躊躇しない精神 1
本日三話目!本日はここまでです。
空はテラから降りかかる右拳を後ろへのステップで回避、続け様に左拳を横に振り払うテラ、空はテラの右拳が噴水に突き刺さるのを見届けた後、緑星剣をナックル目掛けて振り下ろす。
さすがにナックルがあろうとも剣で叩きつけられれば骨が折れる事は出来る。
しかし、剣とナックルがぶつかり合った不協和音は確かに聞こえてきて、剣越しにも聞こえてくる響きは確かに衝撃を物語っている。
それでも………骨が折れることは無かった。
むしろさらに強い力で剣を振り払う。
ナックルの強度にも驚いた空だが、それ以上に驚いたのは肉体の強度だった。
まるで人間をやめたかのような強度に目を大きく開き、驚きと共に地面に着地する。しかし、着地する瞬間にはテラの右拳が空の腹へと向けられていた、とっさの行動で身をひねって回避するが、掠めただけで意識が飛びそうになる空。
「一撃必殺にも限度があるだろ。普通の攻撃が一撃必殺とか」
そんな不満を口にしながらもう一度テラの方向を向くと、テラはうつむきながらブツブツと独り言を口返しているのがよく分かる。
「俺は元貴族だ……お前らみたいな………庶民や……異世界人とは………違う!!」
瞳が人間のそれではない。獣のような獰猛な瞳、その奥は殺意と怒りで狂ってしまっている。
「貴族……ね。俺には分からないな。八百年前の貴族内紛の事なんて………だからそうした!?貴族とか……一般人とか………異世界人とかそんなことがお前の今の人生に関係があるのか!?」
テラを鋭い目つきで睨みつけ、緑星剣を握る力をより強める。
空は怒っている。
ジュリを叩いたことを、エリーの話を聞いたことでさらに怒りは増していった。無関係な人に手を出して、さらには………これ以上の被害を出すかもしれない。そう思うと空はどうしようもなく心苦しい。
あの日、生き別れた三十九人の同級生。
それを想うと………どうしようもなく心苦しくなる。
その分だけ………空は戦おうと思えた。
三年前。五月。日本の山中での出来事。
空達第二中学の一年二組は林間学校からの帰り道、曲がりくねった道を突き進んでいた。
担任の先生と運転手が前方で言い争いをしている様を、空達はなんとなく本来の道から脱線しているのだと理解してはいても、それに対する危機感はまるでなかった。
「本来の道から脱線しているんじゃないですか!すぐに戻ってください!」
「今は一本道だから無理なんですよ!」
そんな無駄な言い争いをかれこれ三十分は繰り返しているように思う。それに、道は完全な一本道で、大型バスが引き返そうと思えば、どこか開けた場所に行くしかない。
しかし、現在周辺ではそれらしい場所は見当たらない。
そんな中、空は右隣に居る同じクラスの隆介相手にため息を吐き出しながら話を聞いていた。
「だからさ!そこが良いんだよ!」
いったい何度目になるだろうか?隆介のそんな言葉を聞きながらこれも何度目になるか分からないため息を吐き出す。
「どこがいいだよ」
全く同じやり取りに空の左隣に居る堆虎がクスクス笑いながら聞いていた。
どこかジュリと雰囲気を同じくさせる彼女を空は気まずそうに見ている。
「笑うんなら何とかしてくれよ」
空はかれこれ林間学校を出てからずっと、隆介のするRPGのお話を聞かされていた。
辺境に居る一人の少年が、黒い騎士を追って旅立つ王道ストーリーが良いのだと、散々聞かされて空はうんざりしていた。
「それで、この黒い騎士が――――!」
「はいはい。実は友人だったんだろ?もう何回も聞いたよ」
後は帰るだけというだけあって、正直暇なそれは退屈しのぎに聞き始めた隆介の話に、今度はうんざりしながら聞く羽目になった。
「その先は無いの?」
堆虎から援護射撃を甘んじて受ける空、隆介は罰が悪そうに頬を掻きながらつぶやく。
「まだそこまでしかやってない」
「だったら。全部してから喋ってくれ」
ボソッとつぶやいた言葉がどうやら心に響いたようで、わざとらしく胸に手を置いて苦しそうな真似をする。
「わざとらしい」
「口にするなよ。性格が悪いな」
微笑んでしまう。
空は信じていた。きっとこんな毎日が続いていくんだと、卒業して、分かれて、新しい友人たちや古い友人たちと共にこんな毎日が―――――。
急ブレーキと共に前に衝撃が掛かり、転びそうになるのを空はギリギリで踏みとどまる。
隆介は驚きと共に顔面を前方の椅子の背面にぶつけてしまう。堆虎も同じような状況であるらしく、ぶつけた際のショックで不安そうな表情を浮かべている。空はとっさに堆虎の方を抱きしめ、守ろうと試みる。しかし、そんな試みが一体意味のある物かどうかはまるで分からず、ガードレールを飛び越えて、転がりながら落ちていくバスの衝撃と回転に生じる体中を打ち付ける痛みに空の意識は吹っ飛んでいった。
それから一体どれだけの時間が経ったのかは分からず、ふと目を覚ました先で空は堆虎にそっくりな少女と出会う。
「大丈夫ですか?」
よそよそしい彼女の立ち振る舞いとは裏腹に、飛び起きて肩をつかみながら尋ねる。
「大丈夫だったのか!?堆虎!」
体を打ち付けた際に起きた痛み、それを耐えながらの行為だが、目の前に居る少女は聞きなれない名前に首を傾げ、揺らされる行為に逆に驚きながら尋ねた。
「てとら?どなたですか?私は……ジュリエッタです」
「え?」
そう言われれば確かに似てはいても、髪の色がまるで違う事に気が付いた。
そこまで来てようやく自分が見当違いの事をしていると気が付き、すぐに両手を肩から離す。
「ごめん」という言葉がのどの奥から出てきかけたが、同時に自分の周囲をようやく確かめる事が出来た。
周囲は草花が生えそろい、ジュリの隣には近くで採取したと思わしき草花が入っている籠が無造作に置かれていた。
ジュリはそれをどう解釈したのか、籠の方を見る。
「私、草花や生き物が大好きで。時折こうして色んな所に赴いて採取しに来てるの。私の将来の夢は『環境保全員』だから」
空は『環境保全員』なる言葉にはまるで聞き覚えが無く、「はあ?」と答える事しかできず、それを詳しく聞こうと思ったが、同時に周囲に自分以外に同級生がいないことに気が付いた。
「ここに他の人はいなかった!?」
「いいえ、あなたがそこで眠っていただけですよ」
(眠っていた?俺が?)
何があったのかまるで理解が追いつかず、自分しかいないという事しか理解できない。
きっとここまでで既に数分しか経過していないだろう。しかし、草木を分けるように声の低い男が姿を現した。
「先ほど何やら光って見えたのだが………だれかそこに居るのか?」
それがアベルだった。
取り敢えず前半だけです。ちょっとづつですがシリアス度が進んで行きます。