1、ボトルメール
ひだまり童話館企画、にょろにょろな話、参加作品です。
嵐の後は浜辺にいろんなものが流れ着く。ごちゃごちゃととても汚い。木の枝とか海藻とかだけならまだわかるけど、ビニール袋やペットボトル、靴や箱やなんでも流れ着いて、浜辺に積もる。
僕たちの小学校では、そんな砂浜を掃除する時間がある。
嵐の後の晴れた日に全校生徒でやってきてゴミをどけるんだ。
大きな木の板とか箱みたいな燃えるものはひとところに集めて町の人が来て焼いてくれる。
それ以外の小さなものは45リットルのゴミ袋にどんどん入れていく。軍手をして火ばさみを持ってちょっと歩き回るだけですぐに袋はいっぱいになるほどだ。
僕たちはわいわい言いながらゴミを集める。
「英語ゲットー!」
「ハングル、あった」
6年生になると、ゴミには外国語が書かれていることに気づいた。
それで僕たちは外国語製品を多く集めた者が勝ちというゲームをしながらゴミ集めをしている。
アルファベットが書いてあったら全部英語ってことになってる。でもほとんどはハングルと漢字だ。だからレアなアルファベットが見つかると注目度が高い。
僕はちょうどビニール袋を拾ったところだ。火ばさみでつまんでひっくり返すと、それは見慣れた日本のコンビニの袋だった。
と、そこで砂の中に奇妙なものが埋まっているのが見えた。
「なんだろ」
茶色い丸い物だ。一瞬猫の落とし物に見えたけど、その下でキラッと何かが反射した気がする。火ばさみでその茶色の何かをつまんだけど引っ張れない。埋まってる部分が重いんだ。足で周囲の砂を少し掘るとガラスっぽいものが見える。面倒だから軍手で掴んで引き抜いた。
あ、っと声を出そうとしたときには、僕は後ろに尻もちをついていた。
「瓶だ」
酒屋じゃなくて、雑貨屋にあるような薄い青いガラス瓶。それを見た時、なんとなく嗅いだことのない南の島の香りがしたような気がした。
中には紙がくるくるに丸まって入っている。これってもしかして、ボトルメールとかいうやつじゃないだろうか。つい最近、100年以上前のボトルメールが流れ着いたっていうニュースを見たから知ってる名前だけど、これもまさか、100年前に誰かが流したものだったりしたらどうしよう。
なんだろう。妙に興奮する。
「あれ、浩平君、何やってるの?」
「え、あ、これ見つけた」
外国語製品ゴミ拾いに夢中になっていたみんなが、僕の拾った瓶に気づいてわらわらと群がってきた。
「それって、手紙じゃん!?」
「すげえ、貸せよ、開けてやるよ」
「ちょっと待って、浩平君が見つけたんだから、勝手に取っちゃダメ!」
「開けてみろよ~、こうへい~」
「見せて見せて」
「う、うん」
みんなの剣幕にちょっと引く。
僕だって拾った時はちょっと興奮したけどさ、ボトルメールじゃなくて、誰かの遊びかもしれないじゃん。(冷静に考えればそっちの可能性のほうが高い)
でもまあ、開けてみよう。
瓶の栓は水が入らないように、かなりしっかりしている。力いっぱい引っ張ってるときに、クラスメイトの顔を見たらみんなの顔も力が入っていて怖かった。
グリグリねじったりぎゅうぎゅう引っ張ったりして、ちょっとずつ栓が動き出した。キュキュと音がするとみんなの顔が近づく。開けるのに結構時間がかかっていたせいか、気が付けば先生まで僕の後ろからのぞき込んでいた。
キュキュキュ・・・ポン!
小気味いい音をさせて、やっとのことで栓が抜けると、クラスのみんなが砂浜でオオー! と歓声を上げた。
あ、まただ。
あの南の島の匂いがする。
スンと匂いを嗅ごうと顔をあげた時、僕の目の前に白い服を着た浅黒い肌の男の子が立っているように見えて、そしてすぐに消えた。
瓶を逆さにして、人差し指を突っ込む。中の紙にちょいちょいと触って、少しずつ引き寄せて、破いてしまわないように慎重に取り出した。
「見せて見せて!」
みんなが顔を寄せてくる。
その中心で僕は、その紙を開いた。そんなに大きくない、折り紙くらいの紙だ。中には文字のようなものがたくさん書いてあった。
「ん~?」
僕もだけど、覗き込んだみんなが首をひねる。
日本語どころか、英語でもハングルでもないにょろにょろした何かがびっしり書かれているけど、これは・・・文字かなあ?
僕が首をかしげていると、向かいからのぞき込んでいた田中さんがア、と声を出した。
「これ、こっちから読むんだわ、ほら、ここに数字とアルファベットがかいてある」
にょろにょろした文字の真ん中くらいに、見慣れた数字が書かれている。どうやら僕は上下逆で見ていたらしい。
そうしたら先生が後ろから紙を指さした。
「これはアドレスだ。多分この文字はアラビア語じゃないかな。パソコン室に行って調べてみようか」
「「「アラビア語!?」」」
クラスのみんなが素っ頓狂な声をあげて、それから砂浜にまた大歓声が響いた。
◇
パソコン室へ行くと、僕はパソコンの前に座らされた。
「浩平が見つけたボトルメールだ、浩平が調べると良い」
先生はそう言ったけど、僕に何をしろと?
だいたいアラビア語なんて、上下もわからないのに何をどう調べろと?
「アドレスに連絡してみたら?」
なるほど。
僕はメールツールを開いてアドレスを打ち込んだ。
「で?」
僕が顔をあげると、先生が笑った。
「じゃあ、こちらは日本の小学校です。ボトルメールを拾いました、ってメッセージを書こうか」
はいはい。書きましたっと。
「で?」
「日本語だと多分伝わらないから、せめて英語に翻訳しよう。どうしたら良いと思う?」
先生に聞かれて、クラスメイトがみんな斜め上を見た。
「アイアム、ジャパニーズ・・・?」
これが精いっぱいの英語翻訳だ。綴りもわからないし。カタカナで書いても伝わる気がしない。
「翻訳ツールがあるだろう」
なるほど。パソコンって本当に便利だね。
翻訳ツールにかけて英語になったものをメール本文に貼り付ける。これで良いだろうか。
これが本当にちゃんとしたアドレスで、ボトルメールを出した本人と友達になったりしたらすごいことだ。こんなにょろにょろした文字を書く国があるなんて全く知らなかったのに。
ちゃんと届きますように、と願いながら、僕は送信ボタンを押した。
◇
次の日学校へ行くと、朝の会の時に先生が一枚の紙を見せてくれた。
「返事が来たぞ!」
「「「わおー!!」」」
本当に届いたのか!?
ボトルメールは本物だったのだろうか。なんだかワクワクする。
「まず、メールをくれた人はコモロ人で20歳。アリという名前だそうだ。あとは、自動翻訳が確かかどうかわからんが、9年前にボトルメールを出したらしい、ということがわかった」
「コモロ人?」
アラビア語じゃなかったのかな? 全然知らない国だ。
そうしたら先生は世界地図を見せてくれた。
「ここがコモロ。インド洋のマダガスカルのそばにある国だ」
マダガスカルなら聞いたことがある。
「公用語はフランス語、コモロ語、アラビア語だそうだ」
公用語が3つも!? すごい国だね。
「メールの返事は、アラビア語とフランス語で書かれていたから、先生が翻訳したんだが、正しく翻訳できたかどうかわからないというのがミソだ」
そりゃそうだ、とクラス中が大爆笑だった。
これがきっかけになって、僕たちはコモロのことをたくさん調べた。どんな気候でどんな人が住んでいて、どんなものを食べていて、どんな文化で・・・何もかも、日本とは全然違った。
それから日本語、英語、フランス語でメールを書いて送った。
僕たちはアリと友達になった。クラスの写真を送ったら、アリの写真も送ってくれた。
それは、僕がボトルメールの栓を抜いた時に目の前に現れた少年を少し大人にしたような顔をしていた。ああ、僕はあの瓶の中の空気からアリのことを感じたのかもしれない。
僕はこれから英語とかフランス語とかアラビア語の勉強をしようと思う。そして、大きくなったらアリに会いに行くんだ。
ボトルメールに詰まっていたのは、コモロの空気、アリの心、僕たちのこれからの友情だ。