聖峰―1
レイ視点
「ここがこの国の聖地か……」
俺は今、この国で最も有名な霊峰エルキュールのふもとにいた。
もちろん殺神事件調査のためだ。
そして隣にはもう1人。
「流石に近くで見ると大きいですね」
彼女の名前はアリス。
長く美しい金の髪と青い眼。
おだやかな雰囲気の美人。
だがまだ若く少女らしさもわずかに残る。
身長は小さい。
ノインには別に調べてもらうことがあったため、街に置いてきた。
◆
【足】との戦いで王属騎士団につてができた。
そこで騎士団にこの山への道中の護衛を頼めないかと聞いた。
するとこのアリスが立候補してくれたというわけだ。
まあ実際は護衛ではなく調査協力という名目だが。
ストーリーはこう。
たまたま通りかかった俺があの平原で真犯人を目撃した。
そいつが聖峰で何かすると言っていた。
ぜひ調べに行くべきた。
そこで俺が行くが、万が一も考えて一緒に騎士団の人も来てほしい。
騎士団員は半信半疑だった。
まあ俺は彼らからすれば素性のしれない男だ。
更に事件の部外者でもある。
彼らの反応も、もっともだと言える。
しかし。
俺も神殺しの首謀者を追っていること。
そして。
「俺達がちょうどあの場にいたから、あなた方の団長は助かったのでは?」
と言うとしぶしぶ騎士団員の同行を許可してくれた。
俺たちが平原に着いた時には【足】はほとんど力尽きていたことにした。
ノインの力を不用意にバラすべきではなさそうだからな。
幸いあの場にいたものは皆意識がなかった。
俺たちのことを知るものは……あの”黒い男”くらいだろう。
◆
しかしこのアリスという女性、とてつもなく優秀らしい。
学院を首席で卒業とか、戦術兵器なみの大地魔法の使い手だとか。
そんな人が俺についていいのかと聞くと。
「団長が回復するまで我々騎士団はあの街から動けません」
と言われた。
騎士団長は死んでいないのが不思議なほどの重体だったそうだ。
一応、一命はとりとめたと聞いた。
それに加えて。
「団長を助けて頂いたお礼を」
ということだった。
が、彼女からは言動の端々にトゲトゲしたものを感じる。
なぜだ。
嫌われるようなことでもしたか……。
まあいい。
考えるにも判断材料が少なすぎる。
他に気になるのが。
街を出てから時折誰かに見られてるような気配を感じる。
これも今のところは保留だが。
とにかく。
まずは、山登りだ。
◆
「アリスさん、体力は大丈夫ですか?」
「問題ありません。魔術師は体力が資本ですから」
そうなのか。
確かにまだ元気そうには見える。
彼女は一昨日の【足】との戦いのあと。
戦死者の埋葬や怪我人の手当といった後始末を済ませ。
昨日は一日中事務仕事をこなし。
今日は俺を馬にのせてここまで連れてきてくれたのだ。
俺は馬に乗れないから。
仕方ないな。
「さて、登りましょう」
「はい」
「ところで、この人形あなたのですよね。カバンから落ちましたけど」
俺はアリスに人形を見せる。
片手に収まるくらいの小さな人形だ。
「誰かに似てるんですよね……。あ、騎士団ち」
「返してください!」
アリスに人形をひったくられる。
「……取り乱しました」
「……騎士団長ですよね」
「……ええ。私にとっての英雄です。私を助けて認めてくれた人です。あのシブい目つきとヒゲも……」
ゴホン、とアリスは咳をした。
「と、とにかく。山の上に向うのでしょう。行きましょう」
……実は面白い人か?
◆
昨日のこと。
俺は一日中聞き込みをしていた。
この街、あるいはこの国における神について。
伝説、伝承、うわさ話。
ありとあらゆる事を調べこんだ。
そこでわかったのが、これから登る霊峰エルキュールについて。
別段隠されていたわけでもないので存在はすぐに知れた。
この霊峰に棲むとされているのは竜神。
生命と豊穣を司る神だそうだ。
竜神信仰はこの国全体に広く根付いており、霊峰はその聖地とされている。
エルサレムみたいなものかな。
この竜神が怪物を退治したとかいう昔話も伝わっていた。
その怪物がおそらく【地を這う巨人】だろう。
他にも信仰されている土地の神はいるようだった。
が、規模も小さく大した伝承も残っていない。
狙われている神はおそらくここの竜神で間違いはないだろう。
俺が知りたいのは三つ。
殺害される対象。
殺害する方法。
殺害する人物。
対象はおそらく確定。
あとはここで、方法と、殺害犯の情報を手に入れたいが……。
◆
「その、あなたが探している殺神犯……でしたっけ」
霊峰を登っているとアリスが話しかけてきた。
ここまで乗ってきた馬は山のふもとに置いてきた。
「ええ」
「それは、あなたたちが目撃したという、謎の黒い男ではないのですか?」
「奴の他に、もう1人実行犯がいると考えています」
「なぜですか?」
「奴は、犯人かと聞いた時、そうでもあるしそうでもない、と言っていました」
「……例えば、計画を立てた人と実行する人が別、というような状況ですか?」
「……さすが首席ですね」
「バカにしないでください。それくらいわかります」
……バカになどしてないが。
「ただ、その男が本当のことを言っているとは限らないのでは?」
「その通りです」
「なら……」
「経験ですよ。あの手の人間はそういったつまらないウソはつきません」
「経験……? あなたは……」
何者ですかと言いたげな彼女。
今の所、俺たちは世界をめぐる旅人ということになっている。
「こちらの精神的なダメージが最大になるよう見計らって、完璧なタイミングで一つだけウソをつく。そういう手合いに見えました」
「随分とお詳しいのですね。実はお知り合いとか?」
ほんの少しアリスの口調に緊張の色が出る。
わずかに震えている声。
「……まさか」
「そうですよね、よかった。安心しました」
アリスは両手を合わせる。
……そういうことか。
俺を疑ってるというわけね。
神殺しの実行犯かどうかはともかく。
犯人に近しい人間なのではないかと。
まあ、殺人事件でも第一発見者を疑うのはセオリーだ。
わざわざ危ない場所に首をつっこむ俺たちを疑うのも当然。
……だからわざわざ手をあげてまで俺についてきたのか。
しかし彼女、人を疑うのに向いてない。
質問の声が震えているなど探偵としては0点だ。
……まあ、人がいいんだろう。
とにかく。
俺の護衛というのは表の理由で、裏の理由は監視、か。
とはいえ探られて痛い腹もないから問題ない。
気にせず登り続けよう。
◆
1000mほど登ったところが山の中腹だ。
2時間ほどでたどりついた。
そこそこハイペースで歩いてきたが、アリスは息一つ切らせていない。
体力があるというのは本当のようだ。
「あそこにいる鳥って……」
「ああ、サンダーバードですね」
あれがそうなのか。
「このあたりの固有種です。特にこの山の周りには多く棲んでいるようですね」
「独特の風味で美味しいですよね」
「……、え、ええ。そういう方も多いですね。ただ少し刺激が強いので、私は実は苦手です……」
まあ、そうかもしれない。
中華料理なんかも現地風だと結構スパイスがキツくて人を選ぶものな。
中腹には神殿とそれを管理する人の住む小屋があるという話だ。
まずは小屋へと向かう。
と、そこでアリスがふらりと倒れかけた。
「あれ……力が」
倒れるギリギリ直前で俺が彼女を支えた。
「ありがとうございます。だ、大丈夫ですから」
そう言ってアリスは俺から離れる。
警戒されてるなあ。
「疲れているのでは?」
「いえ、そんなはずは……」
俺が困っていると――。
「魔力酔いじゃな」
小屋の中から一人の老婆が現れて言った。
この老婆が管理人だろうか。
「この山の上ではな、魔力がうまく使えんようになっとる。特にこのあたりからそれが顕著じゃで」
「魔力が……?」
「人間の体から自然に循環している魔力も止まってしまう。普通の人間や並の魔術師なら問題にはならんが……」
「私のように、魔力量が多いと、負担もその分大きい、ですね」
アリスが言うと老婆はうなづいた。
「小屋に来て休むとよい。久々の来客じゃ。もてなそう」
老婆は小屋の中へと入る。
「……とりあえず行こう。一旦休んだ方がいい」
アリスの様子は見てわかる程度に悪かった。
「……足を引っ張ってすみません」
「お気になさらず」
魔力が多すぎて引っかかることもあるんだな。
一つ勉強になった。
俺たちは小屋の中へ入ることにした。
◆
アリスが小屋のベッドで安静にしている間、俺は神殿のまわりを見物していた。
老婆にきいたが、許可など必要なく、常識の範囲で見て回ってくれとのことだった。
ここの常識がわからないんだけどな……。
神殿には竜をかたどったレリーフや彫刻がそこかしこに配置されている。
神殿の中央には、きれいな玉をかかえた竜の像が置かれていた。
竜の像は気味の悪い手足を踏みつけにして、凛々しく翼を広げていた。
この手足は竜に封印される【地を這う巨人】の象徴か?
……それにしては手足の数が多すぎる気がするが。
――とそこで。
一箇所だけ石壁の色がかすかに違うことに気づいた。
だが、触っても叩いても変化はない。
だがこの音の反響具合。
奥に空洞がありそうだ。
入れるのか?
だが石壁の動かし方がわからない
……。
ひとまず壁の追究は諦め他を見て回る。
他に特に目についたものはない。
竜の弱点の情報とかは……さすがにないな。
それに、そもそもこの竜神、今はどこにいるんだ?
外からは竜神が住んでいるような痕跡は見えない。
そもそも、竜神が山の上にいるなら既にどこかで聞いているはずだ。
この山自体には神はいないのか、それとも……。
俺は神殿の外に出て、中腹をぐるりと一回りした。
山肌は岩が露出している。岩山だ。
そしてサンダーバードが確かに多い。
所々で川も流れており、その周囲には草木も生えていた。
のどかなところだ。
だが、山からふもとを見下ろすと、見覚えのあるものは何一つない。
まったく。どこまで来てしまったのやら。
しばらく歩き続けると、気になる景観を見つけた。
……これは?
俺は思わず目をみはる。
滝が、逆流している。
地面から、山の上に向かって、水が登っているのだ。
滝の水は山の中へと流れ込んでいるようだ。
……さすが異世界だな。
一体どういう原理だ?
ただ、岩肌が厳しく滝の近くまでは寄れそうにない。
俺は一旦小屋へと戻ることにした。
小屋に戻ると、アリスはまだ横になっていた。
熱もどんどん上がっているようだ。
老婆は机の中から草を取り出してすり潰していた。
「ばあちゃん、それは……?」
「ああ、これは気つけ用の薬草じゃ」
机の中には奇妙な模様の木の実も入っていた。
山を登っている途中にもいくつか見たな。
「これは?」
「空気の実じゃ。山の上は少し空気が薄いで、それで具合の悪くなる人もおる。じゃがそれを飲むと楽になるでな」
面白いな。
サボテンは砂漠で育つために水を溜め込むと聞く。
同じように空気の薄い山で育つために空気を溜め込んでいたりするのだろうか。
「しかし、こんなことは初めて見たわい。普通は一刻も横になっていれば慣れるんじゃが……」
「……魔法学院とやらの首席らしいから、普通の人とは違うのかもな」
「……! それはそれは。とんでもないことですわい」
「私なんて大したことないわ……」
アリスの声がした。
「起きたか?」
声をかけるが反応がない。
うなされているだけだろうか。
「あの人、あの人の足元にさえ、私は及ばなかった」
アリスの目から涙が流れる。
あの人、ねえ。
「あの人に勝てない私が首席? バカにしないで」
アリスは熱にうかされた声でぶつぶつと呟く。
あまり聞かない方が良さそうな内容だな。
しかし、アリスの様子がこれでは……。
もうしばらく様子を見たが容態は悪くなるばかりだ。
……降りるか。
「ばあちゃん、世話になった。ありがとう。魔力量が原因なら山を降りるのが手っ取り早いだろう? 来たばかりだけど、降りることにするよ」
「そ、そうか……。力になれずすまんのう」
老婆は少しだけ残念そうだ。
久々の来客と言っていたからな。
……久々の来客、ねえ。
「最後に3つ質問。1つ目、俺たちの前には誰がいつ頃来た?」
「お主は……?」
「大丈夫。竜神へ危害を加える奴を俺は止めに来た」
「……なるほどのう。ありがたいことじゃ」
老婆は俺を拝む。
いや俺はいいから。
「信用してくれるんだ」
「……年寄りの経験じゃよ」
信じていただけて光栄です。
「お前さんたちの前に来たのは、学者先生じゃ。何でも神話に興味があるとかで、色々と調べておるそうじゃった。来たのは一月ほど前かのう」
なるほど。
「他に怪しいヤツは?」
「ううむ、そんな者がおればわかるはずじゃ。ここでは魔法が使えぬゆえ、ごまかしがきかぬからのう」
……それはありがたい。
「2つ目、どうしてこの山で魔力の流れが止まるんだ?」
「この山で魔力が止まる原因はわかっとらんのじゃ。だからわしもここにいて、神殿の管理と一緒にお前さんらのような旅人の面倒をみとる」
大変お世話になりました。
「3つ目、最近この山で異変があった?」
「3日ほど前じゃったか。奇妙な地響きがしたのう」
3日前。それはあの【足】が目撃され始めた時期と一致する。
そこで何かあったということか。
「地響きは最近多いのう……」
老婆は不安そうな顔をする。
「ありがとうございます。あと最後に一つだけ」
「なんじゃ」
「竜神様って今どこにいるんですか?」
その質問に老婆はニヤリと笑って答えた。
「わしらをいつも見守ってくれとりますじゃ」
……なるほど。
まあ、予想通り。
そりゃそこしかないよな。