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大厄災―2

「騎士団長! 来ました!」

部下の声が聞こえる。


「ああ、見えている」

私は応える。


眼前には、信じがたいほど巨大な【足】がそびえたっていた。

一つの村など、軽く数歩で踏み潰せそうだ。

足は右足一本のみ。手なども見当たらない。

これが、【地を這う巨人】……その一部か。


「なるほど、あれが歩きまわるだけで地上は真っ平らだな」


足はまだかなり街から離れているが、あの大きさ。

これだけ離れていても、はっきり大きさがわかるほど。


私達がいるのは街の正門を出てすぐ。

が、油断しているとすぐにここまでたどり着くだろう。


「……これが【大厄災】。その中でも最悪と呼ばれるものの一つ」

……長く騎士団に務めているが、これほどのものは私も初めて見る。

小規模な【厄災】であれば対処したことはあるが……。


しかし、呆けていてもしかたない。

我々は王属騎士団。

国家の敵を討ち滅ぼすもの。

遂行すべきことを、遂行するのみ。





まずは陽動。

兎にも角にも奴の進行方向を変えなくては。


まだ【大厄災】の封印は完璧に解けていないはず。

足しか見えないのがその証拠だ。


であれば、あれほどの力。

長時間の顕現はありえない。

今までも長時間出現していたという報告はない。


ヤツの魔力切れまで、時間を稼ぐ。


「隠蔽魔法でこの街を隠せ」

「了解!」


「偽装魔法で隣の平原に幻の街を創れ」

「はーい」


「結界魔法の使い手は半分この場に残って街を守れ。もう半分はついてこい」

「了解!」


「大地魔法で幻の街の手前に巨大な穴を掘ってもらう。かつ隠蔽魔法でそれを隠す」

「わかりました」


「重力魔法の使い手には穴に落としたやつを抑え込んでもらう」

「……自信ありません」

「やってもらう。短時間でいい」

「はい……」


「落とした奴を封印魔法で時間まで抑え込む」

「頼まれました、よ。団長!」


「騎兵は半分私と来てもらう。陽動だ」

「は!」


……さて、鬼が出るか蛇が出るか。

ここで死にたくは、ないものだ。





加速魔法をかけてもらった馬で、【足】のもとへと向かう。

歩いて一日かかる道のりでも、わずかな時間で駆け抜けられる。


……しかし、近づけば近づくほどその絶望的な大きさがわかる。

人間はあれに踏み潰されるだけなのではなかろうか。


……いや、私の肩には王国民の命がのっている。

敗北は許されない。

私は自分を奮い立たせる。





【足】の近くまで着いた。

【足】は街道を少し外れたところにそびえ立っている。

踏み潰されそうになってもすぐに対応できる程度の距離をとる。


【足】からは異常なまでの悪意が漏れ出している。

【足】が踏んだ大地はひび割れ、植物は枯れ、動物は死に絶える。


「お前たち、馬から振り落とされるな」

「は!」

「弓兵は騎乗しつつ散開! 左右から弓を放て!」


【足】へと放たれる矢。

1本1本が洗礼済みの【銀の矢】だ。

並の魔物であれば1本で跡形もなく消滅させられる。


矢が当たった部分はわずかに吹き飛ぶ。

「きいたか!」

部下の声がした。


もちろん、吹き飛んだのは巨大な【足】のごくごく一部だ。

しかし、攻撃が通用するならば……。


――だが。

見る間に再生する【足】。

一瞬で傷はきれいに消え去った。


「もう一度、今度は違う場所を狙え!」

……ダメだ。


すると、【足】から細かい手が生えてきた。

細かい手が我々に次々と伸びてくる。


「回避!」


部下たちはギリギリで回避した。

直接くらってはないようだ。


が、数名、馬に攻撃が当たった者がいる。

少しでも触れられた馬は正気を失い呆然としている。


「馬から降りて逃げろ! 戻ってこなくてかまわん!」

私は馬をやられた部下に向かって叫ぶ。


足を止めた馬には――次々と【足】から伸びた手がまとわりつく。

手は馬を覆い尽くし。


その後には何も残らなかった。

骨も残さず――喰われてしまった。


何より。

……とんでもない増殖速度だ。


……出し惜しみする場合ではないな。

全員死にかねない。


「ルッツ。俺が死んだらお前が指揮をとれ。いいな」

「団長!」


私は馬から下りる。

壱の秘剣《追風(おいかぜ)》。

身体超強化。


弐の秘剣《剣舞(つるぎのまい)》。

武器超強化。


参の秘剣《翅休(はねやすめ)》。

身体自動超回復。



遠距離攻撃は無意味。

ならば、強化した武器での近接攻撃。


馬よりも速く。

弓矢よりもなお速く。

私は【足】に斬りつける。


手応えはあった。

……斬れる。

私なら斬れはするようだ。


だが、振り返ると、その傷は瞬きする間に治ってしまっていた。


「……」

だが、注意はひけたようだ。

圧倒的なプレッシャーが突然私を襲う。


「……今までは相手にも、されていなかったか」

しかし、これなら。

周囲を認知でき、意思はあるということだ。

罠にかけることもできるだろう。



私は再度足を斬りつける。

そうして、とにかく、魔術師たちが罠をしかけた方角へと走る。

……追いかけてきたな。


走る。

走る。

走る。

走る。


身体強化をかけた私は短時間なら馬より数段速い。

……が、【足】も恐ろしく速い。

当然だ。

一歩が私の数百歩に相当する。

気を抜くとすぐに潰されてしまうだろう。


街道を駆け抜け、道を曲がり、幻の街をつくった平原へと出る。


騎士団の魔術師は王国の最精鋭。

みな優秀だ。

すでに準備はできているようだった。


平原には、幻の街と、その前にはどうやら大穴が。

私には隠蔽魔法はきかない。

穴をよけて大きく回り込む。

とてつもなく深い穴。

数百人は縦に入りそうだ。

これならいけるか……?


私は幻の平原を駆け抜ける。





私の後を追ってきた【足】が平原へと侵入する。

改めて、とてつもない地響きだ。


私と魔術師たちは、穴の向こう側で【足】の穴に落ちるのを待つ。


……………。

……………。

……………。

……………。

……………。

……………。

……………。


ズウウウウウウウウウウウウン。

大音をたてて落下していく【足】。

やったか……。


「重力魔法で抑え込め! 同時に封印!」

「はいはい……」


魔術師たちは全力で魔法を行使する。

どうだ……。


「ぐ……。何これ」

「封印、間に合いません!」

「これ、多分魔法無力化されてる」

「物理攻撃しか無効なのでは?」

「……ダメ、出てくる」


「く……」


「皆さん、下がっていてください。大地魔法で埋めます」

大地がうねり、大穴を一瞬で押しつぶす。


この大地魔法の使い手はアリスという年若き少女。

魔導学院を首席で卒業。

皆伝級魔術師(マスタークラス)

我が国でも最高峰の魔術師の1人だ。


「ゴーレムも出しておきます」

地面から大量の土人形が現れる。

一体一体が王国騎士並の強さのゴーレムが数百体。


あらゆる魔法は使いこなせば一騎当千。

大魔術師は戦争において強大な力を発揮する。


その中でも、大規模戦闘で最強を誇るのがこの大地魔法。


古の大魔術師は1人で数万の軍勢を相手にできたと言われている。

その理由は、この圧倒的な物量。

炎熱魔法も紫水魔法もこれだけのことは難しい。

いわく、実体のある土を利用できる分、ゼロから炎や氷を生む魔法よりも”コスパ”がいいそうだ。


ゴーレムは押しつぶされた穴の上に集まり、穴を更に押しつぶしていく。

これは……いけるか。


「持ちこたえてくれ、アリス」

「ええ。問題、ありませ……」

「どうした?」


「……困りました」

「何?」

「ダメかもしれません」


ズオオオオオオオオオ。

その瞬間、穴を埋めていた土は全て吹き飛ばされた。

穴から出て来たのは、大量の手。


手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。


穴の近くのゴーレムも次々と手に絡み取られ、呑み込まれてゆく。


「……っ!!! お前達、退避だ!!!」

穴の中から、【足】が徐々にその姿を現す。

手を器用に使い自身を引き上げているようだ。


暴力的で,邪悪で,この世の全てに恨みがあるかのような魔力.

それが一度に発散され,我々に叩きつけられる.


「……おい」

「何だ,それ」

絶望する部下たちの声.


【足】は何事もなかったかのように浮かび上がり。

平原の穴の横に着地した。


【足】から伸びる手は次々と魔術師たちを呑み込もうと伸びる。

結界魔法すら、いともたやすく突き抜けて。


……これが、【大厄災】。

人の域を超えしもの。

魔物の域も超えしもの。


何という巨大な暴力。

何という理不尽。

人間は、これに踏み潰されるだけなのか……。


「アリスくん、君だけでも確実に逃がす」

「え……?」

「君の力は、この国の守りに欠かせない」

私は呆然としているアリスを馬に乗せる。


この国のためにも――彼女だけでも逃さなくては。


終の秘剣《神秘剣(しんぴのつるぎ)》。

命を代償に、身体能力を劇的に上げる。


「団長! それは……」

「ヤツは私がとめる。君は逃げなさい。街道へ出たら、この平原を高い土の壁でおおってくれ。逃げた兵が出られるよう、人が通れるくらいの穴はあけておいてほしい」


「嫌です.私も団長と……」

私はアリスに手刀を放ち気絶させた.


最も信頼できる私の補佐に彼女を任せる。

彼はためらいつつもうなづいた。

私は補佐と彼女の乗った馬を無理やり走らせた。


【足】から伸びる手がアリスを狙う。

私はそれを切り払う。


「私が相手だ」

【足】の意識がわずかにこちらへ向かう.


【足】の武器は基本的には踏みつけと大量の手による侵食。

そして,尋常でない再生能力。


アリスたちの乗る馬が走り去るのを見て私は【足】に向き合う.

さて,どう戦うか。


そう考えていると,後ろから声がした。


「団長だけにかっこいい格好はさせませんよ」

「私も……お手伝い,します」

「あなたもこの国には必要です.もう少し自覚を持ってください」

「だとよ.まあ,俺たちは死んでもいいがな」

「死ぬときはあなたと一緒に死なせてください」


騎士団の幹部たちだ.


「お前たち……逃げろと言ったはずだ」

「部下たちはちゃんと逃してますよ」

上司たるもの部下くらいは守れないとね,と弓兵長が言う.


「……まあもう時間がない.とにかく時間をかせぐ.少なくともアリスは確実に逃がす」

「「「了解!!!」」」」

幹部たちが散らばる.


長年の付き合いだ.

言わずとも作戦は伝わっているようだ.


私が前.

幹部たちが後ろで補助.


さて,やるだけ――やるとしよう.





私たちは戦った。


今の私の速度なら、奴の攻撃もかすりもしない。

しかしどれだけ傷をつけようが、瞬時に再生する化物だ。

私たちの体力だけが一方的に削られていく。


幹部たちは1人倒れ,また1人倒れ…….

残るのはもう私だけだ.


己の無力が悔しい。


ここまでか……。

命の炎が燃え尽きつつあるのを感じる。


心残りは……。

いや、考えても仕方ない。



――その時。

薄れゆく意識の中で、少女の声が聞こえた。


「……すごいな、人間がここまで戦えるなんて」

「あんた、大丈夫か!? 体がボロボロだ」

若い男の声もきこえた。


「安心して。すぐに終わるから」

その声を聞いた直後、私は意識を失った。


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