湖畔の街 デーリー 8
いよいよ空とアールグレイが戦います。
レクターが駆け出したタイミングで俺は竜に最も近い場所に隠れるように陣取る。
レクターが無防備になっている竜の右足目掛けて殴りかかり、そのまま蹴りつけて竜の注意を自分の方に引きつけ、同時に視線の調整に入る。
ジュリの魔導『閃光』の準備が整うまで一分ほどかかる。タイミングはジュリに完全に任せているため俺はジュリとレクターに任せて走る為に意識を集中する。
レクターが風竜の足元で攻撃を回避しながら適度に攻撃を加える。そうしている間に風竜の注意は完全にレクターに向いた。
そして、レクターは風竜の体をジュリの方へと完全に向けた。
時間は丁度一分。正直に言えばジュリの方が間に合ったかどうかなんて微妙で分からない。しかし、ジュリはその期待に見事答えた。
周囲をまばゆい閃光が視界を埋め尽くし、俺とレクターは腕で閃光を防ぐが、攻撃している最中だった風竜は防ぐ術がなく目を覆って苦しそうにしている。
俺は心の中で「ごめん」と謝りながら瞬発力を最大まで跳ね上げながら駆け出していく。
風竜の体をよじ登るなんてことをしていたら間に合う気がしない。視界がふさがれていても、感覚が生きている以上よじ登っていることに気が付けば抵抗するのは見て取れる。
すると、俺の前にレクターが立ちふさがり、両腕で俺の体を飛ばすための態勢を作る。
腰は中腰に、両手を重ねながら待機。レクターの腕に俺は右足を載せてレクターの腕の振り上げの動作に合わせる形で左足を強く蹴る。
俺の体が宙を舞い、同時にまっすぐと俺の右手は風竜の額に突き刺さった杭に向けられた。伸ばす手が杭に触れた途端、杭と鎖が連鎖的に砕け散った。
何が起きたのか分からず、俺は自らの体を草木に預ける事しかできなかった。
何が起こったのか。切り裂かれたように霧が一気に吹き飛んでいくさまが見て取れ、その奥には呪言の鎖が飛び散って自由を得て地に伏せた風竜と転んで倒れる少年の姿だった。
呆然と佇むジャック・アールグレイ。
目の前で起きた現状を脳で処理できなかった。
風竜と繋がっていた感覚が突然切れ、訪れたのは精神的な衝撃。一体何が起きて、どうして呪言の鎖が破壊されたのかまるで理解できなかった。
分かったのはあの少年が『何か』をしたらしいという事ぐらいで、それ以上の事はまるで理解できなかった。
風竜は力をこれ以上振るえないらしく、起き上がる気配すら感じさせない。
ジャック・アールグレイは霧を作って隠れることを忘れるぐらいに思考し続けていた。
「なんなんだ?お前のその力は………貴様、まさか魔導の力を持っているのか?」
(確かに魔導の力の中には呪術に対抗する力も存在する。しかし、見た感じ持っている風じゃない。だったらあの少年の力の源はなんなんだ?)
その正体にいち早く気が付いたのは意識と記憶がしっかりしてきた風竜だった。
上書きされていた記憶が消えていき、元の記憶へと変わっていく中、風竜の目の前にいる少年を確かにとらえた。
(この少年。竜の欠片の真の継承者だな。確か歴代の継承者は力を継承する前からある程度の異端の力に対し抵抗力があったはずだ。しかし………この少年はけた外れている。継承する前から完全と言ってもいいほどの耐性)
息を吐き出し、全身の力を籠めようとするがそれは出来そうになかった。
(歴代の竜の欠片の継承者の中でも最高の力を持っているようだな。どおりで私の声が聞えたわけだ。まあ、そうでも無ければここに辿り着けまい。進路の妨害をする霧、迷わせる効果を持ち、私が時折使う力。特に人間には効果的に働くだろう。その音などの目印があった所で迷いから逃げることは出来ない。なのにこの少年は辿り着いた。それはこの霧が通用しないからだ)
迷わせる効果のある霧の中で音を手掛かりにこの地までたどり着いた。
それが証拠だった。
(しかし、この少年だけではアールグレイ相手には勝てないだろう)
そう思った時、風竜はゆっくりと右腕を持ち上げて空の方へと指先を伸ばす。空はその指に気が付き空も右腕を伸ばす。その瞬間、アールグレイは風竜が余計な事をしていることに気が付いた。
「余計な事をしないでもらおう」
そう言って竜壊の槍を突き刺そうとするが、それをよじ登って来た空が緑色の刀を横なぎに振りぬく。
槍が空が持っていた緑色の刀の前にヒビが横に広がっていく。
空は視線を下におろすと微かにだが槍が突き刺さっており、その場所から風竜の表面が石に変わっていくのが見て取れた。
「これ………石に変えるのか?」
それを引き抜こうとする瞬間に霧が深まるのが見て取れ、その瞬間に背中から襲われるイメージが全身を駆け抜け、鳥肌が立つ瞬間に空は竜の背を蹴って少しだけ距離を開ける。
空が先ほどまでいた所に一本のナイフが空を切る。
「やはり貴様にはこの霧の効果が通用しないらしい。ここまで辿り着けたのもその才能の
所為か?」
「何の話だ?それより、この槍………あんたがこんなことをしているのか?」
槍から少しずつではあるが石の範囲が広がっており、その度に風竜が苦しそうな声を上げている。先ほどからレクター達の声も聞こえないほどに霧が広がている。
「竜を封じ込めるにはこれが手っ取り早いのでな。運用方法は昔の書類に書かれていたし、特に苦戦することも無かったな。まあ、まさか竜が目の前に現れるとは思わなかったがな」
「じゃあ………あの助けてくれてって声は?」
「その声を頼りにこの地にまで来たのか?だとすれば私のミスだな。まさか、竜のテレパシーを感じ取れる人間が居るとは思わなかった。苦しかっただろうな………意識が少しづつ石の方へと引きずられていくらしい。完全に取り込まれればその瞬間に待ち構えているのは……死だそうだ」
どこか楽しそうに話すアールグレイ相手に殺意がどんどん増していく空。それをまるで待っていたとばかりに残酷な行動をとる。
目の前に突き刺さっている槍に手を伸ばし少しづつ深く刺していく。
その度に広がっていく石の面積、そして苦しみの悲鳴を上げる風竜。
「や……やめろ!!!」
空は限界だった。
刀を握りしめて思いっきり切り払う。
アールグレイはその攻撃を素早く後方にステップの要領で回避し、同時に前へと転身して切りかかる。
空の左腕を斬撃が通り過ぎ、浅くではあるが傷をつける。
切り返しの速さに驚き、同時に冷静を失っての攻撃を誘われた事への驚きが脳神経を名一杯まで加速させた。
しかし、それはアールグレイも同じことだった。
意図的に挑発したのは良いが、まさか攻撃を回避されるとは思わなかった。
半歩分だけ下がって回避したのはとっさの行動だったはずと思考し、ナイフを今度は頸動脈目掛けて振り上げ、それはそれは再び半歩下がって回避する。
動きは素人だと判断できるが、あの『刀』の効果なのか身体能力が上がっている所為で攻撃が回避されてしまう。
「さっきの挑発はわざと………なのか?」
「君こそ……なぜ手に入れたばかりの力で躊躇なく使うことが出来る?」
「アンタこそ………どうしてこんな事するんだ?」
「君はどうして利益にならないことを……得もせず、決してまともではない選択肢を取ることが出来るんだ?」
お互いに理解できないという声を上げ、質問に質問で返すような連鎖が起きており、ほぼ至近距離で睨み合う状況が続く。
空としては直ぐにでも槍を引き抜きたい、アールグレイとしては空を殺したいとう感情が生まれていた。
アールグレイの直感が告げていた。
「お前は私の邪魔になる。分かるんだ。お前の行動原理は私の真逆だ。私は利益の為。お前は正しさの為に戦っている。私達はどうしても理解し合えない。ここで殺しておかなければ……貴様は私にとっていずれ不利益になる」
「………俺も分かるよ。あんたが生きている限り不幸になる人間が増えていく。あんたは害悪だ。ここで捕まえないとあんたはいずれ更に不幸な人間を作り出す」
お互いに剣とナイフ構え合いながら睨み合う中、戦いは終局へと向かおうとしていた。
どうでしたか?ちなみに彼らが戦っているのは風竜の背中です。なんと失礼な事を………(笑)なんて考えながら書きました。では次回いよいよ湖畔の街も終わりになります。では次回!




