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寂しさの先に

作者: 南波 晴夏

 死ぬことが怖いと思ったってそれは、いつかやってくる遠い未来の出来事で。

 それが逃れられない運命だと知っていても、“今”じゃないことを言い訳に目を背けられる。


 子供の私たちは何も、そんな恐怖を感じなくて良い筈だったのに。



 私は、違った。



 ……静かにいくことを選んだ。

 いつもどおりの、自分の部屋で。

 先生にも、家族にもみられずに。


 でも、どうしても、独りでいくのは苦しくて。

 辛すぎて。


 頼ってしまった。






「生きてることが寂しい」


 こんなことを言ったって、意味なんてないのに。

 困らせるだけなのに。


 あぁ、そうだ、意味なんてないんだ。

 困らせるだけなんだ。

 寂しい。

 寂しいと思うことが寂しい。


「それじゃあ、死ぬしかないじゃん」


 彼はふてくされたようにそう言った。

 確かに、この寂しさから逃れるには、死ぬしかないのかもしれない。

 ……分かるよ。


 でも、そんなんじゃ救われないよ。


「わかってないなー」


 寝転んだまま、長い髪が絡まるのも気にしないで、私は笑った。


 彼が分からないのも無理はないと思った。

 世界が終わる日を知ってから、私は、この胸にこびりついた寂しさについて毎日考えて、考えて考えて、やっと分かったのだ。


「死んじゃったら寂しいのすらわかんない。それってたぶんすっごく幸せで、すっごく苦しいんだと思う。だから、そう、今感じてるこれも」


 いつか感じられなくなってしまう。

 いつか分からなくなってしまう。


 そしてその“いつか”は、きっともうすぐ。


「寂しさが愛おしい」


 大切にその言葉を口にして、ゆっくりと瞳を閉じた。

 これから失っていくものは、きっと、数えきれないほど多い。

 けれど、その全てが、確かに今私の心を温めている。


 何気ない日常も、中身のない会話も、たまらなく愛おしい。


「君もさ、いつかはわかるよ」


「いつかっていつ」


「わからない。いつかはいつか。その時には君も、寂しさに胸を掻きむしっているかもしれないね」


 いたずらにそう言って、私は重い身体をゆっくりと起こした。

 長い髪の先を軽く払って、瞳に焼き付けるように彼の顔を見つめる。

 胸いっぱいに幸福感が広がり、私は自然に微笑むことが出来た。


「止まない寂しさすら愛しいの」


 いつか、君にも分かる日が来るから。

 それはきっと、ずっと先で、その時にはもう私のことなんて忘れちゃってるかもしれないけど。


「そうなるんだよ」


 それだけが、私の願いだよ。


 押し込めていた沈痛が顔に出てしまいそうになった時、彼の大きな手が私の頭を軽く掴んで胸に引き寄せた。

 私は反射的に彼の肩に軽く手をつく。


「もう、寂しくない?」


 そんな声が頭上から聞こえて、私は思わず微笑んでしまった。

 やっぱり、わかってないなぁ。


 全身の力を抜いて、彼に身を委ねる。

 心地良い心音が小さく響いた。

 幸せだな、と、自然に感じていた。


 ……ゆっくりと世界を閉じて行く。

 現実と無意識の世界が交互に口を開けて、混ざり合って、弾けて、絡まって。

 自分の気持ちが分からなくなった。

 恐怖心も麻痺していた。


 目まぐるしく変わる光景に、思わず掴んだ。

 人の手の温かさを微かに感じた。


 それは、優しく、心強く。

 それでいて、運命の闇には勝てなくて。

 私を失う、どこまでも愛しい。


「」




 その言葉を、私は最期に発せたのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言]  面白かったです。  女性の未来に対する漠然とした不安や虚無感がリアルに描かれていると思います。ただ「寂しい、寂しい」と言ってるだけじゃなくて、その寂しさも大切なものの一部と認識出来ている…
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