魔導都市 アルカミスタ 8
後編になります。ジャック・アールグレイサイドの物語だと思っていただけたら幸いです。
ゆっくり上がっていく台座の上から少しずつ街がジオラマのような姿に変わり、しかもその街のあちらこちらから火の手が上がっている。その姿をジャック・アールグレイが見る度に人間の愚かさと、その愚かさを自分の掌で操れているという安心感で胸をなでおろす。
今回は前回邪魔をした空を今回はある意味排除することに成功した。
「あそこに行く手段はこのビル以外には存在しない。この状態ならあの少年がここまでたどり着くのには時間が掛かるだろう。幸いにもあの場所には人がいないことも確認済み。唯一の人間であるアベルも現在は岩状態で行動不能」
ジャック・アールグレイは手元の資料を確認していた。
「まずはメインシステムの回路を切断し防衛システムを破壊する。しかし、そのままでは目的の部屋までたどり着けないので……この少女を利用する」
見下ろすと口にタオルのような物でふさがっているマリアが怯えたような表情で見上げていた。
「君が大人しく言う事をしてくれればそこの少女を助けることが出来るんだぞ?選ぶのは君だ」
自分でも悪いことをしているという自覚はある。
それでもジャック・アールグレイにはここに来るだけの理由があった。
湖畔の街での事件以降、呪術の管理が少々厳しくなり、今はこの逆さの街に集められているのが現状だ。
ジャック・アールグレイは袴着空の手によって三つも呪術を失い、その上手元には一個も呪術が存在しない。これではどれだけあの事件で設けられても結果から見れば損である。その上、そのビジネスも半分も利益を出せない状態で、しかもビジネス相手も組織ごと崩壊するという情けない結末をたどっている。
「金を搾り取る前に終るとはな。これでは旅行費用と呪術を手に入れた際の費用と手に入った収入を足しても大損だ。せめて代わりの呪術を手に入れておかないとイーブンまで持っていけないぞ」
ゆっくり上がっていくこの台座から街を見下ろす。
ジャック・アールグレイからすれば空が邪魔しない環境が整ったというだけで安心してしまう。
「あの少年には前回の事件で邪魔をされてしまったからな。あれさえなければそれなりの利益を上げられたはずなんだが……アベル・ウルベクトだったか?あの男だって場合によっては売り物になったし、風竜も高値で売れる算段があったのだが……両方失敗、その上軍によって違法組織も崩壊し、金の支払いも無理と来たものだ」
逃げ切るだけでも金がかかってしまい、収入元を失ったジャック・アールグレイには今回の仕事がどれだけ重要なのかよく分かっていた。
成功しなければ少々危ない賭けをする必要がある。
「ここで失敗したらいい加減『商業と砂漠の街』に手を出す必要があるかもな。場合によっては私自身が舞台に出る必要が出てくる。できればあそこは避けたい」
彼は一度ある大きな失敗をしていた。
商業と砂漠の街で商業を起こしたが、結果から見ればあまり良い結果にはならなかった。今でもその時の商会とは取引を続けているし、奴隷商人としての一面を持つ自分とは取引を続けてくれるだろう。
しかし、あまり効率の良い商業とは言えないし、危険が多すぎるだろう。
しかも最近は目を付けられつつあるらしい、あまりやりたくは無いし行きたくもない。
今回の仕事に失敗する可能性はもうないだろうという思い込みが失敗させる事ぐらいわかっているが、この状況では空には何もできないというのも事実だった。
多少は安心してもいいはずだと気を多少は緩め、十分以上かけて逆さの街へとたどり着いた。
ジャック・アールグレイは素早くメインシステムの回線を切断し、エレベーターの操作を不可能に設定、そのまま目的地への道を確認する。
しかし、その為にはある場所でマリアにしてもらわなくてはいけないことがある。
まずはその場所まで案内させようとする。
無理矢理立たせ、ジャック・アールグレイは気を失っているエリーの首元にナイフを当てながらマリアに前を歩くようにと指示を出す。
マリアは泣きそうになりながらも前を歩き出す。
逆らう勇気も現れず、脅される恐怖と犯罪の片棒を担がれるのではという思考が彼女にまともな思考能力を与えなかった。
どこに連れていかれるのか、これから自分がどうなるのかなんてことがまるで分からず、命令をそのまま遂行するだけ。
ジャック・アールグレイはそんなマリアの状況に対し、彼女が必要以上の恐怖心を抱いているという事に気が付いた。
(恐怖心とは己が作り出す幻の心なのだがな。大体は不測の事態や自分が予想もしていない事態に陥ってしまうと自然と恐怖を感じやすくなる。彼女はきっと生まれてきてから不自由なく育ち、ここまで来たのだろう。ここで仕事をしているのもあくまでも親がしているからとかそんな理由なのだろうな。まあ、別段不自然な話じゃない。よくある話だ。最もそれ故に彼女はまだ上を目指せていないのだろう。ここに入れるという事はそれなりの地位にいるはずだが、その割にはあの少年のサポートで終っている。それはこの少女がまだ問題があるからだろう。それこそこの状況と同じだ。魔導協会で実戦を積む人間達は不測の事態に陥っても落ち着いて行動できるような人間が多い。彼女は精神面で問題があるのだろうな)
ジャック・アールグレイの恐ろしい所は分析能力だろう。この男にはどんな状況でも冷静でいられるだけの精神面が存在する。
いつだって、冷静に落ち着いて実行し、どんな時でも表舞台を操る。もし、そんな人間が天敵に選ぶ人間が居たとしたら、自分の考えが及ばない様な特殊な人間だけだろう。
そして、ジャック・アールグレイは目的地の前の大広間へとたどり着いた。
あとは橋を渡ってしまうだけなのだが、マリアは操作することを直前で拒絶した。
「どうしたんだ?起動させろ」
首を横に振るだけ。恐怖に負けそうになりながらも彼女は最後に善良な心が抵抗しようとしていた。
ジャック・アールグレイはマリアの左頬を後ろから殴りつけ、エリーを遠くに投げ捨てる。マリアの上に乗っかりながら首をゆっくりと絞める。
「このまま苦しみながら死んでいくかい?別に殺してもいいんだよ?最悪はこの施設を破壊してでも取り出すから。君が協力すれば多くの人が助かるんだ。いいじゃないか。こんな場所見捨ててしまえば。それとも………君はこの下にいる多くの人々を殺すのかい?」
マリアは究極の決断を迫られていた。この先に進ませたくない。死にたくない。でもっ皆にも死んでほしくない。そんな感情が襲ってきたが、身を震わせるだけで何もできない。
「いやだ………いやだ……いやだ!」
「そんな風に叫んでいれば誰かが助けにでも来てくれると思うのかな?誰も来てくれないぞ。君が選ぶんだ。どれを選ぶ?なんならそこの少女を殺して見せるかな?君の所為で私は既に一分無駄にしたんだぞ?」
マリアはやはり同じ言葉を繰り返すだけ。
幼女だと思われてもいい。
誰にも死んでほしくないし、自分だって死にたくない。
実際誰かが助けに来てくれるわけじゃない。そう思った時、脳裏にあの少年の姿が映ったのは何故なのだろう。自分達がどれだけ臨もうと入ることも許されないあの場所にあの少年はいともたやすく入って見せた。
悔しさだってあるし、なぜ自分はあそこに入ることも許されないのだろうといつだって疑問を持つ。
それでも、あの少年ならなんて無駄な期待がそんな声を出させたのかもしれない。
「助けて!!誰でもいいから助けて!!!」
あの少年でもいい。誰でもいいから助けてと叫ぶ。
ジャック・アールグレイはあきれ果てた。だってこの状況なら誰も助けに等来るはずがない。そう思い、あえて彼女に絶望を当てることで更に追い詰めればまだ自発的に動くかもしれない。そう思い後ろにいるはずのエリーの方に視線を向けたとき、そこに彼女はいなかった。
そして、嫌な予感がして身を後ろに大きく跳躍するとマリアを抱きしめる形で一人の少年が現れた。
「予想もつかないことが起こる。それはいつだって君が原因だな。一年前のあの時だって君は唐突に現れた。全く厄介な存在だよ………袴着空」
マリアは自分が抱きしめられている事に気が付き、ふと閉じていた瞳を持ち上げるとそこには学生服を着て、どこか服が汚れている空が立っていた。
「俺もあなたが一番厄介だと思う。十一月だったか、十二月だったかに出会った時から今回の事件を予想しての行動だったのか?」
「まあな、しかしあの一件だけを言えば私は嘘を吐いたつもりも無い。あれに関しては私の本心を語って見せたつもりだよ。しいて言うなら帝都で大人しくしていてほしかったというのが本心だがね。どうも君は私の行動予測しているのではと思えるほど邪魔をするね」
「俺からすればあんたが俺の前に意図的に現れて挑発をしているかのように見えるけど?」
「それこそ考えすぎという奴だよ。私からすれば君はいわゆる天敵だよ。いつだって私の予想を上回ってくる」
マリアはゆっくりと下に降ろされる。
空が腰から一本の剣を抜くと同時に、ジャック・アールグレイも服の中に隠しておいたレイピアを取り出した。
お互いに大広間の端に陣取り、いつでも攻撃できる構えをとる。
大広間の端はいわゆる断崖絶壁になっており、落ちれば命は無いだろうという状況でも空は意外と落ち着いていた。それも、全てはマリアのあの言葉を聞いたからだった。
誰にも気が付かず。
人知れずに戦う者達がそこにはいた。
マリアはその唯一の目撃者になろうとしていた。
どうだったでしょうか?次回で魔導都市編も終わりです。この戦いの行く末を皆さんも見届けていただけたら幸いです!では次回!




