父の顔をした馬
ぼくは暗い森の中で一人ぼっちでいた。大きな木々が僕の周りを取り囲んでいた。木々はぼくの背よりずっと高く、僕を見下ろすかのようにそびえ立っていた。見上げると太陽が木々にさえぎられて、ちらちらと顔をみせていた。森には道が一本まっすぐに通っていた。前を見るとずっと地平線まで道はまっすぐ通っていた。後ろを振り返っても道は地平線まで続いていた。森がそれに沿って地平線まで続いていた。道はでこぼこで小石がところどころに落ちていた。森の中で水がはねる音が聞こえた。滝があるのかなとぼくは思った。でもどちらの方向から聞こえてくるのか分からなかった。道を外れて滝の方まで行くには勇気がいった。ぼくにはその勇気がなかった。森の中からカラスの鳴く声が聞こえた。
「お父さん、お母さん。」
と、叫んでみた。でも、返事はなかった。ぼくは途方に暮れた。
でも、このままここにいると、日が暮れる。日が暮れたら、辺りは闇につつまれ、暗闇の中の森にいることになる。それだけは嫌だ。とりあえず、前に道に沿って、前に進んで森をぬけなければいけない。ぼくは前に向かって歩き出した。
何分、何時間、歩いたかはわからなかった。時計を持ってなかったので時間が分からなかった。でも、辺りの風景は、あまり変わらなかった。木々がそこにあり、道はまっすぐ続いていた。太陽は刻々と沈んでいて、辺りは暗くなり始めていた。僕は、不安になってきた。流れる水の音が聞こえた。またカラスが鳴いた。水の音を聞いて、僕は喉が渇いているのに気付いた。ずっと歩くのに夢中で、喉の渇きに気付かなかった。水が欲しかった。水の流れる方に行こうかと思ったけど、道から外れるのは怖かった。道を外れると、森は僕をあっという間に飲み込んでしまうだろう。飲み込まれると、僕は僕でなくなることがなんとなく分かった。道から外れるわけにはいかない。なんとか森をぬけなきゃと、僕は思った。僕は道に沿って走り出した。
突然、ぱかぱかとした音が聞こえた。前からなにか近付いてくる。ぼくは、道のそばにあった木の後ろに隠れた。ぱかぱかした音はどんどんこちらに近づいていた。カラスがまた鳴いた。前の方から馬がやってきた。ぼくはほっと、胸をなでおろした。ぼくは木の後ろから前に出て、馬が来るのを待った。だんだん馬が近づいてくるにつれて、おかしなことに気付いた。それは体が馬で、頭がぼくのお父さんだった。
「お父さん。」
とぼくは言った。それ不思議そうな顔して答えた。
「お前は誰だ。」
「ぼくだよ。」
と、ぼくは言った。
「お前なんか知らない。」
それは答えた。それの目は冷たく、僕は怖くなった。
「ぼくのお父さんじゃないの。」
「ああ、俺はお前のお父さんなんかじゃない。」
「じゃあ、なんなの。」
「俺は俺だ。」
ぼくは混乱した。ぼくのお父さんじゃない…。でも、顔はお父さんだった。
「お父さん、遊園地に連れていってよ。」
「遊園地ってなんだ。」
「遊園地だよ。ジェットコースターとかメリーゴーランドとかある。」
「そんなもの知らない。俺の知っているのは俺がお前のお父さんじゃないってことだけだ。」
ぼくはがっかりした。ふと、それを見ると、それの背中から、水筒がぶら下がっているのが見えた。ぼくは喜んで言った。
「水、持ってるの?」
「ああ、これか。」
と、それは言って、水筒を見ながら言った。
「水、ちょうだい。ぼく、喉が渇いてるの。」
と、ぼくは言った瞬間、それの目が光ったように見えた。そして、それは言った。
「水が欲しいのか。じゃあ、代わりにお前のこころをくれ。こころをくれるなら、水をやるよ。」
「こころ?だめだよ。こころは人間にとって一番大事なものなんだ。あげるわけにはいかないよ。」
「でも、水が欲しいんだろう。」
「欲しいけど、でもこころだけはだめなんだ。このくつだったらだめ?。」
ぼくは自分の靴をぬいで、それの目の前に差し出した。
「そんなの、いらない。俺はこころがほしいんだ。くれないなら、水はやれない。」
「じゃあ、水いらない。」
「わかった。じゃあ、お前とはこれでさよならだ。」
と、それは言って、ぼくを無視しながら、ぼくの横をすり抜けて、ぼくの歩いてきた道の方向へ足をぱかぱか鳴らしながら歩いていった。
ぼくは喉の渇きをがまんしながら、自分の胸を触った。どきどきとした感触を手のひらに感じながら、ぼくは前を向いた。そして、歩き出した。