣を敷くことと城を宿にすること、この二つにはいくつかの相違点がございます」


 「わかっている。自由な出撃拠点の設置と地形だろう?」


 まさしく、とシドは頷き、ヘルムゴートから下賜されたゲルバイド丘陵地帯、特に街道付近の地形を細かく記した地図を広げた。


 丘陵を要塞化する、ということはそのまま防衛の拠点を築くということだ。これは旧世代のとある首相経験者が多様した「Aです。だからこそAです」という構文ではない。


 城の役目は大別して二つある。防衛と攻撃だ。そも、防衛だけが目的ならば表門を作らず、裏門だけを作ればいい。高い城壁、見晴らしの良い尖塔を建て、物資や兵士を入れるためだけのわかりにくい門があれば、それはもう立派な堅城である。にも関わらず、多数の出入りには便利だが、少数の出入りには過度と言える表門が古今東西のあらゆる城塞にある。それはなぜか。


 門とは出撃拠点だ。攻撃のための橋頭堡と表現してもよい。明確で明瞭なまでの出撃の拠点、それは見方を変えれば味方のみならず、敵方にも有利に働く。戦いとはつまるところ始まってしまえば陣取り合戦だ。それはどの戦いであっても変わらない。陸であれ、海であれ、空であれ、宇宙であれ。より重要な地点を獲れば勝利に近づく、勝利が叶う、それは古き黎明の頃から、有史以前からの真理だ。


 陣取り合戦で考えると、丘陵の戦はより多く丘陵を取り、敵軍を低地に追い込む戦いと言える。低地に追い込まれればその動きは筒抜けになり、用意に伏兵を伏せ、大打撃を与えることができる。もちろん数で勝る、武力で勝るという前提はあるが。


 ではずっと丘にとどまっていればいいのか、と言うとそれは大いなる間違いだ。単純な防衛戦では敵軍の蠢動を許してしまう。古今東西、防衛にのみにかまけていて、裏口から賊の侵入を許した事例は枚挙にいとまがない。出撃拠点を奪われる、地下水路を使われる、秘密の脱出口を使われる等々、色々だ。


 対して丘陵はどうだろうか。とくにゲルバイド丘陵地帯のような禿山の場合はどうだろうか。周囲を馬房柵で囲み、陣地を張れば、奪取する手段は正攻法に限られる。完全に要塞化、より円滑に予備兵力の投入ができるように整備してしまえば、それは不落の城塞と変わらない。


 何より、丘陵地帯の利点は出撃拠点が無数にあることだ。騎兵による坂道の加速を用いた突撃、夜闇に紛れた奇襲、丘の前段部を固めている防衛側に比べ、より広範囲に兵力を展開する必要がある攻め手側はかなり戦いにくい。遮蔽物が用意せずとも存在している点も大変魅力的だ。


 「つまり、昼は防御、夜に攻撃、ということですかな?」

 「まぁ、希望は」


 「しかし兵力を分散するのは愚策では?本陣でさえたったの5,000。他の丘などは1,000かそこらでしょう?」

 「夜闇に紛れた蠢動を活かすためには敵の目をより遠くまで散らし、近くにあるものを見れないようにすることも大切です。実際、そうやって帝国軍は四万近くいたロサ公国の鉄騎兵を粉砕したのでしょう?」


 敗北の話をした途端、露骨にエルランドは嫌な顔を浮かべた。苦虫を噛み潰したような顔、とは今の彼の顔のようなことを言うのだろう。それを無視してシドは話を続けた。


 ザルツブルク・エルベンリーテの敗残兵からの情報で、シドを含めたロサ公国側の人間はどのようにして帝国軍が鉄騎兵軍団を粉砕したのか、詳細に知り得ている。内容自体は驚くほどのことではない。鉄騎兵軍団が側面強襲を受けた、というだけのことだ。問題は側面強襲を仕掛けた手段、引いてはどこからそんな部隊が現れたかだ。


 こればかりは予想するしかなかったが、大方の意見は悪路を越えたのだろう、というところに落ち着いた。悪路、ボラー連峰の中でも一際峻険で、谷が深い山道だ。ロサ公国黎明期、そして10年前の戦で帝国軍が使ったのは比較的進みやすい山と山の合間にある細道だが、この悪路はただ険しいだけではなく、連峰の頂上付近を縄張りとしている怪鳥の巣の近くを通らなくてはいけない。ロサ公国、帝国双方にとって、害鳥と認識されているこの鳥はよく双方の国に降りては人を攫い、ヒナの餌にするという獰猛性で知られている。


 そんな道を通るわけがない、ともっぱらザルツブルク・エルベンリーテの駐屯兵達の視線はかつても使われた細道に集中していた。実際に今回も数万の帝国兵が続々と細道から現れ、鉄騎兵団は意気揚々と突撃を敢行した。そして彼らの意識が正面に集中したとほぼ同時に地平線の彼方から現れた一万近くの歩兵の突撃を受け、鉄騎兵団は瓦解した。


 指揮官は前に出過ぎたばかりに混乱の最中、早々に帝国の精兵によって討ち取られ、帝国軍の強大な軍団技巧(レギオン・アーツ)を用いた挟撃をまともに食らい、鉄騎兵団は哀れ討ち死に、もしくは捕虜となった。


 どうやって悪路を越えたかは今考えるべきことではない。意識を前にばかり向けすぎたこと、帝国兵とロサ公国兵の練度の差が勝敗を分けたことが重要だ。


 「ロサ公国は騎兵に頼りすぎた。それは認めよう。騎馬から降りれば弱兵であることも。であればなおのこともっと防衛陣地を強固にすべきではないか?帝国軍の軍団技巧ならばあんな馬房柵くらい、簡単に倒してくるぞ?」


 「そういえば10年前の帝国軍のロサ公国侵攻にオーリーン将軍閣下は従軍なされていたのでしたね」


 「第一陣を預かった。その時の私は、まだ一騎兵団の団長に過ぎなかった。軍団技巧:濁流(ガラーワ)を用いた騎兵突撃を帝国軍に敢行した。その時だ。馬が跳ねた」


 何かに陶酔するようにエルランドは語る。瞳には明らかな恐怖が浮かび、いつの間にか慇懃な口調はなくなり、フランクなそれになっていた。


 わずかにシドはその変わり具合を訝しむが、口を挟むことはしなかった。エルランドが滔々と語るならば敢えてそれに任せたほうが、帝国軍の恐ろしさを認識できると考えたからだ。


 「奴らめの軍団技巧:聖壁(ヒエロ・シルト)の前に第一陣はまるで鉄壁にでもぶつかったかのように跳ね、潰れた。第一陣の攻撃はほとんど痛痒にならなかった。第二陣でわずかに揺らぎ、第三陣の突撃でようやく綻びが生まれた。我々はその綻びを突き、辛くも勝利を収めたが、その間に多数の騎兵を無駄死にさせてしまった。


 横陣突撃、錐陣突撃。とかく突撃ばかりで防御が不得手の我が国に対して帝国軍、彼奴等は防御を得意としている。軍団の一歩はさながら地響き、速度でもなく、ただ前にゆっくりと進むだけでこちらが断頭台に近づいているかのようにさえ錯覚する。それは貴殿も経験しただろう。80年近くも昔、帝国の侵攻を受けたのならば」


 「ええ、まさに。おおよそ平地での戦いにおいて帝国の軍団技巧は東岸部、いえ大陸屈指と言えましょう。まさに人間種の努力と叡智の結晶。打ち砕くのがもったいないほどのね」


 「改めて吐露するならばな。私は恐ろしい。帝国軍も貴殿もな。よもや何の前触れもなく侵攻してくる、とはな」

 「本当に災難ですよ。外交交渉に訪れている国が侵攻を受けるなど」


 白々しくシドはいけしゃあしゃあと嘯いた。まるで心外だ、と。


 そんな彼の金色の瞳に黒い影が映った。それは丘間部の街道を征く黒い影だ。帝国の旗、その中でも北方方面軍を象徴する「兇暴なる白狼に騎乗する猛き乙女」の軍団旗を目にし、シドの警戒のボルテージは戦闘状態と呼べるものにまで飛躍的に跳ね上がった。


 表情が強張り、広げていた地図をパンという音を立てて畳んだ。遅れてその存在に気がついたエルランドは目を見張り、小さく息を呑んだ。白原を黒一色で覆うかのような邪悪なる軍隊、一歩、また一歩と近づいてくるそれに身震いを感じたのかエルランドはシドに視線を向けた。


 その視線に気がつきつつもシドは進行してくる帝国軍から目が離せなかった。街道、丘間部を縫うように侵攻してくる帝国軍の軍容、それは五万どころの騒ぎではなかった。


 「多い。予想より」

 「なんだ。あの数は五万どころの騒ぎではないぞ?」


 二人が瞠目する中、前方の丘陵で赤旗が上がる。次いで白旗と黄旗が不規則に数度上がった。帝国の侵攻を知らせる赤旗と、数が六万を越えていると目算される時に限って上がる、白黄黄白白の合図。シド達がいる丘陵からでもそれは見て取れた。


 丘間部一帯を所狭しと占め尽くす黒色の軍勢、その数は見えるだけでも七万はいた。


 「将軍閣下。至急臨戦体制を整えましょう。連中、いつ襲ってくるかわかったものじゃない」

 「そうだな。おい、信号士!各丘陵の山頂の部隊に合図だ。敵軍見えり、だ!」


 その日を境にアインスエフ大陸東岸部全域を巻き込んだ戦争が始まった。後世において統一戦争と呼ばれる戦いが始まったのだ。


✳︎

作中設定レベルについて


 作品内でちょくちょく出てきている「レベル」ですが、これはプレイヤーの場合はモンスターを倒したり、他プレイヤー、煬人(NPC)を倒すことで経験値を入手し、上昇します。煬人も同じように経験値を入手しますが、種族ごとに得られる経験値の総量が決められており、一定のレベルを超えることはできません。←例外もあります。異形種や一部の人間種、亜人種に強さの上限はありません。


 レベルの基本上限は100までで、作中ではかなりの数レベル100を超えているキャラクターが存在していますが、あれは特殊クエスト「Next 100 step」をクリアすることで1レベル上昇することができます。つまり現在150レベルのプレイヤー、煬人はこの「Next 100 step」を50回クリアしています。


 クエストの内容は単純でその時点のクエスト受注者のステータス値を上回る「剪定皇」というモンスターを倒すだけ。「剪定皇」はクエストを重ねるごとにパワーアップしていき、そもそもレベル100から101にレベルアップする時点でさえ倒せるか倒せないかギリギリのステータス値を有しています。


 勝っても得られるものは少ないため、レベル150にまで達する人間はかなり少ないです。

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