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聖峰―3

「きれいな切り口だな……」

馬の体は細かく切り刻まれ。

かつその切り口は非常に鮮やかだった。

今までに見てきたどんな傷よりも、なめらかだ。


刃物でこんなに美しく切れるものか?

それとも魔法だろうか。

あるいは妙な魔物でもいるのか。


ふとアリスの方を見やると。

「アリスさん、……大丈夫ですか?」

アリスの顔は蒼白になっていた。

呼吸も乱れている。


……血くらい魔物退治とかで見なれてるような気もするが。

騎士団所属ならよくありそうだけどな。


ただ実際、陰惨な光景ではある。

俺が死体を見慣れすぎているのかもしれない。


「え、ええ」

アリスは自分の体を抱きかかえた。


「魔物の仕業でしょうか……」

「いえ、このあたりにこの子を殺せるような魔物はいないはずです」

「ということは人間か……」

目的は、俺か?

神殺しを邪魔する俺の排除が目的。


……。

しかし、俺の目的を知っているのは騎士団とアリス、ノインだけだ。

俺たちの居場所を知っているのも彼らだけ。


……どういうことだ。

情報が漏れている?



「これでは帰れませんね……」

「歩いて帰れないことはありませんが、1日はかかるかと」


得体のしれない場所で夜を過ごしたくはないな。

だが、山に登ったところでアリスの体調が悪化するだけ。

俺たちを狙っている人間がいるならば、山に登る方が危ないようにも思える。



「……すみません、私のせいで。聖地の情報が手に入らなかっただけでなく、こんなことに……」

アリスはひどく申し訳なさそうだ。


「知りたかった情報はおおむね手に入ってます」

「……え!? だってあそこにいたのはほんの少し……」

アリスが大きな目を見開く。


「名探偵ですから。だからそこはお気になさらず。今はこの状況の方が問題です」

「メイタンテイ?」

本当に何者なんでしょう……という呟きが聞こえた。


「ここに来るときに小屋を見かけました。人が住んでいるかわかりませんが、ひとまずそこで一晩明かせないか調べましょう」

「……わかりました」

アリスの顔色は青白いままだ。

何かを考え込んでいるようにも見える。





小屋は無人だった。

狩りの際に使われる小屋らしく、ナイフや解体用とみられる台がおいてある。


机の上には、数十個の鉄の玉。

ペットボトルのフタくらいの大きさ。

……狩りに使うのだろうか。

きれいに磨かれているものと、血や泥がついているものが混じっている。


どうやって使うのだろう。



「とりあえず、ここで休ませてもらいましょう」

俺は椅子に腰かけた。

アリスにも椅子をすすめる。


「まだ魔法は使えませんか?」

「……はい。気分がすぐれなくて。もう少し休んだらよくなると思います。今魔法を使うと暴発してしまいそうで……」

つまり俺たちはもうしばらく無防備、というわけだ。

……暴発か。


俺は念のためナイフを手に取る。

何なら腕時計型麻酔銃もほしいところだ。


「魔法が使えれば、私の大地魔法で移動用のゴーレムを作ります。乗り心地は悪いですが、馬と同じくらいの速さです」

ゴーレム……。

やはりそういうものもあるのか。


「そのゴーレムって全てアリスさんが操るんですか? それとも大まかに命令を出して、あとはゴーレムに任せるのでしょうか」


「ええと……、普段は後者ですね。全て細かく指示を出すのはとても大変なので」

「ほう」

「魔法はよく知らないのにゴーレムは知っているんですね。それなりに珍しいものだと思いますが……」

「い、いや、そういう知り合いがいてね」


……俺が異世界から来た人間だと言ってもいいんだろうか。

言って困ることはないはず。

信じてもらえれば、この世界の常識がないことを受け入れてもらえるだろう。


ただ、信じてもらおうにも証拠もない。

変な事を言って怪しまれるよりは現状維持だな。



雑談雑談。





「そういえば、アリスさん。ご家族は?」

「……」

アリスの表情が沈む。

地雷だったか。


「何か事情がおありでしたら構いません」

「……いえ、いいんです。あれからもう時間もたっていますから。私の両親は、私が幼いときに事故で亡くなりました。それから私は祖父にひきとられ、祖父に育てられました」


「そうだったんですか……」

「しかしその祖父も……、一昨年、私が学院を卒業する前に殺されました」


「殺された!?」

「……はい。通り魔でした。祖父と通りを歩いているときにいきなり切りつけられて……。その際に私は騎士団長に助けられ、学院卒業後も騎士団に保護されながら、騎士団員として活動しています」


「犯人は?」

「まだ捕まっていません」


「盗まれたものは?」

「……なかったと思います。いえ、ただその後に祖父の家で泥棒騒ぎがあったのですが……」

「ですが……?」


「祖父が研究していた魔導書や魔術具は多すぎて、私も全てを把握していないのです」

「何かが消えていても、わからなかった、と」

「……恥ずかしながら」



……そういう事情か。

しかし、そうなるとな。


「アリスさん、おじいさんから預かったものなどありません?」

「祖父の形見ですか……?」

「ええ」

「……このイヤリングがそうです」

アリスは耳元のイヤリングを指差した。


「あともう一つ。先程の馬。非常にきれいな切り口でしたが、見覚えありませんか?」

「! どうしてわかるのですか??」

……それはそれで面倒だな。

切り刻まれた馬を見ていた時の彼女の思いつめたような表情。

心当たりはありそうだと思っていたが。


「……わたしは祖父から血が出るのを見てすぐ気絶してしまいましたので、ほとんど覚えていません。いませんが、祖父が襲われた時の傷に似ていた気も……します」

なるほどな。


「……単刀直入に言います。今狙われているのは、アリスさん。あなたです。おそらくおじいさんを殺した人間があなたを狙っています」

「……確かにあの馬の傷は、……祖父のものと似ていました。でもそれだけで? こんな辺ぴなところで?」


「……こんなところだからです」

「……そういうことですか。私は今魔法が、使えない」

「もちろん、それもあります。が、それはおそらくイレギュラー。一番は、騎士団があなたのまわりにいないことです」

話を聞く限り、王属騎士団とやらはとんでもないエリートの集まりだ。

たとえ【大厄災】には歯がたたないとはいえ、普通はそんな奴らを丸ごと相手にしようとは思わない。


「目的は?」

「あなたのおじいさんの遺産、あるいはその研究の集大成。おそらくは……そのイヤリングに秘密が」


「……でも、そんな偶然」

「そんな偶然、ありえない。馬を殺したのはたまたまそこに来た強い魔物で、あなたのおじいさんを殺したのは錯乱してたまたま通りかかった通り魔。あなたの家に泥棒が入ったのも単なる偶然。それならそれでいいんです。ただ」


「ただ?」

「最悪の場合を想定するのが、我々の習慣でね」

アリスの表情が引き締まる。


「あなたは……」

「こうして一箇所にとどまっていない方がよさそうです。視界の開けた場所で体調の回復を待つ方が……」



……その時だった。

異様な風の音がした。

くそ、気づくのが遅すぎた。


サアアアアアアアアアアアアアアッ。

小屋が激しい風の衝撃にゆれる。


「伏せて! 台の下へ!」

俺はそう叫ぶとドアを開け小屋の外へ出る。


「危険です!」

後ろでアリスの叫ぶ声が聞こえた.


――小屋の外には。

フードを被りこんだ中背の男が1人。

着ているコートは森にまぎれる迷彩色。


……相手は1人か。


「……お前が馬を殺したのか」

俺はコートの男に話しかける。

小屋は強い風で今にも崩れ落ちそうだ。


男は小屋に歩み寄る。


「それ以上近づくな! 風も止めろ! 彼女の魔法がお前をひねり潰すぞ」

俺は男に向かって叫ぶ。


男が話し出す。

「……あの女、今は魔法が使えないのだろう? 使えるならすぐにでもゴーレムに乗って街へ戻っているはずだ。これ以上ない好機といえる。お前に感謝するよ」

男の声は心なしかうれしそうだ。


「魔法は使える。たまたまここで休んでいただけだ」

「つまらないウソはやめろ。好機を作ってくれた礼だ。お前だけは逃してやる。そこをどくといい」

男はニヤリと笑った。


「ありがたい申し出だが……もちろん。断る」

俺は左手にナイフを構える。


「残念だ」

男は杖をかかげる。


その瞬間。

俺は右手に隠した鉄の玉で男が杖を持つ手ををうちぬいた。


指弾。

親指で指先大の物体を弾き飛ばす技術。


探偵である以上、この手の護身術の心得はある。

銭形平次の投げ銭みたいなものだ。

指弾は戸愚呂弟も使っていることで有名だな。



「ぐ……」

男は杖を落とす。

すかさずもう二発、両足に鉄球を打ち込む。


「貴様……」

男は両足をおさえうずくまる.


――ふむ。

アリスから聞いていた通りか。

魔法の発動前に意識を散らせば魔法は使えない。



騎士団員でもなさそうな俺と魔法の使えないアリスってことで油断していたのだろうが――。

……思ったより弱いな。

……意外と何とかなるか?


と、男の形相が変わる。

強いプレッシャーが俺を襲う。


……男の実力はまだ未知数だ。

魔法の知識の足りない俺が下手に判断するのは危険か。


念には念を。


俺は叫ぶ。

「アリス! 小屋を埋めてくれ!」


その瞬間、足元の大地が、爆発した。

津波のような土の濁流に周囲が飲み込まれていく。

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