PROLOGUE:REACH
「小僧、生きていたのか」
漸く追い付いた。
「よく此処が分かったな」
神体と称する器の依代となる神木を調べながら、振り返る事なく男が独白するように言った。身体からは白い霧が立ち上り続ける様は神秘的な雰囲気を一層高めている。
「此処の地に至るまでに、私の配下達が道を守っていた筈なのだがね」
待ち焦がれた瞬間を目前にして、あることに気付いた。不思議と怒りはないのだ。ここまで、激情に突き動かされるままやってきたのだがどうやらそれは憤怒では無かったようだ。ただ、純粋な殺意だった。
「鏖殺してやったよ。どいつも、お前の居場所を知る為に殺してから魂を喰ってやった」
吐き出した言葉は、冷たく悍ましさに溢れた内容だったが、それに何も感じない俺はもう壊れているのか。
「近頃、各地に散らばる駒共に連絡が付かないもので不信に思っていたのだが、犯人はお前だな。よくもまぁ、あれだけの数を捜し出したものだなぁ」
男が未だ背中を向けたまま話す。
「1匹見付ければ後は易い。魂を喰らえば、芋蔓式に獲物が増える」
此処までの道程が思い返される。長かった。此処に来る為だけに、こいつを捜す為だけに、どれだけ殺したかも俺は覚えていない。ある時は足を洗って地下に潜っていた元配下を捜し出しては殺し、ある時はただ一夜を共にしただけという行き摩りの相手に永久の眠りを与えた。確か、奴が生まれた街を、それだけの理由で消し去った事もあったような気もするが、消したか否かなど一々覚えちゃいない。重要なのは飽くまでも奴自身なのであって、気晴らしに壊した奴に関係するモノなど一過性の感慨しか抱いて無い。
「坊主が憎けりゃ袈裟まで憎い。お前に縁有るモノは全て消し去ってやる」
例え何年掛かろうとも、配下は元因り、少しでも関わりのあった者は一族郎党皆殺しにしてやる。
「おお、恐ろしい。そして何とも不毛な事よ。・・・して小僧、どうやら1年前とは変わったようだ。いや、増えたと言う可きかな?」
ここで、ようやくその男、元ワラキア公『ヴラド・ツェペシュ』が振り返る。その瞳は爛々と異様な光を湛えていた。犬歯が口からはみ出し、人では考えられないほど長く伸びている。
どうやら、新たな力に気付いたようだ。しかし、そもそも隠す腹積もりでもなく最初から全力で行くつもりだったので知られて困るような事でもない。
「それは、貴様の手には過ぎるモノ。そうだな?」
確かに、この竜の力は凄い。完全に制御出来ている訳では無いし、もしこの激情が気を高めていなければいつ魂が呑まれてのおかしくない程だ。
だが、手放すつもりはない。今はまだ。
「・・・反駁し合っていても限がない。・・・お前の狂気を誅戮してやる」
歓喜に身体が震える。戦いを前に、逸る気持ちが抑えられない。
心の片隅に押し込めた檻を突き力を引き出す。身体が焼けるような感覚に襲われ、体躯がみるみる大きくなり、皮膚が硬質化していく。奴にも変化をさせる時間は与えない。
「グォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛!!!」
変化がしながら右手を振りかざして飛び掛かる。奴に届くまでの間、この時がやけに長く、永劫に感じられた―――