大厄災―2
「騎士団長! 来ました!」
部下の声が聞こえる。
「ああ、見えている」
私は応える。
眼前には、信じがたいほど巨大な【足】がそびえたっていた。
一つの村など、軽く数歩で踏み潰せそうだ。
足は右足一本のみ。手なども見当たらない。
これが、【地を這う巨人】……その一部か。
「なるほど、あれが歩きまわるだけで地上は真っ平らだな」
足はまだかなり街から離れているが、あの大きさ。
これだけ離れていても、はっきり大きさがわかるほど。
私達がいるのは街の正門を出てすぐ。
が、油断しているとすぐにここまでたどり着くだろう。
「……これが【大厄災】。その中でも最悪と呼ばれるものの一つ」
……長く騎士団に務めているが、これほどのものは私も初めて見る。
小規模な【厄災】であれば対処したことはあるが……。
しかし、呆けていてもしかたない。
我々は王属騎士団。
国家の敵を討ち滅ぼすもの。
遂行すべきことを、遂行するのみ。
◆
まずは陽動。
兎にも角にも奴の進行方向を変えなくては。
まだ【大厄災】の封印は完璧に解けていないはず。
足しか見えないのがその証拠だ。
であれば、あれほどの力。
長時間の顕現はありえない。
今までも長時間出現していたという報告はない。
ヤツの魔力切れまで、時間を稼ぐ。
「隠蔽魔法でこの街を隠せ」
「了解!」
「偽装魔法で隣の平原に幻の街を創れ」
「はーい」
「結界魔法の使い手は半分この場に残って街を守れ。もう半分はついてこい」
「了解!」
「大地魔法で幻の街の手前に巨大な穴を掘ってもらう。かつ隠蔽魔法でそれを隠す」
「わかりました」
「重力魔法の使い手には穴に落としたやつを抑え込んでもらう」
「……自信ありません」
「やってもらう。短時間でいい」
「はい……」
「落とした奴を封印魔法で時間まで抑え込む」
「頼まれました、よ。団長!」
「騎兵は半分私と来てもらう。陽動だ」
「は!」
……さて、鬼が出るか蛇が出るか。
ここで死にたくは、ないものだ。
◆
加速魔法をかけてもらった馬で、【足】のもとへと向かう。
歩いて一日かかる道のりでも、わずかな時間で駆け抜けられる。
……しかし、近づけば近づくほどその絶望的な大きさがわかる。
人間はあれに踏み潰されるだけなのではなかろうか。
……いや、私の肩には王国民の命がのっている。
敗北は許されない。
私は自分を奮い立たせる。
◆
【足】の近くまで着いた。
【足】は街道を少し外れたところにそびえ立っている。
踏み潰されそうになってもすぐに対応できる程度の距離をとる。
【足】からは異常なまでの悪意が漏れ出している。
【足】が踏んだ大地はひび割れ、植物は枯れ、動物は死に絶える。
「お前たち、馬から振り落とされるな」
「は!」
「弓兵は騎乗しつつ散開! 左右から弓を放て!」
【足】へと放たれる矢。
1本1本が洗礼済みの【銀の矢】だ。
並の魔物であれば1本で跡形もなく消滅させられる。
矢が当たった部分はわずかに吹き飛ぶ。
「きいたか!」
部下の声がした。
もちろん、吹き飛んだのは巨大な【足】のごくごく一部だ。
しかし、攻撃が通用するならば……。
――だが。
見る間に再生する【足】。
一瞬で傷はきれいに消え去った。
「もう一度、今度は違う場所を狙え!」
……ダメだ。
すると、【足】から細かい手が生えてきた。
細かい手が我々に次々と伸びてくる。
「回避!」
部下たちはギリギリで回避した。
直接くらってはないようだ。
が、数名、馬に攻撃が当たった者がいる。
少しでも触れられた馬は正気を失い呆然としている。
「馬から降りて逃げろ! 戻ってこなくてかまわん!」
私は馬をやられた部下に向かって叫ぶ。
足を止めた馬には――次々と【足】から伸びた手がまとわりつく。
手は馬を覆い尽くし。
その後には何も残らなかった。
骨も残さず――喰われてしまった。
何より。
……とんでもない増殖速度だ。
……出し惜しみする場合ではないな。
全員死にかねない。
「ルッツ。俺が死んだらお前が指揮をとれ。いいな」
「団長!」
私は馬から下りる。
壱の秘剣《追風》。
身体超強化。
弐の秘剣《剣舞》。
武器超強化。
参の秘剣《翅休》。
身体自動超回復。
遠距離攻撃は無意味。
ならば、強化した武器での近接攻撃。
馬よりも速く。
弓矢よりもなお速く。
私は【足】に斬りつける。
手応えはあった。
……斬れる。
私なら斬れはするようだ。
だが、振り返ると、その傷は瞬きする間に治ってしまっていた。
「……」
だが、注意はひけたようだ。
圧倒的なプレッシャーが突然私を襲う。
「……今までは相手にも、されていなかったか」
しかし、これなら。
周囲を認知でき、意思はあるということだ。
罠にかけることもできるだろう。
私は再度足を斬りつける。
そうして、とにかく、魔術師たちが罠をしかけた方角へと走る。
……追いかけてきたな。
走る。
走る。
走る。
走る。
身体強化をかけた私は短時間なら馬より数段速い。
……が、【足】も恐ろしく速い。
当然だ。
一歩が私の数百歩に相当する。
気を抜くとすぐに潰されてしまうだろう。
街道を駆け抜け、道を曲がり、幻の街をつくった平原へと出る。
騎士団の魔術師は王国の最精鋭。
みな優秀だ。
すでに準備はできているようだった。
平原には、幻の街と、その前にはどうやら大穴が。
私には隠蔽魔法はきかない。
穴をよけて大きく回り込む。
とてつもなく深い穴。
数百人は縦に入りそうだ。
これならいけるか……?
私は幻の平原を駆け抜ける。
◆
私の後を追ってきた【足】が平原へと侵入する。
改めて、とてつもない地響きだ。
私と魔術師たちは、穴の向こう側で【足】の穴に落ちるのを待つ。
……………。
……………。
……………。
……………。
……………。
……………。
……………。
ズウウウウウウウウウウウウン。
大音をたてて落下していく【足】。
やったか……。
「重力魔法で抑え込め! 同時に封印!」
「はいはい……」
魔術師たちは全力で魔法を行使する。
どうだ……。
「ぐ……。何これ」
「封印、間に合いません!」
「これ、多分魔法無力化されてる」
「物理攻撃しか無効なのでは?」
「……ダメ、出てくる」
「く……」
「皆さん、下がっていてください。大地魔法で埋めます」
大地がうねり、大穴を一瞬で押しつぶす。
この大地魔法の使い手はアリスという年若き少女。
魔導学院を首席で卒業。
皆伝級魔術師。
我が国でも最高峰の魔術師の1人だ。
「ゴーレムも出しておきます」
地面から大量の土人形が現れる。
一体一体が王国騎士並の強さのゴーレムが数百体。
あらゆる魔法は使いこなせば一騎当千。
大魔術師は戦争において強大な力を発揮する。
その中でも、大規模戦闘で最強を誇るのがこの大地魔法。
古の大魔術師は1人で数万の軍勢を相手にできたと言われている。
その理由は、この圧倒的な物量。
炎熱魔法も紫水魔法もこれだけのことは難しい。
いわく、実体のある土を利用できる分、ゼロから炎や氷を生む魔法よりも”コスパ”がいいそうだ。
ゴーレムは押しつぶされた穴の上に集まり、穴を更に押しつぶしていく。
これは……いけるか。
「持ちこたえてくれ、アリス」
「ええ。問題、ありませ……」
「どうした?」
「……困りました」
「何?」
「ダメかもしれません」
ズオオオオオオオオオ。
その瞬間、穴を埋めていた土は全て吹き飛ばされた。
穴から出て来たのは、大量の手。
手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。手。
穴の近くのゴーレムも次々と手に絡み取られ、呑み込まれてゆく。
「……っ!!! お前達、退避だ!!!」
穴の中から、【足】が徐々にその姿を現す。
手を器用に使い自身を引き上げているようだ。
暴力的で,邪悪で,この世の全てに恨みがあるかのような魔力.
それが一度に発散され,我々に叩きつけられる.
「……おい」
「何だ,それ」
絶望する部下たちの声.
【足】は何事もなかったかのように浮かび上がり。
平原の穴の横に着地した。
【足】から伸びる手は次々と魔術師たちを呑み込もうと伸びる。
結界魔法すら、いともたやすく突き抜けて。
……これが、【大厄災】。
人の域を超えしもの。
魔物の域も超えしもの。
何という巨大な暴力。
何という理不尽。
人間は、これに踏み潰されるだけなのか……。
「アリスくん、君だけでも確実に逃がす」
「え……?」
「君の力は、この国の守りに欠かせない」
私は呆然としているアリスを馬に乗せる。
この国のためにも――彼女だけでも逃さなくては。
終の秘剣《神秘剣》。
命を代償に、身体能力を劇的に上げる。
「団長! それは……」
「ヤツは私がとめる。君は逃げなさい。街道へ出たら、この平原を高い土の壁でおおってくれ。逃げた兵が出られるよう、人が通れるくらいの穴はあけておいてほしい」
「嫌です.私も団長と……」
私はアリスに手刀を放ち気絶させた.
最も信頼できる私の補佐に彼女を任せる。
彼はためらいつつもうなづいた。
私は補佐と彼女の乗った馬を無理やり走らせた。
【足】から伸びる手がアリスを狙う。
私はそれを切り払う。
「私が相手だ」
【足】の意識がわずかにこちらへ向かう.
【足】の武器は基本的には踏みつけと大量の手による侵食。
そして,尋常でない再生能力。
アリスたちの乗る馬が走り去るのを見て私は【足】に向き合う.
さて,どう戦うか。
そう考えていると,後ろから声がした。
「団長だけにかっこいい格好はさせませんよ」
「私も……お手伝い,します」
「あなたもこの国には必要です.もう少し自覚を持ってください」
「だとよ.まあ,俺たちは死んでもいいがな」
「死ぬときはあなたと一緒に死なせてください」
騎士団の幹部たちだ.
「お前たち……逃げろと言ったはずだ」
「部下たちはちゃんと逃してますよ」
上司たるもの部下くらいは守れないとね,と弓兵長が言う.
「……まあもう時間がない.とにかく時間をかせぐ.少なくともアリスは確実に逃がす」
「「「了解!!!」」」」
幹部たちが散らばる.
長年の付き合いだ.
言わずとも作戦は伝わっているようだ.
私が前.
幹部たちが後ろで補助.
さて,やるだけ――やるとしよう.
◆
私たちは戦った。
今の私の速度なら、奴の攻撃もかすりもしない。
しかしどれだけ傷をつけようが、瞬時に再生する化物だ。
私たちの体力だけが一方的に削られていく。
幹部たちは1人倒れ,また1人倒れ…….
残るのはもう私だけだ.
己の無力が悔しい。
ここまでか……。
命の炎が燃え尽きつつあるのを感じる。
心残りは……。
いや、考えても仕方ない。
――その時。
薄れゆく意識の中で、少女の声が聞こえた。
「……すごいな、人間がここまで戦えるなんて」
「あんた、大丈夫か!? 体がボロボロだ」
若い男の声もきこえた。
「安心して。すぐに終わるから」
その声を聞いた直後、私は意識を失った。