序章:10MEETING
7月17日午前7時30分、山久 上一郎―――
京を回収する地点までこのまま巡航速度であと10分程。
今回はあの堅物のハンターが一番苦手とするタイプの女子を用意した。
あやつの困る顔が思い浮かぶわ・・・
ヒャ〜ヒャッヒャ
「・・・どうかされましたか?」
おっと、いかん、つい口に出してしもうた。
笑い声に気付いた香奈芽が怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「いやいや、なんでもないわい」
「・・・そうですか」
それだけ言うとまた黙って前を向いたまま固まる。
その姿はまるで等身大の精巧な作りの人形のようだった。
それより、京は一般人を保護したと言っていた。
もしかしたらQB感染者によって負傷した者が居るかもしれん。
そうだとしたらまたサイボーグに改造出来るぞ。
ウヒョヒョヒョ
「山久センター長?」
はっ!!!
いかん、また口に出ていたようだ。
どうも加齢と共に口が緩くなっているようじゃ・・・
さて、なんと返したものか・・・
「なんでもないわぃ」
捻りのない返事だが、向こうも義務的に聞いているだけなのでそれ以上の追求はなかった。
「後5分で目的地上空に到着。上空到着後は750まで上空を旋回し待機する」
機内にパイロットからの声がスピーカーを通して伝えられる。
ふむ、そろそろだな・・・
ドウッ!
地上から物凄い爆発音と共に衝撃波がヘリを襲い、船体が大きく揺れる。
「なんじゃぁ!?」
「・・凄い魔力・・・恐らく、何者かが爆発魔法を使ったのでしょうが、私達とは桁違いの威力です」
窓から下を見ると、円形に黒い煙が立ち上り、赤い光がちらほら見え隠れする。
が、空が雲に覆われているため、はっきりと地面の様子は分からなかったが、地表が大きくえぐられているのが分かり、それに気付いた同乗していた護送任務に着いた者達の顔色が青くなっている。
「山久さん、今しがた目的地付近の地上で爆発が確認されました。・・・ちょうど降下時刻になりましたが降下しますか?」
今の爆発でパイロットは着陸を躊躇っている。
何せ今の爆発を引き起こした主がいつ襲ってこないとも限らない。
その主は自分達では到底敵わない魔力を操り、魔法を行使していた。
本音を言えばこの場を早く飛び去りたいところだった。
ダダダダダッ
ベシッ
いきなり操縦席まで山久が突撃してパイロットの頭を叩いた。
「あたり前じゃい。さっきの爆発なら心配するな。大方、これから会うあほうが引き起こした物じゃ」
「は、はぁ・・・そうですか」
どちらにしてもあれ程の使い手に会うことに対する恐怖心は消えない。
バシッ
「あほう、何生返事しとる?・・・ほれ、おいでなすった」
山久の指差す先を皆が注目すると、ちょうど煙の上がる方角から障害物を避け、吹き飛ばしたりしながら疾走してくる車両が見えた。
道を塞いでいる車両等も弾き飛ばしながらも殆どダメージを感じさせずに突き進んでいる事から、ハマーに代表されるような異常な剛性の車両のようだった。
刹那機体が急に下降を停止し、急激にGがかかる。
どうやら着陸出来たようである。
あとはこの場で待つだけだ。
一応すぐに飛び立てるように、ローターは回し続けている。
「山久センター長、これから迎える方はどのような人物なのでしょうか?」
ビルの屋上から下を見下ろしていると突如後ろから話し掛けられ振り返ると隊で正式採用されているH&K MP5を携えた香奈芽が立っていた。
「センターは崩壊した。今は只の山久で構わんよ。これから迎える男は・・・そうだな、SSS級のハンターと言う事は知っているだろう?普段は学生をしとるが、政府の指令次第で魔族も人も狩る。漆黒の覇界神(破壊神)だとか、不可視の死閃光だとか言う通り名で呼ばれておるな」
ザワッ
その二つの通り名に周辺を警護していた隊員達の間に流れる空気が変わる。
―――漆黒の覇界神(破壊神)、過去に巨大なゲートが開かれた時に10000を超す魔族がゲートをくぐって現れ、それらを単体で上空からたった一度だけ光を放ち、そのフィールドごと消滅させた黒い影に名付けられた名。
周囲を消滅させた後は直ぐに飛び立ち、結局正体は分からないままだった。
―――不可視の死閃光、対象に存在を死の直前まで知覚させることなく一瞬にして命を奪うハンターの通り名。
超高速で移動し、間近でその姿を視認した時にはほぼ死んでいることから名付けられた。
どちらも伝説級のハンターで、人かどうか怪しく、敵には回したくないと言われている。
それが同一人物で今から現れる人物とは・・・
確かに実力的に両者が同一人物というのは納得できるが、これから現れるというのは俄かには信じ難い。
確かにこの世界に身を置く者なら知らない者はいないが、その姿を見たという者は誰もいない。
AEIO上層部が一般ハンターに対して流した誇張された情報や、事実を隠蔽するためのデマだと誰もが知っている。
それをAEIOの支部中でもトップに限りなく近い人物が今から現れると言っているのだ。
皆が驚かないはずかない。
「確かに、かなりの実力者のようですが、このような重要な任を外部の者に与えては軍部からも反発があるんじゃないですか?」
「まず間違いなくあるだろうな。軍部が実権を掌握する又とない機会じゃ。しかし最後には認めるしかないじゃろう。・・・ほれほれ、噂をすれば何とやら、おいでなすった」
ギィィィィ
屋内に通じる唯一の戸が軋みながら開かれた。