大厄災―1
俺とノインが手を握った瞬間。
再びノインのフードの下から光が漏れ出た。
「これは……また……」
「俺とお前が手を握るとこうなるようだな」
制限された力の解放、か。
「何で……」
「俺を連れてきた神のサービスだといいがな……」
だがそれにしては、この少女はあまりに事情を知らない。
まあ、俺をさくっと異世界に放り出すようなポンコツ神だ。
ノインにも事情を説明せずに……という可能性はありうる。
「結局、あなたもわからないのね」
ノインはため息をつく。
「ああ。ポンコツ神から何も聞いてない」
「……ポンコツ神って。――まあ、いいわ」
とりあえずあなたを信じる、とノインは言った。
「今までこういうことは一回もなかったのか」
俺はノインに聞く。
「ええ。一回も」
ノインは断定する。
――仮説としては。
一つ目、ポンコツ神の手助け。
二つ目、『別世界から来た人間』自体がカギ。
三つ目、ノインの心境の変化(人に助けられて愛に目覚めた、とか)。
四つ目、全く俺とは関係ない偶然。
あたりだろうか。
これについても情報が足りなすぎる。
……何にせよ俺はこの世界であまりに力不足。
魔法だの魔物だの、神だのがいる世界だ。
銃弾数十発余裕で耐えられる。
ビルを数分で潰せるとか。
それくらいの力を俺にもあたえられて然るべきだ。
使えるものはありがたく使わせてもらおうとは思うが……。
「……それで結局、どんな力なんだ?」
病気を治せることから、治療系統の力だろうか。
それはそれでかなり役に立ちそうだが……。
「破壊」
想定とは真逆の答えが返ってきた。
……破壊?
俺がけげんな顔をしているのを見て、ノインは言い直す。
「わたしは破壊の神」
破壊の神?
「私が認識できるものならばありとあらゆるものを破壊できる」
ありとあらゆるものを?
「例えばアレ」
そう言ってノインは路の端に捨てられていた生ゴミを指差した。
ハエがたかっていて汚い。
……と思っていると、生ゴミが消滅した。
この世から、跡形もなく、という感じだ。
……恐ろしい。
「もちろん、それは完全に解放された際の話。今でも全力の数パーセントも出せているかどうか。普段は完全に封印されていて力は何も使えないから、全然マシだけれどね」
「それで……どうやって病気を治したんだ?」
「ああ、それは……」
「……殺して楽にしてやったとか?」
足を踏まれた。
「そんなわけないでしょ! 『病気を引き起こしているもの』を破壊したの」
「そんな雑な指定でいいのか……」
「私が存在を認識できていればいいの」
何だそれ。
弩級の反則じゃないか。
……それとも、それくらい普通なのか?
うう、強すぎてかえって不安になる。
最後に裏切るパターンじゃないのか?
「ケガもそれで治せるのか?」
「……それも今は難しいかも」
ああ、そういう限界はちゃんとあるんだな。
ノインは何やら考え込んでつぶやいている。
「ケガが起こった事実そのものを破壊できれば……。いえ、それも今は……」
……聞かなかったことにしよう。
話は戻るけど、とノインは言う。
「……何度もきくけど、あなたこそ何者?」
「俺?」
「何もかも知ってるような振る舞い」
「何でもは知らないさ」
知っていることだけだ。
例の委員長じゃないがな。
ノインは一呼吸おいて言う。
「それに――私が神と知っても大して驚いたふうでもないし」
もちろん平常時なら驚いてた。
だが今は非常時すぎる。
さすがの俺でも訳のわからない事が起こりすぎているのだ。
今更何でも来やがれという気分だ。
――その時。
ズシイイン。
遠くから聞こえてくる低い音。
ズシイイン。
ズシイイン。
ズシイイン。
ズシイイン。
何かが爆発したような音が何度も響く。
大地がかすかに震えている。
かなり遠くで煙があがっているようだ。
この距離だと、街の外か?
何でも来やがれと言ったが、別にどんどんやって来いとまでは言ってないからな……。
「これは……」
ノインの声が真剣なものに変わる。
「知ってるのか?」
「【大厄災】のカケラ」
また知らない単語か。
「くわしく」
「神殺しを止めないと、どうなると思う?」
ノインが俺に問いかける。
「具体的には知らない」
「この世界の神はね、複数の神々で色々な役割を担っているの。土地を護るとか、世界の力場を安定させるとか」
「ふむ」
それは聞き込みで概ねわかっている。
「中でも大事な役割の一つが、【厄災】の封印」
「【厄災】?」
明らかに良くない響きの単語だ。
「【厄災】の中でも最悪と言われているのが【大厄災】。【地を這う巨人】【星を呑む蛇】【魔王】【降伏する幸福】。このあたりが完全に復活すると世界は滅びると言われているわ」
「ノインじゃ倒せないのか?」
「全力ならあるいは。今の状態だと正直厳しそう」
なるほど。
今までの話で一箇所引っかかるところがあったんだが……。
全て意味不明と言えば意味不明な情報だ。
まだ確信が持てない。
「……ふむ。まあとにかく、【大厄災】のカケラってのはそいつらの一部か。土地の神が殺されるなり力が弱められるなりして封印が部分的にとかれてしまった、と」
まあ、神話や伝説でもありそうな話だ。
「本当に理解がはやいわね……。あなた別の世界の人なのよね?」
ノインはやや引いた目で俺を見る。
いや、どう考えても俺よりお前の方がおかしい。
破壊神って何だよ。
「とにかく、街に来ると危ない。わたしたちで止めましょう」
そう言うとノインは走り出した。
俺もとりあえずそれに付いていく。
「今の時点で勝算はあるのか?」
「わたしとあなたがいれば問題ないわ」
ノインは冷静な声で話す。
俺たちは走りながら話を続ける。
「わたしは、このあたりにカケラが出没してるって聞いてこの街に来たの。カケラがいるなら神を殺そうとしているヤツもいるはず」
「……だからこの街にいたのか」
時間は夜。街行く人もほとんどいない。
時折不安そうに音のする方角を眺める人はいるが――。
まだほとんど異変に気づいた人はいないようだ。
「来る途中うっかりカケラに遭遇してね。まあ、その時は返り討ちにされちゃって。コリーはそれで弱ってたわたしを助けてくれたの」
「そういうことか」
「私をボロボロにした罪。万倍にして、返してあげる」
横でノインは不敵に笑った。