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プロローグ-2

――改めて思うが。


俺が神から受けた依頼。

異世界での神殺しの阻止。


だが現状、犯人候補も、動機も、手段もわからない。

どころか殺害対象である神の情報もなし。

これだけ意味不明な依頼をしておいて1ミリも事前情報がない。


過去最悪の客といえる。

すべて終わらせた暁には――。

あの神の一番嫌がることを……。



そう決意した俺は、ひとまず街で聞き込みを始めた。


そもそもこの世界で生きていけるか。

この世界の常識。神とは何か。

知りたいことは山程ある。


俺は街中を練り歩いた。それもスミからスミまで徹底的に。


旅人のふりをして街ゆく人に話しかけ。

枝分かれする路地裏に潜り込みながら。

買う気もないのによくわからない店に入り。

冷やかしは止めろと言われながらも――。


最低限必要な情報は集まった。

情報集めは探偵の基本。

とはいえここまで足を使ったのは久々だ。


最近はあいつらのおかげで大分楽ができていた。

……残してきた事務所のあいつらは大丈夫だろうか。


頭の悪い弟子が1人とたまたま拾ったハッカーの少女が1人。

まあ、あいつらなら……。

俺がいなくとも……。


……やっていけないだろうな。


――早く。

可能な限り早く帰ろう。

あいつらが何か問題を起こす前に。


高すぎる能力と引き換えに心のブレーキが壊れている。

……国を敵に回しかねないようなやつらなのだ。





……いい加減聞き込みも疲れてきた。

ひとまず晩飯を食べよう。

何か食べながら考えをまとめるか。


『雷の鳥亭』。


目についた店に入ると、席は20ほど。

それが半分埋まっている。

ひとまずカウンターに座る。

オススメのサンダーバード焼きとやらを注文。


味には期待しないが、腹を壊さないかが心配だ。

大抵の環境で生き残れる自信はある。

が、異世界はさすがに想定外だ。


周囲を見渡す。

街の人、夫婦らしき男女がテーブル席にみられる。

あたりさわりない会話の他に魔物がどうの王属騎士団がどうの。

何やらぶっそうな話が聞こえてくる。


そういえば街掲示板にも衛兵募集の紙がはってあった。

想像通りそれなりに危険な世界ではあるようだ。


……ふむ。

一人で来ているのは俺くらい。

この店は地元の人向けのようだ。


――いや、もう一人。

俺の座るカウンターの反対側。

薄汚れたマントを羽織った小柄の人物が座っている。

マントのフードを深く被ったまま食べ物をかきこんでいる。


その人物の前には積み上がった皿、皿、皿。

……何皿食ってるんだ?


余程腹がすいていたのだろうか。

まあいい。


わかったことをまとめよう。


とりあえず言語は通じる。

読み書きもなぜかできる。

おかげでこの店のメニューも読めるし、注文もできる。


とはいえ、人をこんなところに送る以上当然のサポートといえる。

宿や食事も特別俺の常識の範囲で使えそうだ。

生きる分には問題ないだろう。


あとはお金について。

銀貨1枚あれば節約して一週間は暮らせる。

銅貨10枚で銀貨1枚。

銀貨50枚で金貨1枚。

銅貨1枚で安宿なら泊まれるし、一日簡単に三食はとれる。

もらったお金は丁寧に使って半年分くらいか。


……しかしそれも多いんだか少ないんだか。

金貨100枚くらいパーッとくれてもいいと思う。



あれこれ考えていると、食事が来た。


サンダーバード焼き。

まあ……サンダーバードという生物がいるのだろう。


鶏でも豚でも牛でもない肉。

切り身になっていて原形はわからないが……。

興味をひかれないでもない。


筋肉質で脂身は少ないが、山椒のようにしびれる風味。

丁寧な血抜きのおかげで肉の臭みもまったく気にならない。

他にもこの世界のものを食べてみたくなる。


……飯がうまいのは、よかった。



あとは、神殺し。

現時点での最優先確認事項。


道行く人に加え、数十件の家を訪ねて質問した。

しかし、神だの精霊だのについてまともな答えは得られなかった。


神や精霊がこの世界の安定を保っているとか、その程度は皆知っていた。

ただそれ以上聞こうと思っても、みな済まなそうに首をふるだけ。

答えは何一つ返ってこなかった。


今日見たところこの街は人口2、3万程度の商工業の街だ。

文明レベルを考えると、巨大な部類だろう。


とすれば学校くらいはあるだろう。

神がいるなら教会も必ずあるはずだ。

明日はその辺りから聞き込みを始めようか。



あとは……。

と考えをめぐらせていたところで、怒鳴り声がきこえた。


「食い逃げだ!」


店の亭主の声だ。

瞬間、店の扉が閉まる音が店内に響く。

食い逃げ犯が勢いよく扉を閉めたためだろう。


周囲を見回すと、俺の対面のカウンターに座っていた奴の姿がない。

カウンターの上には十数枚の空の皿。


小柄のマントの人物。


あいつか。

あんだけ食って逃げるか……。

いい度胸だ。


店内はどよめいているものの、追いかける姿はない。


……事件のあるところ探偵あり。

また探偵あるところ、事件もあるという。


追うか。

捕まえたら亭主に恩が売れるな、という打算もある。

……打算もあるが。


何よりも、この俺の前で。

目の前で事件を起こして逃げ切られるなど屈辱だ。


それがたとえ食い逃げだとしても。

俺の目の黒い間は何人たりとも逃しはしない。


「おじさん、俺が追う! とりあえず銅貨1枚おいてくから釣りは後で!」

俺は立ち上がってコインをカウンターに置く。


「おい!」

背中で店の亭主の声を聞きながら、俺は店を飛び出した。



店の外に出ると、人通りは比べて大きく減っていた。


右手側に通りを走り去る小さな影が見える。

影は右に曲がる。

大通りから細い路地に入ったようだ。


まあ、当然だ。


大通りは視界がひらけすぎている。

ただ……正しいは正しい行動なんだが。


……何か違和感がある。


とにかく。

俺は影を追って路地へと入る。

路地は複雑に入り組んでいる。


マントの人物はチラチラこちらを振り返りつつ逃げる。

追いかける俺。


見失ったら終わりだ。

がしかし、問題ない。


この区画は聞き込みの際に一通り歩いた。

頭の中に既に地図はある。


やっかいなのは、この路地は更に細かく枝分かれすることだ。

分岐が多く、なおかつ見通しも悪い。

逃げ込まれると一番面倒だ。


だが……おかしいな。


食い逃げ犯はおそらくこの街の人間ではない。

旅装のようなマントもそうだが、何より俺と同じ匂いがする。

だとしたら、一番逃げやすいこの路地を選んだのは偶然か……?


と、そこで影がいきなり加速した。

曲がり角をその勢いで駆け抜ける影。


「クソ、そこは……」


影が俺の視界から一瞬消える。

俺は今までよりもなお強く地面を蹴った。

曲がり角を曲がる。


クソ。

――いない。


俺の前には、曲がりくねった4本の小路。

ここはいくつかの路の中でも一番見通しが悪い。

しかも路の分岐も複雑。


影の姿は見失った。

小路のどれかには進んだのだろうが……。

見失いたくないところで見失ってしまった。


まあ、問題ない。


かすかな匂い。

あるかないかの足跡。

そして遠くから響くたくさんの足音。


手がかりは十分。


さて、行くか。

まだ振り切られたわけじゃあない。


相手が誰であろうと――たとえ神や悪魔だとしても……逃しはしないさ。

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