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俺がこの街にやって来たのはただの偶然の組合せだった。
気まぐれに受けた討伐を終え、街でたまたま温泉と名物料理の噂を聞いたからだ。
今までこの辺境にあるベレッセの街に行きたいとか思った事もなく、通りすがりに立ち寄った事もない。
隣国のコーダー国は良い噂を聞かないが、広大な魔の山脈が広がり、お互いの交流を阻んでくれているので、国境に面した割には平和的な街だ。
交易の見込みない、ダンジョンがあるだけが魅力の街だ。
大きな街道に面してないのに、そこそこ大きく立派な街塀に囲まれるのはダンジョンで取れる固有獣のお陰だろう。
つまり用事がないと立ち寄らない街だ。
最近、発見され未開発の温泉があると聞き、野次馬的、思い付きの行動だった。
仕事なんかしたくなく、顔を知っている奴に見つからないよう誤認の魔法具をつけ、冒険者ギルドには行かず、隣の酒場で温泉の場所を聞くために近づいた時は頭の中は酒と温泉で満たされていた。
そんな時に奴の、アイツの声が耳に入ったのは偶然だろう。
ギルドの扉が開いた時に聞こえた。
「うるせい!S級だ!糞じじい」
S級?糞じじい?思わず自分ではない筈なのに足を止めてしまったのだ。
ギルドの扉を見る。扉を閉めた今聴力を強化しないと聞けないくらいの音が溢れる。
争いの音?普段の自分は慎重な部類で喧嘩なんか無視するのだが、さっきの子供か?女性の元気な声に興味をひかれた。
ギルドの扉を開けて入ると、ギルドの窓口にしがみつく、燃えるような赤毛で10歳くらいの子供の姿があった。
その近くに、子供に掴みかかろうとしている汚ない中年男がいる。
「ふざけんな!だれがてめえの為に自分の金を貢がなきゃならねぇんだ!」
「貢ぐとはなんだぁ!親に何きたねぇ言葉使ってやがる!」
「ケッ、親ね、よく言うよ!飲んだくれ、五歳くらいから俺は飯代は自分で稼いでら!」
「寝床は誰の家だぁ!凍え死なねぇでいられたのは誰のお陰だ!」
「そっちこそ、俺を殴るのが仕事かよ!そんなんで稼いでいるって楽な仕事だよなぁ!」
ギルドの中はタバコと酒の臭いで、もわっとしてた。
子には似つかわしくない場所だが、回りの空気はどうやら赤毛の子に同情的な空気だ。
叫ぶ男を抑えている男がいるのだから、変わった風景に見える。
子供は子供だ。大人に一発殴られたらおしまいだ。
子供は泣き寝入りする、まして本当の親子なら親の意見が絶対だ。
しかし、赤毛の子は負けてなく、男に言い放つ。
「てめえの飲み代なんかにゃさせないよ!これは俺の金だ!絶対S級呼んでやる!」
「何言いやがる!てめえみたいなガキがS級なんか相手してくれるわけないだろ!」
俺は近くにいる同年代の男に尋ねた。
「あの喧嘩は親子喧嘩か?」
「ああ、いつもの喧嘩さ、しかし、今日はどっちも折れないかもな」
「S級とか言ってるが?」
「あの赤毛のアルタは、ここら辺で雑用をして、そこそこ役に立っているだよ。それに比べアルタの稼いだ金であのおやじは飲んだくれて、アルタは腹に据えかねたんだろ」
後ろからじいさんが覗いて付け足す。
「いやいや、アルタがくじを当てて、金貨20枚を手に入れたんだよ」
「なんだ?そりゃ!金貨1枚で買う貴族の戯れくじだろ!あれ当てたのかよ!」
金貨20枚ならS級は頼めるか微妙な金額だ。せいぜいA級を頼める金額だ。
しかし、その平民にとって大金である金貨20枚を子供が親の反対を押し切ってギルドに頼むって、よっぽどだ。
しかし、回りにS級に頼む理由を知っている人はいない。
どうしたら良い?
ふと視線を感じて見て見ると、赤毛の子供がこちらをびっくりした目で見ている。
なんだ?今の俺は地味な何処にでもいる冒険者に見える筈。
知り合いに似ているのかとも思ったが、あの目は、驚愕、畏れ、喜び?
本当の俺をを初めて見た人間にみられる色が見える。
ヤバイな温泉は入れそうもない。首の後ろがビリビリしやがる。
俺の勘があのガキから逃げられそうもないと告げている。