1 プロローグ
初投稿。
「あなたの力を貸してほしいのです」
もうろうとする意識の中で、頭の中に声がひびく。
女の声だ。
「誰だ?」
「神のようなものです」
……神。この展開は……。
「異世界転移とか,召喚とかそういう」
「さすが! 理解がおはやい」
美しい声の割にノリが軽い。
「俺は死んだのか?」
「いいえ、わたしの力で強引にあなたをこの空間に連れてきました」
ひとまず死んではいないと。
事務所からチョコミントアイスを買いに出た記憶はある。
コンビニ前の横断歩道で信号が変わるのを待っていて。
……そこからの記憶がない。冒頭に戻る。
どうやら信号を待っている間に誘拐されたようだ。
しかも俺を連れてきた、という表現。
俺を知った上での行動のようだ。
俺を選ぶ理由……か。
「チョコミン……じゃなくて、俺はもう元の世界に戻れないのか」
そこ大事。
「依頼を無事達成していただければ返してさしあげます。」
「依頼とは?」
まあこの展開だ。
「世界を救っていただきたいのです」
そうきますよね。
あまりにも想像通り。
しかし元の世界に戻る見込みがあるのか。
――よかった。
俺は安堵する。
「特別な力で魔王か何かを倒せ、と?」
「違います」
ふむ。
「詳しく事情を話す時間はありません」
それは困る。
非常時の最大の武器は情報。
俺にとっての最大の武器でもある。
「あなたが向かう世界では世界を支える精霊、亜神、神が次々と殺されています。それを止めて頂きたいのです」
「神が殺されている……?」
「言うなれば連続殺神事件」
洒落か。
俺はツッコみたくなる気持ちをこらえる。
「そんな人外の戦い、俺の出る幕じゃないんじゃ」
「大丈夫、相棒もいますよ」
そういう問題じゃなくて。
この神話聞いてないな。
「……とにかくもっと情報がほしい」
「――あなたなら、もうわたしの意図がおわかりかと思いますが」
意図、か。
「これは殺神事件。そしてあなたは何者ですか?」
まったく。
「やることなど、決まっているではないですか」
勝手なことを言ってくれる。
「……依頼料は?」
「願いを一つ叶えましょう」
……割に合うんだか合わないんだか。
元の世界には戻れるんだよな?
「返事がないのは肯定とみなします。世界の命運を託しました」
「……ああ」
どうせ拒否権はないのだろう。
「朱羽レイ……いえ、三千世界に比類なき、空前にして絶後の探偵さん?」
「……名探偵だ」
そう言ったところで――意識は再び暗転。
◆
目が覚めた。
起き上がり、周囲を見渡す。
俺は大通りの脇に倒れていた。
……街中だな。
石造りの街並み。
どことなくヨーロッパに近い。
少し中東も混じっているようにも見える。
何もない平原とかじゃあなかったのは幸いか。
……とりあえず頬をつねる。
まあ、夢ではないな。
とりあえず文明はそれなりに発展しているようだ。
石器時代にとばされでもしたら冗談じゃない。
かといってSF的世界というわけでもなさそうだ。
大通りを行き交うのは馬車。
産業革命以前くらいの文明レベルだろうか。
電気は期待できないかな。
そう思っていると、目の前を宙に浮いた絨毯が通り過ぎる。
「……そりゃ魔法もありか」
精霊だの神だのがいるであれば、当然魔法もあるだろう。
道行く人の服装も人それぞれ。
複雑な文様の服を着ている人も通る。
どことなく中央アジアの民族衣装に似ている。
自分の服は、事務所を出たときのスーツではなくなっていた。
この街で、ごくごく一般的らしきシャツとゆったりとしたパンツを着ている。
肌触りは普通でそれなりに動きやすい。
麻か何かの植物素材のようだが。
頭を触ると、サングラスはそのままだ。
後頭部の三編みも同様。
懐を確認するといくらか小銭がある。
が、大した枚数でもない。
銀貨30枚。銅貨50枚。
もちろんスマホや財布はない。
「……これだけか?」
前金をしっかりもらっておくべきだった。
冷静さを欠いていた。
俺としたことが。
……しかし、確認することが山程ある。
一つ、言葉の問題。
二つ、金銭の価値、食料、宿。
三つ、神殺しについて。
四つ、相棒とは?
五つ、依頼の正確な達成条件。
六つ、依頼した神とのコンタクト方法。
七つ、武装の必要性。
とりあえずこのあたりだろうか。
そして何より、事件はこれから起こるのか、現在進行中なのか。
まあしかし。
……意味不明で面倒な仕事を押し付けた上に。
人の都合を無視してこんなところに送りやがって。
まあ、何にせよ。
連続殺神事件?
神の依頼?
人を喰ったような話だが。
この世に謎など存在しない。
この俺を引きずり出した以上、ハッピーエンドじゃつまらない。
――ベストエンドで終わらせてやろう。