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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
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界別と王炎と橋渡りと埋伏と悠血

 ヤシュニナは首都ロデッカにあるシドの邸宅に彼の他に四人の氏令が集まっていた。全員がシドと親交が深い氏令であり、氏令会議での有力者だ。その内の一人、王炎の(エヌム・オカロス・)軍令(ジェルガ)リドルが峻厳な眼差しで眼前に置かれた孔雀石の小箱を睨みながら口を開いた。


 「つい先日軍事院から報告があった。中府(ネトラーン)のディプロテクターをはじめ多数の海兵が戦死した、と。その紙切れ一つのために100人の犠牲?シド、真面目に答えろよ。その紙切れにそんな価値があるのか?」


 居並ぶ室内の面々の視線がシドへと向かう。特に発言者のリドルから向けられる視線は他のそれよりも鋭敏で、強烈な殺気をまとっていた。普段付けている仮面を取り灰色のポニーテールを露わにしたシドはそんなリドルに対峙しても少し怯まず、いつもの調子で口を開いた。


 「ディプロテクター達の犠牲は確かに残念だったな。まだこの世界が繋がっていた時なら生き返った可能性もあったのにね。まさか帝国にディプロテクターらを倒せる強者がいただなんて予想外だったんだって。一応非はこっちにあるから謝罪するけどさ、そもそもの原因はディプロテクターらが慢心してたからなんじゃない?」


 「喧嘩を売っているのか?死人に罪をなすりつけるなど最低の行為だぞ、シド」


 リドルは椅子から立ち上がり、赤い瞳を輝かせる。彼の感情の昂りに反応して3月だというのに夏場のような熱気に室内は包まれた。彼の長身の体躯の所々から炎がほとばしり、人型形態を取っていた体を一つの炎へと転化させていく。原初の炎とこの世界で表される存在が間近で顕現してもなおシドは余裕の態度を崩さない。


 烈火そのものとなったリドルはゆらゆらとその体を振るわせる。彼の熱気に当てられて調度品はことごとく灰となり、彼一人が室内に残った。やがて怒りがある程度収まったのか、リドルが人型形態へ戻るのを皮切りにシドが口を開いた。


 「帝国の領海から逃げたからって追っ手が来ない、とどうして言い切れる。すでに船内に敵が潜んでいた、内通者がいた、そういう可能性を考慮しなかったからあの船は沈んだんだ。挙句に亡命者を巻き込んで。俺一人に責任を負わせるのは酷すぎない?」


 「それは生者の理屈だ。ある程度の犠牲は許容しよう。だが犠牲の果てに釣り合うほどか、その紙切れが」


 「戦争回避は十分釣り合うだろう。少なくとも万の犠牲が抑えられる」


 シドが掴んでいる限りの情報では今現在にいたるまで帝国はまだヤシュニナが草案を手に入れた事実を知らない。なんとか早期に帝国と秘密協定を結ぶ場を用意する必要があるのだが、そんな矢先に飛び込んできたのがリドルだ。一応はディプロテクターら軍人の上司ということもあり抗議の意味でシドの邸宅に殴り込みをかけてきた。


 リドルに続いて同じ軍令(ジェルガ)であるシオンが、さらに酒を飲みに来たという理由で議氏(エルゼット)のセナがそれぞれシドの邸宅に押しかけてきた。そして初めからシドの邸宅で今後の方針を練っていたアルヴィースを加え、五人の氏令がこの場に集っていた。


 もっとも、その中で精力的に話し合いに注力しているのはリドルだけで、受け手側のシドは面倒くさそうに口をへの字に曲げていた。シオンとセナはほぼ物見遊山気分で来訪しただけだった。


 「紙切れひとつに左右されるほど安い国か?前の氏令会議でもアルヴィースが帝国との交渉材料に使えるとか妄言を吐いていたが……」


 「妄言じゃないって。場合によっては帝国の国民にこの草案内容を拡散する手立てもある。()()()()()()()()()()()帝国の人間はごまんと死ぬぞ。そしてそいつらの死は俺らにとっての利益だ」


 「同時に不利益にもなる。帝国の立ち位置を考えろ。あの国はいてもいなくてもこちらにとって不利益しか生まないだろ」


 まぁな、とアルヴィースは微笑を浮かべた。アインスエフ大陸の人間国家で最大の国がアスカラ=オルト帝国だ。統治者は無論人間。総兵力80万とも90万とも言われている人類の防人とも呼ぶべき由緒正しき侵略国家だ。


 帝国から西は亜人種、異形種の国家が乱立し、日夜帝国へ侵入を試みようと数万、数十万の軍勢が押し寄せている。ヤシュニナも含めてほとんど東海岸国家はその恩恵を受けている。


 帝国が堕ちれば大陸に人類の生存圏はない。しかし帝国が強大になり過ぎればその支配気質からヤシュニナへ魔の手を差し向ける。だから帝国には()()()()()()()で弱ってもらわなくてはヤシュニナとしては困る。


 「帝国を潰すことが目的じゃないんだ。お前の草案作戦はどれだけの死者で終わらせる?それによって生じる帝国の国力への変動は?分水嶺を見極めているか?杜撰すぎるんだ、お前のやり方は」


 「詭弁家、いや偽善家だな。殺すはいいがやりすぎるな?ふざけろよ。お前はどこの国の軍人だ?仮に帝国が滅んだところで身から出た錆だろ。あの国の鬼畜っぷりは160年前に痛いほど痛感したはずだ。なぁシド!」


 アルヴィースに話を振られ、シドは瞑目して首を縦に振る。まだヤシュニナを建国する以前の話、量子世界の行き来が閉ざされて直後の話をアルヴィースはしている。帝国からグリムファレゴン島に渡る道すがら、シド達はいくつもの亜人集落が帝国兵によって焼かれていく光景を目の当たりにした。残虐を極め、ゲーム感覚で人を躊躇なく殺していくあの光景はまさに鬼畜と言えた。


 多数の亜人が一つの木造家屋に押し込められ外から火をかけられたり、縛ってゆっくりと手足を削いでいったり、女性の亜人などは強姦されたあと乳房を切られたりと耳を疑う蛮行を日常として彼らは行っていた。中には大量の赤ん坊を肉食モンスターと同じ檻へ入れ、赤ん坊の親達に助けたかったら耳を削げ、目をくり抜け、子宮を切り出せ、と助けるつもりもないのに命令する人間もいた。


 帝国が国内の安定化を図るために国民へ明確な敵を提示した末の途方もない蛮行。それを行った国の人間が死のうがどうでもいい、とアルヴィースの主張は部外者の意見としては正しかった。同時にそれを諌めるリドルの意見も正しいものだった。


 「とにかくだ、リドル。お前が今ここで、あるいはこれから何を言おうが結果は変わらないよ。お前が言う紙切れのために死んだ人間に報いろと言うのならそれは当然だ。でなきゃ俺らは()()()()()とは言えない」


 「誤解を招くような発言をあまり言うもんじゃないと思うがな。さっきの死者に鞭を打つような発言にしてもだ」


 リドルは眉間にしわをよせ、発言者のシドを睨む。普段の美丈夫も今は鬼面の形相となり、室内の空気を悪化させていた。唯一セナだけがその場において何事もないかのように大きすぎるワイングラスにドバドバとワインを注ぎ、大口を開けて飲んでいた。そんなことをしていたせいか、彼女の口からこぼれたワインが床へこぼれ落ち、やべ、と意識が床へ向く声と共に今度はワイングラスが彼女の手から落ちて割れた。


 水を打ったような静寂が破られ、全員の目が彼女へ向く。神妙な空気をぶち壊したことにセナは瞳孔を開き、気まずそうに視線を逸らした。困ったようにシドは鼻根を抑え、リドルは右手で顔を覆った。アルヴィースは苦笑しているし、シオンはこめかみに親指を当て難しい表情を浮かべていた。


 やがてシオンがセナの前へ出て割れた破片を拾い始めた。セナもそれに追従する。氏令二人が仲睦まじく破片掃除をしている傍、政治的な話をする気分にはシドもリドルもアルヴィースさえもなれなかった。


 「とにかくだ。最低限戦争は回避しろ。軍人の俺が言うのも違う気はするが、軍隊ってのは給料泥棒って言われてる時が一番国家に貢献しているんだ。逆にお前らは過労で倒れそうってくらいがちょうどいいんだよ」


 「人権侵害だー!」「待遇改善を要求するー!」「腐れイケメーン」


 「うるさい。仕事しろ、仕事。知ってんだぞ?この前もお前ら国柱(イルフェン)の宮から出た後飲んでただろ。しかも泥酔耐性解除して。氏令二人が吐いてるって連絡があったぞ?」


 ぐえ、とカエルを踏み潰したような声を二人の氏令はあげる。まさかそんな恥ずかしい場面を大勢に見られていたとは思わなかった。完全にしてやられた。


 「そういうわけだ。じゃ、俺は帰るよ。——シオン、お前もそこのボンクラ共にあんま肩入れすんなよ?そいつらただのカスだから」


 こくりと頷くシオンにさらに絶望し、その日の氏令達は心に傷を負って帰路へついた。


✳︎

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