大厄災―3
平原はボロボロだった。
いや、これはもう平原だった場所、か。
いまやここは死の世界。
草木は枯れ。
大地は歪み。
血や体の一部があちこちに飛び散り。
生きているのは俺達と、――かろうじて、この騎士らしき男。
この中年の男は俺たちが着くまでずっと戦っていたようだ。
すさまじい戦いの痕跡が見てとれる。
男は俺たちがここに着いてすぐに気を失った。
……死んで、ないよな?
他にも数人倒れているが――彼らもここからでは生死は不明。
ここに来る途中、人が大勢が逃げてきた。
おそらく彼らがしんがりとなってこの化物を抑えていたのだろう。
俺は思わず上を見上げる。
平原の中央にそびえ立つのは巨大な1本の【足】。
とんでもなくデカイ。
都庁ビルくらいありそうだ。
これでもカケラとやらで本体の一部だというなら……。
確かに世界が滅びかねない。
恐怖は多少ある。
感覚がマヒしているが、出来れば関わりたくない。
化物退治は業務外だ。
俺は拝み屋でも憑き物落としでもない。
「ノイン、本当に大丈夫なんだな」
「わたしを誰だと思っているの?」
……なら、いいけど。
「……ん」
ノインは手を差し出す。
「ああ」
俺はその手を握る。
同時に、ノインの額から光があふれる。
額から金の輪が浮かび上がり、弾け飛んだ。
今ノインはフードを被っていない。
おかげで封印が解ける様子がはっきり見てとれる。
封印する額の輪。
まるで孫悟空の緊箍児だな。
フードをとったノインはきれいな顔つきの少女だった。
ところどころはねたショートカットの銀髪に赤い目。
少し90年代カルトアニメの主人公を思い出させる。
「じゃあ、やってくる」
そう言ってノインは【足】へと歩みよっていく。
……ん?
ノインの姿が消えたと思ったらもう【足】の真下にいる。
次の瞬間、【足】の四分の一ほどが吹き飛んだ。
が、とてつもない速さで再生していく。
ビデオを10倍速で早送りしているような奇妙な光景だ。
とんでもない再生能力。
……こりゃ確かに普通には倒せないわな。
と思っていると【足】が再生する間もなく、次々と吹き飛ばされていく。
あれだけ速い再生が、まったく追いついていない。
………………。
「反則すぎないか……」
数秒後。
平原からは【足】の痕跡はチリ一つ残さず消えていた。
手品でも見せられた不思議な気分だ。
目の前の東京タワーが一瞬で消えたら誰でも自分の目を疑うだろう。
そんな気持ちに近い。
「あいつの方が恐ろしいな……」
ぼやいているといつの間にか目の前にノインがいた。
「誰が恐ろしいって?」
「……いや」
何でもないよ。
「しかし、もう終わったのか」
「フフフ。あれには蹴り飛ばされた恨みがあるからね」
彼女は怒らせないようにしよう。
俺は固く決意した。
……いや、けど俺がいないと力は使えないのか。
まあ、だとしても。
怒らせないにこしたことはない。
俺は平原を見渡してそう思った。
◆
……ええと。
この場合何かすることはあるか?
とりあえず倒れている人たちを街へ運びたい。
助かるかはわからないが、何とかできる魔法があるかもしれない。
街へ馬車か何か呼びにいくか。
確か街を出たときにこの人らの仲間がいたな。
その人たちを呼ぶとしよう。
【足】を倒したことを言えば金がもらえたりはするだろうか……。
いや、そもそも目撃者がいない。
信じてもらえないか。
その前にノインの力を大っぴらにするのも良くはないだろう。
とすると……。
そんな事をつらつらを考えていると――鳥肌がたった。
背筋が凍る。
何だ、これは。
恐ろしいほどの圧迫感。
心臓をワシづかみにされているようだ。
俺は周囲を見回す。
「……ノイン、これは?」
「わからない。けど、動かないで。さっきのより数段やばい」
ちょっと待ってくれ。
次の瞬間、背後から刺すような視線を感じた。
俺たちは同時に振り向く。
暗黒としか形容できないような不気味な男が立っていた。
服装は上下黒。
喪服のようないでたち。
この男だ。
この男から、この世の黒を煮詰めて煮詰めて煮詰めきったような。
圧倒的に、絶望的に、厭世的に暗いオーラが発せられている。
パチ、パチ、パチ。
男は手をたたいていた。
「ありがとうございます。私としても手間がはぶけて助かりました。……そんなに怖がらないでください。私はとても珍しいものが見物できてとても満足しています」
こいつは……。
「お前が神を殺したのか」
「あなた、不思議な感じがする方ですね。……私が、ですか。そうともいえますし、そうでないともいえます」
……ふむ。
「それにまだこの地の【世界の意思】は完全に死んでいませんよ、残念ながら」
男はため息をつく。
「で、俺たちに何のようだ」
「いえ、あなたたちにご挨拶を、と思っただけですが」
……挨拶?
「ええ、はじめましてのご挨拶を」
男は俺たちに近づいてくる。
俺たちは警戒する構えをとる。
と、途中で男は足を止め首をかしげて言った。
「……やはりあなた方、ここで死んでもらった方がいいですかね」
「何????」
男の手から影があふれ出す。
濁流のように溢れ出た影は俺とノインの間に入り、俺たちを分断する。
「ノイン!」
「レイ、影をよけて下がってて!」
ノインはまだ力が使えるのか。
任せて大丈夫か……。
俺は急いで後ろへ下がる。
――瞬間。
男の姿がかき消えた。
「ずっと探してた。消えるのはあなたの方」
どうやらノインが力を使ったようだ。
……しかし、男はどこからか霧のように俺たちの前に現れた。
ピンピンしている。
「怖いですねえ」
ニヤニヤと笑う男。
『認識したあらゆるものを破壊する』。
ノインの言葉が本当ならこれは……。
「ノイン! 幻覚か何かだ! 認識を阻害されている」
ノインの能力は、認識したものを破壊する。
逆に言えば、認識できないものは破壊できない。
……さっきの【足】との戦闘だけで対策を立てたのか?
対応が早すぎる。
「わかってる!」
ノインがそう言うと、周囲の空間がバリバリと割れ始めた。
これは……。
割れた空間の向こう側に、男はいた。
「……これは。予想以上」
「けど、わたしには無駄。偽装されていると認識さえできれば壊せる。わかってもらえた? 」
「……よくわかりました。しかし」
しかし?
「力が不安定なようですよ?」
クソ! 怖れていたことが。
解放時間が無限に続かないことはわかっていた。
事前に解放時間の長さを調べておくべきだった。
加えて俺とノインは影によって分断されている。
すぐに手を繋ぐこともできない。
と、焦る俺を横目に冷静にノインは言う。
「だから、無駄だって」
次の瞬間、俺の隣にノインはいた。
さっきから瞬間移動してるような……?
驚く俺の手を握り直すノイン。
次の瞬間、男は跡形もなく消し飛んでいた。
これで終わり。
……じゃないだろうな。
ノインの方を見ると、彼女も同じことを考えていたようでうなづいた。
「……手応えがなさすぎる」
「その通り」
どこからか男の声が聞こえてきた。
「いやはやお強い」
男の声は楽しそうだ。
笑っている気配すら感じる。
あの地獄のような雰囲気の男がこの状況で笑う?
「素晴らしい! 私はここに宣言しましょう」
どこからともなく。
「私はあなた方を敵とみなします。強い制約厳しい縛りを乗り越えた時ほど、得られる呪いもまた強い」
聞こえてくる声。
「私よりも強いあなた方をかいくぐった上で、【世界の意思】を殺すことにします。それは私の強い力となる。【世界の意思】を殺し切るための、です」
【世界の意思】?
神のことか?
「これは制約です。あなた方と私たちとの戦いです。私たちは【世界の意思】を殺します。あなた方はそれを防いでください」
制約……?
「ああ、まだここの【世界の意思】も殺しきっていませんので、勝負はここからですよ」
「おい、どこにいる!?」
「では。ごきげんよう」
……そう言って声は消えた。
「さっきここに来ていたのはダミーね。魔法で操っていた人形だと思う」
人形……、あれだけのプレッシャーを出していたのが人形?
「それより……やられた!」
ノインが叫ぶ。
「どういうことだ」
「さっき、あいつ、制約がどうとか言ってたでしょう」
「ああ」
「魔法とか呪術はね、達成が厳しければ厳しいほど力を増すの」
「そういうことか」
「……もうわかったの?」
「念能力と同じだな」
「念能力?」
ノインが不思議そうな顔をする。
この世界の人はそれも知らないんだよな……。
人生を損していると言っても過言ではない。
――いや、俺もこのままではジャンプで続きが読めないぞ。
「神を殺すなんて、普通の人間には、いえ、強大な力をもった人間にだってほとんど不可能。それが大きな力をもった神なら尚更」
「さっきの【足】とやらにこの騎士団も全滅だもんな」
「ええ」
ノインは平原だった場所を見渡している。
「その足りない分を、ハンデをわざわざ背負うことで無理やり補おうってことか」
不謹慎だが面白いな。
「何笑ってるの……」
「……いや、これは『予告殺人』」
「よこくさつじん?」
いや、予告殺神……か。
この俺にふさわしいおあつらえ向きの舞台設定。
俺を相手にしたこと、後悔させてやるとしよう。