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プロローグ―4

「ずいぶん長い珍しい名前。サンゼンセカイ……?」

「レイでいい」

「わかった。わたしはノイン。それでレイに……た、頼みたいことが」

「ああ、もちろん」

ノインはおずおずと顔を上げる。


「……あなたのことも100%信用できてない。けど、少し――信じてみたくなった。それに、どうせもうわたしに選択肢なんてないから」

ノインは真っ直ぐ俺の目を見た。


「コリーのお母さんを助けて。いえ、ちがう。コリーのお母さんを助けるのはわたし。だから……私を手伝って!」

あくまでも自分の問題……か。

まあ,人任せにしないってスタンスは――嫌いじゃないね。





「でだ。金があれば何とかなるか?」

「……わからない。あまり病気は詳しくない」

「魔法で病気を治すとかってのは?」

「あるはずだけど……それもよくわからない。すごくお金がかかるってのはさっき聞いた」

なるほど。


魔法があるとはいっても、子供がほいほい使えるほど広まっているわけでもないと。

ならやることは元の世界と大して変わらないな。

医者に行こう。


俺は路地を出ようと歩き出す。


……と、その前に。

俺は体の向きを変えた。


「え、何?」

「とりあえず。金をやるからさっきの店で払ってきな。よく謝ってな」

「……どうしてそこまで」


「いや、この金は貸しだ。後で何かしら返してもらう」

人助けは人助けとして、俺は慈善家じゃない。

罪を許すわけでもない。


「……レイはいい人間ね」

いい人間?


「どういうことだ?」

「そういうところ」

ノインは小さく笑った。




『雷の鳥亭』。


さっきの食事処の前に着いた俺は、ノインに銀貨1枚を渡す。

べらぼうな量注文してたからな……。

謝罪も兼ねてこれくらいだろう。


「あとで返してもらうからな」

ノインは俺を見て、強くうなづいた。

俺は外で待つとしよう。


ノインが出てきた。

「許してもらえたか?」

ノインは安心した表情でうなづいた。

と、その時店の扉が開いた。


「ああ、君だったか」

食事処の亭主の声だ。

「これは……君のお金なんだろう?」


「いえ、いいんです。少し俺もこの子に聞きたいことがあるので……旅の話とか」

……我ながら苦しい嘘だ。


「……そうなのかい? ……なら、いいんだ。しかし、それでも銀貨1枚は多すぎるな」

そう言って亭主は店の中へと入った。

待ったほうがいいのか。


店から再び出てきた亭主は、大量の食料を抱えていた。

日持ちがしそうな乾物らしきものが多い。


「これを持っていきなさい。サンダーバードの干し肉だ。たくさんあるから遠慮する必要はない」

「……いいんですか?」

ありがとうございます、と言いながらノインは下を向く。

地面にぽつりと落ちる涙。


「どうした……?」

「久しく人に優しくされてなかったのに。――ここ数日、そんな事が多すぎて」

「……君を見ていると、去年流行り病で亡くした子供を思い出す」

そうか、だからこの人は……。


「君のような子供がそんな格好で、お腹を空かせるなんてね。ひどく心配になる」

このおっちゃんは、もともとこいつに、ノインに食わせるつもりで。


食い逃げへの対応がちょっと遅いな、という気はしたのだ。

異世界だからそんなものかと思った。

が、子供にあれだけの量の飯を黙って出すのも不自然だ。



あと気になることを言っていたな。


「ありがとうございます。それで、関係ないんですが、流行り病とは?」

「ああ、君も旅人だったな。このあたりで、2~3年前から流行り出した疫病だよ。感染したら1~2週間かけて徐々に症状が悪化する。かかったらまず助からない。まだ治療法も見つかっていない。人から人へはほとんど移らないから、感染する人数は多くない。そこまで怖がる人は多くないのさ」


「特徴的な症状は?」

「高い熱と節々の痛み。……それと、首筋に締めたような不思議なアザが浮かび上がる」


……これは。

俺はノインの方を見た。

泣き止んでは……いるか?


「聞いてたか?」


ノインはうなずく。

「コリーのお母さん、首筋にアザ、ある」

そう言ってノインは再びうつむく。


「ダメなんだ、もうダメ。きっと何してもうまくいかない……」

小さな呟き声が口から漏れ聞こえる。


クソ。

金で何とかできないパターンは最悪だ。

……詰んだか?

頭を使え。まだ諦めるには早すぎる。


……が、俺の脳は冷静に事実を俺につきつける。


無理だ、と。

医者でもない、魔法使いでもない。

そもそもお前はこの世界の人間でもない。

お前にできることはもうない。

お前はよくやった、と。


「いや、俺はもう諦めない。ベストを尽くせ」

俺は、あの時、あの2人が死んだ時。

そう決めたはずだ。

……初心を思い出せ。


頭をかき考え込む俺の手を、小さな手が握った。

「……レイ。ありがとう。レイが優しいのはわかった。わかったけど、もうダメ」

「おい」

勝手に諦めてんじゃない。

俺はノインの手を握り返す。


――その時。

ノインのフードの中から強い光が放たれた。


「……え?」

「……何だ、この光は」

一番驚いているのは当のノインのようだった。


「何で……刑期が終わった? いや、違う」

ノインは小声で呟いている。


「ど、どうした?」

亭主は心配そうに声をかけてくれる。

本当にいい人だな。

街に1人はいてほしいくらいだ。


ノインは手を繰り返しにぎっては開いている。


「……力が、使える?」

そう呟いたあと、ノインは唐突に叫ぶ。

「おじさん、ありがとう! きっと忘れない。 レイ! 急いで戻るよ」


「どこに?」

「コリーのところ!」

ノインはいきなり走り出した。



あわててノインを目で追ったが、一瞬で姿を見失った。

……速すぎる。

……人間の速度じゃないぞ。


食い逃げの時は全力じゃなかったのか?

……そこで手を抜くのは意味がない。


……とにかく追いかけるか。


「おじさん、助かった。また食いに来るよ!」

俺もノインを追って走り始めた。





俺がコリーの家に着いた時には、すでにことは済んでいたようだった。


「……大丈夫、もう終わった」

ノインはコリーの家の外で俺に言った。

病気は治せたってことか?


「ノイン、お前……何者だ?」

「…………こっちが聞きたいんだけれど」


……いきなり病気を治せるようになる。

さきほどの光。

そして刑期、ね。


「ノイン、お前は何らかの罪を犯した」

「なぜそれを!?」

「さっき自分で刑期がどうたらって」

ノインは思わず口を塞ぐ。

いや遅い。


「封印された魔法か何かの力が、何かの拍子に解放されて、病気を治せるようになった……」


ただ、これだと少し不自然な点が残る。

ノインは病気を治す魔法のことを知らないと言った。


ということは、解放されたのは病気を治す魔法ではない……はずなんだが。

何でもできる魔法、みたいなのがあるのだろうか。


「……何かの拍子に解放されちゃまずい!」

「……へえ」

ノインは手を強く握りしめ下を向く.


「解放されるわけがない!」

「……その、刑期がどうたらってのは?」

「まだ、まだのはず。だってこれは……」

本当に混乱しているようだ。声が震えている。


「神の罰。 そしてお前自身も人間じゃない……とか? それこそ、神様だったりしてな」

なんてな。

俺は適当にカマをかける。

……1日に何人も神に会ってたまるか。


ところが、ノインは呆然とした表情で俺を見ている。

「あなた、何を知ってるの!?」

……正解??

また俺当てちゃいました?


こうも推理が冴えていると自分の頭脳が恐ろしくなる。


『いい人間』……というほんの少しだけ妙な言い回し。

とりたてるほどのことでもない。

が……普通はいい人、じゃないか?


人間という種を指した発言。

それは、人間以外の種族を念頭においた発言に聞こえた。


それ以上に、10代前半に見える年齢に似合わない言動。

もちろんこの世界は年齢に対して知的成熟が早いという可能性もある。

あるいはエルフとか、そういった人外の種族という可能性も考えていたが……。


この反応、本当に神か何かか?


「あなた、本当に何者?」

「……俺は名探偵」

「それは聞いた」


……これは言ってもいいものか。

いや、こいつが本当に神というなら……むしろ好都合か?


「俺は異世界から来た」

「……異世界? ホントに? いえ、そんなことは……さすがにご都合主義ね、そこまではありえない」

ぶつぶつ言ってるが……伝わったのだろうか。


「目的は?」

「神殺しとやらを止め犯人を捕まえることだ」

自分で言っていて自分が何を言っているかまだよくわかっていない。


「あなたも!? 誰に頼まれたの? 自分の意思?」

あなたも、ということはこいつも……。


「……わからない。そいつも神みたいなもんだと思うが。ろくに会話する時間もなかった」

「そう……」

ノインは考え込んでいる。


「もしかして、お前が相棒か?」

「相棒?」

「俺を送りつけた神は、相棒がいるから安心してくれ、って言っててな」

「……いえ、覚えはないけれど。わたしはこの世界でもう数100年はさまよっているもの」


数100年?


「だから送るって表現は不自然よね」

「ノイン、お前何歳だ?」

「女性に年齢をきくものじゃありません」

気にするなら敬語を使いなさい、と彼女は言う。


「……」

「レイ、あなた失礼なこと考えてない?」

「いや、これがロリババアか……と」

「それは何?」

「見た目が子供の老婆だ」

はたかれた。


しかし――リアル『見た目は子供、頭脳は大人』だ。

まさかこんなところで探偵の先輩を思い出すとはな。


「……話を戻そう」

「ずらしたのはあなたでしょう」

「ともかく、わからないことは多いが、どうやら目的は同じようだ」

「……あなたが本当のことを言ってればね」

ノインの目は未だに俺をにらんでいる。


「俺がウソをついてるとでも?」

「……あなた、怪しい自覚はないの? その後ろで一本に編んだ奇妙な髪型に、頭の黒眼鏡」

心外だな。

三つ編みとサングラスはトレードマークなんだがな。


哀しげな目で俺はノインを見つめる。

「いえ、わたしも信じたいのは山々だけれど。色々起こりすぎていてわたしにも何が何だか……」

「まあ問題ない。目的は同じなんだ。それだけわかっていればいい。手を組める」


「手を……組む」

「ああ」

「あなたと、わたしが?」

ノインは言葉をつまらせる。


「そう。何か問題でも?」

「い、いえ」

ノインはまだためらているようだ。


「なら好都合じゃないか」

俺は手を差し出す。

俺はもう片方の手で無理やりノインの手を引き出す。


「……お、お願い、するわ」

ノインはおずおすと俺の手を握り帰した。

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