湖畔の街 デーリー 9
湖畔の街最終話前編です。アベルが大ピンチです!
あのジャック・アールグレイが風竜を巻き込んで引き起こした事件の翌日、俺は別荘の自室のベットでいつもの朝を迎えていた。その毎日にもしいつも通りではない点を見つけるなら、それはこの別荘の主である義父さんが返ってきていないという点と、軍関係者が護衛の為の人員が見張りをしてくれている点だろう。
義父さんはある理由から樹海から動けずにおり、その原因こそジャック・アールグレイにあった。もっとも明日には帰ってこれるというのでみんなはさほど心配していない。
しかし、俺の失態で義父さんをあそこに縛り付けているという事は俺は多少は罪悪感というか、後悔のような物を抱いている。
その感情も俺の枕元で小さく縮小している風竜からすれば考えすぎという事だが。
俺があそこに来なければ風竜は助からなかったし、父さんもデリアさんも殺されていたらしい。その点はデリアさんも同じ意見だった。
最も風竜は俺がどうして呪言の鎖を破壊できたのかは教えてくれなかった。
「いずれ分かる。だからそれは胸の奥にしまっておくことだ」
そう言われてしまった。
では、どうして義父さんが樹海から帰ってこれないのか、それにどうして俺が罪悪感を抱くことになってしまったのか、どうして風竜は小さくなってしまったのか。
その全てを語るにはあの事件の結末を語る必要があるだろう。
俺とジャック・アールグレイとの間に絶妙な距離があいた。正直に言えばどちらもが十分な攻撃距離であり、どちらともが先手を打ちにくい状況が続いていた。そんな状況でイースさんが魔導機で突風を作り出した。
突然吹き荒れる風に霧が吹き飛ばされ、一瞬かもしれない様な時間の中で敵の動きが完全に止まった。
俺はある狙いを持って刀を横に切り払う。
ジャック・アールグレイはその攻撃をすんでの所で回避するが、俺の狙いは完全に別だ。咄嗟の回避に次の行動までにラグがあるはずと読んだ。
俺の狙いにとっさに気づきながらももはやどうしようもない。
俺の刀は槍の日々の部分にあたると同時にまばゆい光と共に粉々になって引き飛んでいく。
俺とジャック・アールグレイは同時に下に落ちていき、俺はもう一度睨みつけるようにジャック・アールグレイの方を見る。
「なるほど………どうやら呪術を打ち消す力のような物がある事は真実らしい。しかし!お前のような者の為にこの短剣があるのだ」
と言い出し、ジャック・アールグレイは胸元から石でできた短剣を取り出す。
「貴様。そのようなものまで手に入れていたか。少年。被害が出る前に壊すのだ」
風竜がそんな風に告げるのと同時に俺の方へと走ってくる。
どうやら奴の言葉だとあの短剣に俺の『力』とやらは通用しないようだ。
そう思っていたが、風竜の目が大きく開きどこか驚きを隠せずにいる。
俺は刀を握り、防御体勢を作りつついつでも攻撃が来てもいいように構える。
俺はが刀を振り回すために持ち上げた瞬間だった。地面が少しだけ揺れ、俺の姿勢が崩れた。
しかし、敵の狙いは俺では無かった。
俺の横を通り過ぎ、ジュリの方へと走っていく。
「しまった!ジュリ逃げろ!!」
しかし、ジュリもまた咄嗟の事で直ぐには動けそうになく、デリアは距離がありすぎて駆け付けそうにない。
そんな中ジュリとジャック・アールグレイの間に義父さん―――――アベル・ウルベクトが立ちふさがった。
しかし、間に入れたのは本当に刹那の瞬間で、父さんは武器で防ぐこともできず腹に突き刺さった短剣に反応することもできない。
深々と突き刺さった短剣を引き抜こうと義父さんは右腕を動かす。しかし、ほんの微かに動いただけで義父さんの身動きは止まってしまった。
短剣が刺さった場所からは血が出る気配を見せず、俺は不自然な光景に首を傾げながらもジャック・アールグレイへと刀を振り回す。
「予定と狂ったが、まあこれで撤退の時間を稼げる」
そう言いながらジャック・アールグレイは俺の後方に鎮座している木の枝へと飛んで逃げる。
俺はジャック・アールグレイへの視線はうつせず、俺は目の前で起きている異常な光景を前に視線が釘付けになってしまった。
義父さんの息が激しくなっていき、俺を求めるように右腕を伸ばす。それと同時にナイフが刺さっている服の隙間から見えている肌が石のような色彩へと変化しているのが見て取れた。
俺の脳裏に嫌な予感が通り過ぎ、俺は義父さんの右手を掴もうと俺も右腕を義父さんの方へと伸ばす。
しかし、義父さんの右腕と俺の右腕が触れる前に完全に義父さんはただの岩になってしまった。
義父さんの体の体表面が石に変わっているというより、義父さんの存在そのものがその辺にある『ただの岩』のようなものになっている。
どこ角度からどう見ても義父さんの面影を感じさせず、質量は圧倒的に増えていて、形はどこにでもあるような大きな岩。
服は岩に成らなったらしく、破れて義父さんの武器と一緒にその辺に落ちている。そこに義父さんはおらず、代わりにゴツゴツしたただの岩が存在している。
石に変換するといういわば錬金術のような状況ではなく、義父さんの存在がただの岩に変わったような感じだ。
真新しい岩に少しずつ年代を感じさせるような草や苔が生えていくと、いよいよその辺の岩と見分けがつかなくなる。
俺の心は怒りで燃え上がり。
激怒の表情と共に振り返る。
「ジャック・アールグレイ!!!貴様何をした!?」
「これは『性質と形状変化の短剣』と言ってな。その名の通り、この短剣が突き刺さった物体……いや肉体と言い換えよう。肉体の性質と形状を強制変化させる武器。最も竜には通用しないし、一回しか使えないからここぞというタイミングにしておくことにしたのだがな」
ジャック・アールグレイの言う通り、元義父さん―――――岩に突き刺さっている短剣が粉々になって消えていく。
「君に触れればこの短剣が粉々になるだけというのは分かっているんだよ」
デリアは俺の前に立ってジャック・アールグレイを強く睨みつける。
「だが、君は彼を無視して私を追う事は出来ないだろう?優しい君は私を置いてこの場は逃がすことしかできないはずだ」
そう言うとジャック・アールグレイは霧を濃く発生させていく。
「追えばいい。『元』が付く人間を見殺しにしたいのならな」
そう言ってきっとジャックアールグレイは霧の奥へと消えていった。
他の仲間達を見殺しにしたまま。
俺が振り返るとそこにはただの岩がある。
俺はもしかしたらなんて気持ち共にその岩に触れるが、元の姿に戻るなんて奇跡が起きることも無かった。
俺がガックシ項垂れるとデリアさんが俺の背中を優しく撫でる。
「ごめんなさいね。守ってあげられなかったわ」
俺は首を横に振る事しかできなかった。
「俺がこんな場所に来なければ……」
「君がここに来なければ私も………ここにいる全ての者が助からなかった。君はここに来た事を誇るべきだ」
風竜の声が聞えたのでそっちの方を振り返るが、そこに風竜はいなかった。
驚きと共に周囲を散策するが、その視線の正体が俺の足元から来ていることに気が付いた。
全員の視線が俺の足元に集中する。
そこにはバスケットボールぐらいの大きさの風竜が俺を見上げていた。
突然訪れた風竜の幼さに俺達は動揺を隠せない。
義父さんが岩になったと思ったら今度は風竜が幼くなった。
「私達竜は体のサイズをある程度変えることが出来るのだ。我々竜の存在する意味は体内の竜結晶を守り語り継いでいくことゆえにな。身を守る為に体を小さくしてまぎれることはよくある。最も他の竜は人間より小さくなることを拒むがな」
そう言いながら風竜は義父さんの方へと近づいていく。
優しく自らの手を触れると希望の言葉を俺に投げかけてくれた。
「安心しろ。この男はまだ助かる。機竜へと連絡を取れ、詳しい情報を告げれば助けとなる人間を寄越してくれるはずだ」
俺は前に一歩出て風竜に「本当に?」と尋ね返す。
「フム。この短剣の効果から教えてやろう」
そう言うと、風竜は俺の膝元へと近づいていき、俺に寄り添う。
「しかし、直ぐに話すような話ではない。私も少し疲れた。すまないが数日君達の所で過ごさせてもらえないか?明日にでも話すとしよう」
どうでしたか?アベルが岩になってしまいましたね。なぜこんな展開にしたのかというと、アベルが「生きたい」と心から思えるようになったという事を描きたかったからなんです。アベルがどんな状況になっているのかは次で!




