2章:10AN EASILY-WON VICTORY
「うぁ〜・・・ 疲れたぁぁああぁあ!」
「うぅ〜ぁあぁぁぁ」
入口で揉みくちゃにされた島と英司が今にも死にそうな勢いでスタンドに倒れ込むように座る。
「こら! そこの二人!」
『寝るんじゃない!』と今にもフラットアウトしそうな男二人を隣に座る美玲がバシッと叩く。
「グァッ!」
「アガッ!」
そんな今にも魂が抜けそうな二人とは対象的に、間に女性7人を挟んで反対側の端に座っている男3人(ガレード、アレス、ヴォルド)は興奮した様子で頭を寄せてひそひそと話し合い、遠くにあるボードをチラチラと気にしながらこれから始まる娯楽を今か今かと待ち侘びる。
どうやらあのボードに書かれた数字、この3人の話によると京とアイリスに賭けられた賭博のオッズらしい。
両方のレートは少し前から完全に拮抗を保っており、オッズは双方1.8倍前後。
聞こえて来る話によると、先程まではぶっちぎりで京の方が払い戻し率が高く100倍を超えていたのだが、10分程前から完全に拮抗状態に陥ってしまい、高い払い戻し率の旨味が無くなった無名の新人に賭ける勝負師などおらず、それからは皆一様に有名でレベルの高いアイリスへと賭けていた。
「失礼します」
試合開始1分前ぐらいだろうか。
急に一昨日ギルドで見たユーリが現れ、空いていた最前列のアレスの隣へと座る。
「おっ、ユーリちゃん。なあなあ、これから戦う彼の様子はどうだった?」
それに気付いたアレスが早速情報を引き出しにかかる。
「はぁ・・・ 特に緊張した様子も無く、リラックスしてました」
良好の旨を伝えられ、うんうん頷くアレス。
だが、仮に状態が悪かったとしても、突っ込んでしまった以上今更キャンセルは効かない。
「あの、ギルド長・・・」
「ん〜?」
普段とは打って変わり改まって心配そうなユーリに気の抜けるような返事が来る。
「あの・・・よかったんでしょうか? ギルド公認でまだ一般人の彼にアイリスみたいな相手をぶつけてしまって・・・」
「ん〜? 何をそんなに深刻に考えてるんだいユーリちゃん? 大丈夫だって。本音はともかく、建前は試験なんだし、アイリスもやり過ぎる事はないさ」
常に物事をお気楽にしか考えていないアレスの弁。
「おぉっ。キョウ君だ!」
興奮したガレードの声と同時に話していた二人もスッと前を向く。
「うぉぉおおお」
沸き起こる大歓声に合わせてアレスが叫ぶ。
スタンドから眺める全員の視線の先では京がゆっくりと、毅然とした態度で中央へ歩みを進めていた。
―――あ〜緊張する・・・
試験と銘打った試合の試験官として、アイリス=マリーナはスタジアムの中央へと向かう。
わぁぁあああぁ!
アイリスの登場と共に先程より大きな興奮した観客から歓声が沸き起こる。
―――うぁ〜・・・ やり辛いわね〜・・・
一応、愛想笑いを振り撒き、スタンドの観衆達に手を振りながらもその内心は緊張しまくりだった。
アイリス=マリーナ、天才的な戦闘センスで双剣を操り、15歳でハンターを始めて弱冠18歳で女性ながら最高と名高いパーティー武皇入りを果たした。
その実力は折り紙付きで、経験は少ないながらも戦闘能力は高く、現在武皇内切っての上がり目の成長株でまだまだ伸びしろを大いに残す逸材、それが彼女だ。
今日は強大な力を持つ魔族相手ではなく、単なる一般人相手なので鎧等は付けておらず、ただ腰に二つ柄が突き出した鞘を両腰に一つずつ下げているだけだ。
そのアイリスが現在見据え、歩み寄るステージの中央にいる青年。
衆人環境に緊張するアイリスとは対照的に能面のような涼しい顔をして佇んでいる。
二日前に初めて会ったその相手はガレードの紹介とはいえ、ハンター養成学校を出た訳でも無く、傭兵、ましてや正規の軍人等でも無いぽっと出の一般人のその青年は自分の目の前でチンピラ紛いのハンターを瞬く間に締めてしまったのだ。
―――・・・
両者、舞台の中央にて睨み合い、拮抗状態に陥る。
京はただ動かないだけだが、アイリスは蛇に見込まれた蛙のように不敵に薄い笑みを浮かべる京に脅威を感じて動けない。
「どうやら、二人共拮抗してしまって下手に動けないみたいですな」
しばらく動きの無い二人に、最前列からチェーン付きの片眼鏡のような器具を装着して眺めていたガレードが呟く。
「いや、そいつは違いそうだ。嬢ちゃんはともかく、坊主は何かを待ってるみてぇだ」
ヴォルドが異を唱えると同時に京が首を回し、こちらを向く。
「彼はGOサインを待ってるみたいですね。ギルド長」
「あ〜ぁ・・・ 面倒臭ぇなぁ・・・」
「あなたがその面倒のお膳立てをしたのでしょう?」
「ちぇっ、手厳しいな、ユーリちゃんは。しゃあねぇ。んじゃまぁ・・・ちょっくら行ってくるか」
そういってアレスは席から身を乗り出し、柵を越えてステージへと飛び出した。
「ルールは場外と相手を殺したらアウト以外特に無い。合格条件も特に無い。アイリス相手に全力で戦ってくれたら俺はそれをスタンドから見てるから、総合的に評価する」
スタンドから出て来たアレスが京とアイリスの間に入り、互いにルールを聞かせる。
「・・・アイリス、分かってるとは思うがほどほどにな。相手はまだ一般人なんだ」
最後にアイリスに釘を刺して、何時でも始めていい旨を告げてアレスは元居た場所へと戻って行った。
「・・・だそうだ。来ないのか?」
「いえいえ、それはこっちのセリフよ? 初心者相手なんだし、最初で最後のチャンスぐらいは譲ってあげないとね。それとも、怖じけ付いたのかしら?」
「怖じけ付く? ・・・まぁ、この衆人環視の中では些かやり辛いのは事実だな」
「へぇ、それはどういう―――」
「女に手を上げ傷付ける言い訳が出来ない」
途端アイリスがむっとした顔になる。
「随分な自信じゃない。男は皆そう。私が女と見れば直ぐに無礼て掛かってくるの。でもその大口も何時まで開けてられるかしらね? 言っとくけどこれは試合・・・実戦よ? さあ、いつでも掛かって来なさい!」
そう吐き捨て、アイリスは両腰の鞘から一本ずつ剣を抜いて構える。
―――ほう、ククリ刀か・・・
アイリスの両の手に構えるククリ刀、グルガナイフとも呼ばれるそれは、『く』の字に内反りを持つ湾刀で、その付け根にはチョーと呼ばれる独特な形状の窪みがある。
彼女の持つものはやや小型ながらも先端は叩き切る鉈のような形状で、切れ味もさながらに、なかなか破壊力がありそうだった。
―――珍しい。しかし、残念な事に、今回は使わせるような機会は無いようだ・・・ 動きが緩慢過ぎる。
「では・・・お言葉に甘えて―――」
ドッ!
一瞬京の姿が場内から消え、次の瞬間観衆の目が捉えたのはステージの端に立ち、左手でアイリスをネックハンギングツリーの状態で場外に掴み上げたまま右手をピンと張った貫手の状態で首筋に押し当てる京の姿だった。
「っ!? グゥッ・・・」
片手で見た目にそぐわぬ非常識な力でギリギリと首を締め上げられているアイリスが苦しげに声を漏らす。
同時に客席がどよめく。
アレスやヴォルドでさえ殆ど見えなかったらしく、驚愕の表情で目の前の衝撃的な光景を眺めている。
「これがお前の言う実戦なら・・・死んだな」
感情の篭らない声でアイリスにだけ聞こえる声で京が話す。
早くも血が鬱血し始め、アイリスの顔色が見る見る悪くなる。
「俺もこれ以上お前を追い詰めたくない。潔く負けを認めろ」
懇願とも取れる京の言葉。
この時点で自分と相手の実力に絶望的な差がある事が分かっていても、アイリスもこのまま下がる事は出来ない。
エリートハンター集団に属する自分がまだ未成年の一般人に負けたとあっては武皇の名に泥を塗るだけでなく、一般的なハンターの威信さえも傷付けてしまう。
なにより、アイリスのプライドがそれを許さなかった。
「クッ・・・ ま・・だ・・・よ・・・」
「?」
何とか息を絞り出し、掠れながらもアイリスが声を発する。
「ま・だ・・負け・・・て・・ない」
意識が薄れて来ているが力を振り絞り右手を持ち上げてククリ刀の孤を京の左腕の前腕に宛てがう。
「・・・・ま・・だ・私・は・・生きている!」
―――悪いわね・・・
最後にカッと目を見開いて力強い言葉を発すると同時に、右手を引いた。
ブシャッ!
鈍い嫌な音と同時に京の左腕の筋繊維が断ち切られ、周囲に派手に鮮血が飛び散る。
―――今よ!!!
浅指屈筋がズタズタになり、親指以外の強い掌屈が効かなくなった京の指をアイリスがククリ刀を前に放り投げた右手でこじ開け、拘束から脱出する。
何とかそのままステージ内に落ち、難を逃れたアイリスは中央へとゴロゴロと転がりながら逃げる。
「ゲホッ、ゲホッ・・・」
喉にダメージを受けたアイリスは中央付近で立ち上がり、前屈状態でゲホゲホと涙目になりながら激しく咳き込む。
身体中が酸素を求め、咳き込む合間にも肺に大量の空気を取り込む。
固唾を飲んで見守っていた客席からは安堵の溜息が聞こえる。
―――自分の血を見たのは・・・いつ以来だろう?
京は動脈が断たれ、鮮血が大量に噴き出す腕を持ち上げて、眉一つ動かさずにただ平然とそれを眺める。
噴き出す血のせいで京の身体がどんどん血塗れになっていく。
―――あいつは・・・ まだ動けそうにないな
中央で噎せているアイリスを一瞥した京は小さく口を動かして一言二言呟くと、目に見えて分かる速度で前腕が再生を始める。
直ぐに噴き出す血が止まり、裂けた肉が塞がり始めるその驚異的な再生能力にまたしても客席からはどよめきが起こる。
別にこのレベルの回復魔法が扱えるハンターがいない訳ではない。
だが、身体強化の魔法を用いずにあれだけの身体能力に合わせて・・・などというマルチなハンターは存在しない。
魔法攻撃等を専門に扱う後方支援系の高位なハンターでやっと扱えるレベルの治癒魔法、更には前人未踏の領域の身体能力。
―――やはり詰めが甘かったか・・・
あの時あのままアイリスを場外に放り出していたらそのまま決着はついていた。
だがそれでは自分の実力を示すことも出来ずに終ってしまう。
―――さて、次は――――
―――信じられない!!
やっと安定した呼吸が出来るようになってきたアイリスが顔を上げると、血塗れになりながらも既に傷が完治した京が15メートル程先からこちらを見ていた。
―――悔しいけど初撃は全く見えなかった・・・加えてあの再生能力は・・・
あの超スピードを捉えることはできない。
偶然攻撃が当たったとしてもあの再生能力では掠るような一撃や二撃では意味がない。
勝てない。
完全にそれを悟らされた。
―――確かに油断はしてたけど、流石にあれは・・・
あれは予想出来なかった。
現在二人が立つフィールドは目の粗い砂利のダートで、摩擦が極端に弱くとても滑りやすい。
仮に身体能力の魔法で身体を強化していたとしても、この状態の地面では一度の踏み込みでは滑ってしまい上手く力を伝える事が出来ずに、加速するまでに何度も小さな踏み込みが必要になり、自然とゆっくりとした小走りのような段階が必要になる。
それをあの男は物理法則を完全に無視して初速度からいきなり通常の人の目では追えない領域の速度に達していたのだ。
驚異的なその身体能力に加え、本職をも凌ぐ回復能力。
―――辞めよ辞め。私の手には負えないわ・・・
アイリスが手を上に上げ、再び掴んでいた剣を両方棄て降参の意を示した。
「私の負けよ」
同時に客席からも悲鳴の嵐が巻き起こった。
南中時刻をやや過ぎたころ、寒期の終わりに最も暖かい時刻は新しい季節の到来を予期させる。
そんな時分、陽気で気が抜けたのではなく、大金を突っ込んだ宛が外れて魂が抜けて抜け殻と化したハンターが大量にテーブルに突っ伏しているガレスティアのハンターズギルド。
そしてその2階で祝杯を揚げるメンバーの中でも異様にハイテンションな3人組。
「いや〜ちょうどいい小金が増えたぜ」
「賭けが当たるといい気分ですなぁ」
「お〜い、ユーリちゃん。こっちのテーブルに追加で料理と酒頼むよ」
日がある内から呑んでいるガレード、アレス、ヴォルドの3人。
今日この3人はガレスティアのギルドに在籍しているハンターの半数に加え、ガレスティアの一般人も混ざった賭博で、その払い戻しを殆どたった3人だけで全て巻き上げてしまったのだ。
普段から世話になっている3人だっただけにハンターからはあまり不満の声は上がっていない。
2階でグレイを除くガレード一行に、アレス、ヴォルドに加え、アイリスという豪勢なメンバーが好きに飲み食いしているのだが、今日は全てここの長であるアレスの奢りである。
今日一日だけで3000バールは儲けたアレスには些細な出費だった。
「これで8人とも晴れてハンターとなるわけだ。よろしく頼むぜ」
全員先日アイリスに待ったを掛けられたの書類をまた一から自力で書き上げ、ユーリに手渡し、それがその場にいるアレスの手へと渡る。
「「「おめでとう」」」
その場にいた皆が賛辞の言葉を贈る。
「おっチームも組んだのかな? どれ・・・チーム名・・・未定。リーダー、タカオ=シマ。キョウより上が居るのか。こりゃあとんだ大物チームの台頭だな!」
アレスが無理矢理連れて来られ、暗い雰囲気で酒を煽っているアイリスに話しを振る。
「確かに・・・ こんなのが何人も居るチームにが結成されたとなれば、うちのチームの地位も脅かされるわね・・・」
「「ちょ、そこ、待てぃ!」」
自分の所属チームのこれからを憂くアイリスに島と舞が久々に突っ込む。
話が独り歩きし、どんどん間違った方向へ進むのを二人して必死に食い止める。
「そう・・・ でもやっぱり物凄いルーキーが現れた事には変わり無いわ。言いたかないけど、キョウの身体能力はうちのリーダーをも凌駕してるもの」
溜息をつきながらまた酒を煽るアイリス。
「ねぇキョウ。あなたって本当に純粋な人間なの? もしかして亜人の血が入ってたりしない?」
アイリスが斜め前で香草に付け込んでから炙った巨大な肉塊を器用に解体している京に話を振る。
亜人の血が混じる、それは別に差別的な意味を含むところではなく、亜人の血が混じった人間はその亜人の高い魔力や身体能力を継承してくる為である。
「・・・? いや、俺は混じり気の無い人間だが?」
「ヒャッヒャッヒャ! 雨宮、本気でバケモン疑惑掛けられてやんの」
ガンッ!
「グァッ! ってーな!!」
余計な事を口走った島が殴られる。
それも舞によって。
「タカ! その言い方だと亜人が化け物みたいでしょ。イザレアさんに謝りなさいよ!」
しかしあくまでも強気で叱責する舞。
言われて気付いたのか島がハッとした顔になり、慌てて謝罪する。
そう、イザレアは人間ではなくドリアードという歴とした亜人なのだ。
そしてイザレアはとくに怒った様子も無く、笑って許してくれた。
「にしてもお前、武器も抜かずにアイリスを下すとはスゲェじゃねぇか!」
ヴォルドが京の背中をバンバン叩きながら称賛する。
「・・・あれだけの力を見せ付けられたら足掻く気にもなれないわよ」
再び沈み込んだアイリスをアレスや遅れて輪に入ったユーリが鼓舞する。
「いや、どちらかと言うと俺の本気のスタイルは純粋な体術だからな」
「へぇ、千体切りのモノを4振りも作っておいてか? 言っちゃ悪いが体術なんぞいくら強化しても魔族には殆ど効果が無いぜ?」
千体切りの武器とは文字通り千体の高ランクの魔族を殺して、その魔族の魂の残留を少しずつ取り込んだ武器が仮初の魂を得た物である。
俗にパニッシャーと呼ばれるそれらは大変珍しい物、でそれを持つ事はハンター達の間では一種のステータスである。
「呆れた・・・ パニッシャーまで持ってるの? っていうかそんなことまでしてるならキョウって完全に私よりキャリアが上じゃない!」
「まぁ、確かにこのままで戦うなら武器ありの方が強いがな」
「それより、全員来週のメレスフィアにエントリーするんだろ? 今ここでついでにしていけよ。ユーリちゃん」
アレスがガレードの言葉を思い出してユーリに声を掛ける。
「既に」
だが、ユーリは既にシマに書類を渡して書かせていた。
「おお、流石だな。開催まで後9日。今回の一件で大穴には・・・なるか。確かアイリスのところはグレンがエントリーしてたしな。まぁ、こっちでも賭けさせて貰うから頼んだぜ! ワッハッハッハッハ!」
夕方には勤務の終わったグレイも合流し、結局この日は夕食も全員で食べてから帰路についた一同であった。
同日夜、居間では珍しい光景が見られた。
「――という訳。誰か希望とかねぇ?」
そこでは新たに組まれたチームのリーダーとして嫌々ながらも場を仕切っている島がいた。
「・・・急にそんなこと言われてもねぇ・・・」
どうやらこれから各自導入する武器について話し合っているようで、既に武器が決まっていた聖と、魔力に突出していた紗耶香はソファーでイザレアとミラルダと何やら話しながら、既に自前の品を持っている京はグレイとガレードとテーブルで酒を呑んでいた。
「なあおい、バケモノーなアドバイザー。なんか助言してくれよ」
島が誰もがこのポストに最も相応しいと考える男に助言を求める。
だがその指名を蹴って島に重責を押し付けた男はその悲痛な叫びを無視して呑み続ける。
「なぁおい、聞こえてんだろ? 頼むぜ」
ほとほと困り果てた様子なのは島だけではなく、それならばと渋々ながら京が口を開く。
「お前達の個々の力はまだ殆ど一般人と変わり無い。その一般人が人よりも強力な魔族とまともにやり合うにはどうすればいいか? それは数で押す事、多人数戦だ。最低でも2:1には持ち込む事が鉄則だ」
「それは分かってるけどよ・・・」
斜め上の解答に島が口を挟む。
「話は最後まで聞け。・・・今多人数戦が基本だと言ったが、いくら頭数で上回ってもそれぞれがばらばらに動いたのでは各個撃破されてしまい意味が無い。大事なのは互いに連携し、得手不得手を補い合う事だ。前衛職が肉薄し、後衛職がそれを援護する。逆に、接近戦に弱い後衛職を前衛職が護りながら戦う。前衛職でも、スピードを重視する剣は逆に決定打に欠け、装甲の厚い相手には向かない。破壊力を重視する大剣はスピードが無いため、小さな敵や動きの素早い魔獣には不利だ。そういったチーム内での他の人間の装備も考慮しながら装備を決めればいい」
「なるほど! 流石は雨宮! でも肝心な問題点がまだ一つある」
「?」
大仰に腰に手を当てて島が言う。
「自慢じゃねぇが、俺達は武器について殆ど知らねえんだ!」
「・・・」
京は無言で立ち上がると7人にそれぞれ赤いカードの束を飛ばす。
「初期投資ぐらいはしてやる。後は実際に明日現物を見て自分達で決めろ」
そう言うと一人でさっさと部屋に引き上げてしまった。
「・・・100バール札が100枚・・・ 一万円ぐらいか?」
この世界の通貨の価値が分からない島がおおよそ適当な額を予想する。
「1万円? 何です、それは? 皆さんのいた世界での通貨ですか?」
価値を説明しようにも対比する通貨の価値がグレイ達には分からない。
「1ラシド12円。1000ラシド1バールだから・・・」
異界についての文化の中で通貨の価値を読み漁っていた香奈芽が埋もれた記憶の中から記録を呼び起こし、何やら数を数え出す。
「100バールが120万円で・・・それが100倍だから・・・」
同時に計算していた複数人が同時に叫ぶ。
「「「一億二千万〜!!????」」」
静かな三更の刻が急に騒がしくなった。
「おぅ、よく来たなおめぇら! まぁ中に入れや」
「どうも」
そう言ってグレイ達が招き入れられたのはガレスティアのハンター御用達の名工ヴォルドの工房。
「わっはっはっは! にしておめぇらキョウ以外全員が使用武器が未定かよ! 気に入ったぜ! よし、お前らの装備は全て俺が面倒見てやる。明日にでも工房に来い!」
と、昨日酒が入って上機嫌だったヴォルドに言われていたのだ。
「それにしても、聞いたぜ。お前ら、今や一躍有名人じゃねぇか! 一チームメンバーが武皇の構成員を下す程の新進気鋭の超集団、ってな。昨日から店に来るガキ共の話題はそれで持ち切りだったぜ!」
「はぃいいい?」
昨日、一同が使う武器すら決まらずに悩んでいた間にも、今こうしている間にも、昨日の衝撃的な試合の結果は刺激に餓えたガレスティアのハンター達の間にあっという間にセンセーショナルに駆け巡り、この未知数なチームに対する虚像が作り上げられ、様々な憶測が飛び交っていた。
あまりに信じ難い内容に、酷く歪曲された偶然と取り合わないハンターも多かったが、それでも現場を目撃していた者がかなりの数いたのもまた事実であり、依然ガレスティアのギルドにはこのチームに対する問い合わせと、加盟を希望するハンターが殺到しているらしかった。
「何じゃこりゃ?」
ヴォルドに連れられ、京が来た時には何も無かった筈の一角にはいくつかの深い溝や穴の開けられた様々な形状の金属塊が台座に乗せられて並べられていて、まともな武器が並ぶ中を突っ切っていきなり訳の分からない発明家の失敗作のような物を見せられた島が怪訝そうに声を漏らす。
「そいつらは単なるフレームだ。新米ハンターは普通これを使うんだ・・・ほら、それにこいつらを組み合わせると・・・」
ヴォルドが手近にあった長い、先端に機構がある棒状の金属塊を手に取るとその溝に脇にあったケースに並べられていた金属製の刃物が数枚合わさったような物をガチャリと音がするまでしっかり差し込んでそれを見せる。
「おぉ、スゲェ! 槍になった!!」
槍になった。
組み合わされたそれは見事に槍の形を取っていた。
「こいつらはまだ試作品なんだが、お前らにやろう」
また別の部品同士を組み合わせながらヴォルドが言う。
「お前達にこいつを実際にモンスター相手に通じるか試して欲しいんだ。俺が考案したばかりの武器で、とにかく汎用性が高い物なんだ」
ヴォルドは対象となる相手に魔族や魔獣という言葉は使わずに、モンスターというこの世界での危険生物を指す言葉を意図的に用いた。
「本来なら初心者にそんな信頼性が未知数な武器を託すのもどうかと思うんだが、ハンターってのはどうしても位が上がるに連れてスタイルに妥協を許さなくなっちまってな。そこでお前らに託す事を思い立った訳だ。軽くアイリスまで捻っちまう奴が護衛にいるからってな」
ヴォルドが軽く京を皮肉った。
「何、ここで出来る分のテストは全て完璧な水準でクリアしてる。ただ、実戦では何が起きるか分からんからな」
ヴォルド困り気味に笑った後、組み上げられたばかりの長剣を島に放ってよこした。
それから後、ヴォルドを交えて数時間に渡る話し合いの結果、それぞれの武器が決まり、加えて事前に決まっていた聖の武器も特注で全てが最高級の素材を用いた一品物が製造されることとなった。
費用は全て初期投資だと言い張る京がその場で払おうとする暴挙に出たが、まだ納得のいくものが出来てないと逆にヴォルドに断られてしまった。
全ての品の完成は点数が多い為、ヴォルドが最優先で掛かってくれるらしいが何分時間がかかり、3日程時間が掛かるらしかった。
それが終わった一行はすぐにヴォルドに見送られながら馬車に揺られ、次なる目的地を目指して工房を後にしたのだった。