湖畔の街 デーリー 10
湖畔の街ついに最終話です。最後に次の長編への伏線があります。
義父さんの状態は決して楽観できるような状態ではないらしいが、命に別状があるような危険の状態ではないらしい。しかし、同時に簡単に終わるような状況でもないらしい。
とりあえずその辺の事情を聴くため、市場の一角に広がるフードエリアの席に座りながら昼食を食べながら話を聞くことにした。
テーブル一杯に食事が入った皿が並んでおり、その全ての代金はイースさんとデリアさんの両名が支払ってくれた。
イースさんが鞄の中からパソコンを取り出し、パソコンの画面には見たことがあるような光景が見て取れた。
深い木々と草、画面のど真ん中に苔と草の生えた大きな岩が鎮座している。
間違いない。義父さんだ。
それと似たような岩の写真が写された。
「この写真は?」
「帝都の北に位置する近郊都市に存在する岩よ。これは其処で食事をしているエアロードさんが言っていた事なのだけれど。あの短剣に刺された者は記憶の中に存在する最も印象深い『何か』に影響を受けるらしいの。普段は指したものがある程度コントロールできるんだけど、今回はあなたが攻撃を仕掛けた為にそんな時間が無かったのね。それで、アベルさんの記憶の中に存在する最も印象深い存在に影響された。最も岩だったのは短剣の材質の問題ね。単純な石……これは石竜の鱗で作られているけれど、この石に影響された。息が上がっていたのは記憶を覗かれていたからね」
そう言うとデリアさんは息を一気に吐き出した。
イースさんが画面を切り替えながら口をゆっくりと開き始める。
その画面には義父さんの断面図のようなものが3Dで描かれている。
「この岩ですが、ほとんどは単純な岩です。ちなみに……帝都の研究者はこれが人間だと信じてくれませんでした」
俺は立ち上がり、最悪のシナリオを前に怒りの表情を浮かべ、ジュリは先ほどから続けている悲しみと罪悪感に押しつぶされそうな表情をより深める。レクターも深刻そうな表情になっている。
「大丈夫です。風竜様が機竜様に報告し直ぐにでも解呪できる者送ると誓ってくれました。本日のお昼には帝都からの研究者と軍関係者がいらっしゃいます。ただ………私達が思う以上に複雑な解呪が行われるようです」
俺は先ほどから海鮮の串焼きを食べながら話を聞いているのか聞いていないのか分からない様な感じであったが、どうやら話は聞いていたらしくこちらの方に視線を移す。
「二千年前の技術は今や失われておる。それを再現できれば直ぐにでも解呪できるはずだ。何せ岩に変わっているの人間には元々高い呪術の耐性があるはずだ。もっともそこにいる人間ほどではないがな。その耐性と強い意思………「死んでたまるか」「人間なんだ」という強い意思で何とか人として心と言ってもよいかもしれんな。そんな部分が残っている」
3Dには上部の一部に脳細胞に似ている『何か』と記されている部分があるのが見て取れる。これが義父さんの脳なのだと分かる。しかし、その脳の形はどこか平べったく本来の形を失っている。
「これだけがアベル様のいわゆる人間らしさですが、風竜様が言うには本人の意識や記憶は無いそうです。元に戻れば脳の形も体も元通りになるそうです。安心してください」
「いや、元通りではない。問題はそこだな」
俺は「どういう意味?」と尋ね返す。
「体積が増えているからな、身体の形に戻せば………」
俺達が息を呑む中エアロードは「太る」とだけ言った。その先の言葉を待っていたのだが、どうやらそれが副作用らしい。
「それだけかしら?」
「それだけだ。恐らく三十キロは増えるだろうな。ぶよぶよのデブになるという事だ」
その程度で良かったというべきなのかもしれない。
「最も完全に元に戻るのに時間が掛かるのは事実です。まずは、明日の午前中、皆さんと一緒に一度今の状態で帝都に戻ります。研究者は調べたがっているようですが、時間がありません。このまま魔導都市へと移動し、研究治療機関へと預けられ二週間かけて元の体に戻ります。その後、一週間かけて肉体のスキャンが行われ、その後帝都の病院に移されます。機竜様が言うには目覚めるのに四週間。大体一か月かかるとのことです」
元に戻るという言葉が俺達の心に微かな安らぎを与えてくれた。
安心できたというわけでは無いが、少なくとも最悪の事態は避けられる。
でも、俺はどうしても自分を責めずにはいられない
あそこに俺が行かなければ………そう考えずにはいられない。
「俺が……あそこに行かなかったら。義父さんも岩にならずに済んだのかな?」
「その時は私達が死んでいたわね。そして、風竜はジャック・アールグレイに連れていかれどんな目にあったか分からないわね。あなたは結果として私達の命を救ったのよ」
「でも………」
「それに……あの人が岩になりながらに生きている理由。あの人は一か月前まで自暴自棄になっていた。なのにあの人は今「生きたい」と願っているのよ?これはあの人が生きる希望がこの一か月にやって来た。あなたよ。あなたがいてくれたからあの人は「生きたい」と願っている」
デリアから言葉に俺はその奥にいるさらなる理由に気が付いた。
俺が首を横に強く降ると思い出す。
「きっと母さんです。義父さんは俺の母さんの写真を見て俺を引き取るつもりになった。なら、きっと今義父さんを救っているのは………母さんです」
そう思うと母さんの思い出が脳裏をよぎり、涙と苦しみが一気に心の奥を襲う。
俺が泣きそうになっていることに気が付いたデリアが優しく抱きしめた。
「いいのよ………泣いても」
俺は大粒の涙を流した。
翌日。列車の時刻になると俺は湖畔の街に少し早く去る事になった。
デリアさんとイースさんが見送りにきてくれた。
「三人共ありがとう。あなた達のお陰で風竜も助かったし、これ以上の被害も出ないわ」
「ええ。私もあなた達のお陰だと思います。本当にありがとう」
ジュリは未だに深刻そうな表情になっているが、それをイースさんが優しく抱きしめる。
「ジュリちゃん。環境保全員になりたいのよね?頑張って。私はこの仕事が今まであまり好きじゃなかったわ。でも、あなた達を見ていて思ったの。守りたい気持ちが大切なんだと」
「イースさん」
「あなたは守りたいという気持ちを私に教えてくれたわ。大丈夫よ。アベルさんはきっと救われる」
ジュリが少しだけ明るく微笑む中、デリアさんが俺の方へと近づいてくる。
「空君。あなた……環境保安官に興味は無い?」
「え?どうかな」
「もし興味があれば高等部からから環境科を受講するとを進めるわ。あなたならきっとなれると思うから」
「………少し考えてみる」
これからなんてまだまだ考えられ無いけれど、いつの日か考えなくてはいけない日が来る。
俺はふと視線を右を見ていると義父さんが透明のケースに入れられて列車の中へと入っていく。その近くには心配そうな表情をしているサクトさんとガーランドさんが立っていた。
きっと元に戻る。
今頃風竜はどこぞの渓谷にでも旅立っているのだろうか?
「それでは」
三人でそんな言葉を告げて列車の中へと入っていく。
列車の中に軍の関係者が車両の出入り口に立っており、俺は俺達三人しかいない車両の中に入って扉を閉める。すると俺の脇を風が通り過ぎた。
列車の窓は完全に閉まっており、風が起きるような環境ではない。
俺は不思議に思いながらも気にしないように自らの席に座る。
対面に座っているジュリに俺は優しく語り掛ける。
「義父さんが病院に入ったらみんなでダイエットの手伝いをしないとな」
「………うん」
やっとジュリは笑ってくれた。
レクターは窓に張り付いて景色を眺めている。
俺は再び通り過ぎる風の正体をいまだ知らない。
ガーランドは客席の方へと入っていく空をふと見ていると違和感のある歪みを見た。
よく見るとそれは風がなびいているからだと分かるが、なぜそんな風が塊の状態で移動しているのか分からなかった。しかし、その正体に気が付くのにそこまで時間はかからなかった。
「風竜め。去ったとばかり思っていたが、どうやら空の近くで見ているつもりだな」
そう言いながら荷物室へと移動して行く。
部屋のど真ん中に多数の機器に囲まれている自分の幼馴染である『岩』前に少しだけ不機嫌になる。
どんな姿でも自分の幼馴染であり、良き親友だ。そんな親友がまるで研究対象のように扱われている事への怒りしかない。しかし、これも又必要な過程なのだ。
正確なデータが必要。
それはよく分かっている。
「サクト。どうなんだ?」
「研究者は熱心よ。何せ無機物になってすら生きている人間なんて初めてだものね。いい研究対象よ」
その言葉遣いを聞く限りサクトもかなりの怒りを胸の奥に抱えているらしい。
ガーランドたちの中で一番の年長だけあって、彼女にとって弟のように可愛がってきたアベルが岩になっただけでも怒り心頭なのだ。
「生きているだけマシなんだろうな。正直複雑だ。これがアベルと認めなくてはいけないとはな」
「でも、触れば分かるは。微かにだけど熱を帯びてる。生きている証拠よ」
ガーランドが岩の表面に手を触れると岩のザラザラした感触と冷たさ、その奥から本当に微かではあるが感じる熱。
「生きたいと思ってくれただけでも俺は空に感謝だな」
「ええ。本当にね。あの子とアベルに幸せが訪れるといいけれど」
そればかりは誰にもわからない。
しかし、ガーランドも願う。
あの少年と風竜の戦いの先に幸せがあると信じて。
列車は技術都市への道を進んでいた。
どうでしたか?空が最初に迎える事件と言うだけあって少し重めで少し辛い話になりました。次は一年後になります。アベルは既に元通りになっていますが、冒頭の部分で簡単に語るつもりですのでお楽しみに!




