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最終話前編です。
五月中に行われるイルミネーション週間が少しだけ遅れて始まっており、夜になると帝都中が鮮やかさと賑やかさを合わせたような輝きに満ち溢れ、本来星空が夜空一面に広がる風景を更に輝かせている。
不思議と俺の心をウキウキさせてくれるのは隣に立つ彼女であるジュリのお陰か、それとも父さんが軍の仕事で残業をする事になったお陰で夜デートが出来るからだろうか?
隣で歩くジュリもまた楽しそうにしているように見える。
時折一緒に歩く瞬間が異様に楽しく思える。
「どこか寄ってから帰ろっか」
そう言うジュリの手を優しく握りしめ、俺が道路側を歩いていると木々についているイルミネーションの点灯が視界に入って一瞬だけそちらの方を向いてしまう。
『三十九の星と晴れやかな未来へ』
そんな言葉と視界を上へと向け同時にそこに写るのは三十九の星の形をしたイルミネーションとそれを鮮やかに輝かせる晴れやかなイメージを与えてくれる青と白の転倒が輝いている。
ああ、これか。
どこかのイルミネーション製作者が皇帝陛下の頼みで作った作品。三十九人をモチーフにして作り上げられた一品。
俺自身見るのは初めてだった。
というよりは今日から展示だったのだろう。今も作業員らしき人物達が急いで撤収作業に勤しんでいる。
お疲れ様です。
引き揚げていく作業員と入れ違う形で俺とジュリがイルミネーションの前に移動して見上げる。足元の台座には皇帝陛下の直筆のサインが刻み込まれている。
もう一度見上げると一番上に聖竜がデザインされたイルミネーションが飾られている。
「綺麗だね」
「皇帝陛下も大概物好きだよな。いや………責任を感じているのかもな。それか忘れないようにと言う意味かな」
皇帝陛下の所為ではない事ぐらいわかっている。
誰もあの人を責めないし、たとえあの人が知った所で何も変わらなかったはずだ。三十九人が犠牲になることは十六年前の時点である程度決まっていた。
それはあの事件の後の聖竜の言葉からはっきりしていた。
あの事件の直後俺は中立派の面々に迎えられる形で帝城内に入ることになった。
すれ違う近衛兵や親衛隊、政治家などがすれ違うたびにどこか申し訳なさそうな表情をしているのがどこか心苦しい。
一年前のあの日以来一年ぶりの聖竜の間。
今度は一人でエレベーターを降りていき、薄暗い石畳のような廊下を歩いていくと大きな鉄のドアに辿り着いた。
そのドアに手を掛けてゆっくりと開くと奥から怒号のような声と喧嘩のようなやり取りが聞えてきた。
聞き耳を立てていると怒っているのは父さんらしく、どうやら俺がワールド・ラインを隔てた息子だったことを隠していた事に対する憤り、その息子を利用されたことへの不満をぶつけているようだった。
どうするべきかどうかでふと悩んでいるとさらに大きな声で場を制してしまう声が聞えてきた。
「ワタシとて!!彼らを犠牲にしない道があるのならその道を選んでいた!!!これしか道が無かったのだ!」
色々言われてストレスが溜まっていたのだろう。上半身を起き上がらせ、表情を崩して叫ぶ姿は怒る子供のように思える。
すると後ろから「空君」と俺を呼ぶ声に反応し心臓の高鳴りと共に後ろを振り返る。そこにはいつもの白と青の礼装に身を包む皇帝陛下の姿があった。
優しそうに微笑みながら後ろに立っていた皇帝が俺の前に出てドアをゆっくり開いて奥へと進んで行く姿を見ると、俺も後に続かなければという気持ちで進み始める。
俺が部屋の中に入るとほぼ全員がどこか気まずそうな表情へと変わっていく。
聖竜は先ほどのクーデターでの俺への負い目があるのだろう。父さんは今更どう接すればいいのか分からないと、ガーランドも同じように表情を曇らせている。その中でサクトさんだけが俺の方に笑顔で手を振ってくれる。
さすがあの三人の中で最年長だけはある。というよりジュリ同様感が鋭い所があるのでもしかしたらある程度は把握していたのかもしれない。
皇帝陛下が彼らの中心に立つと周囲を一度だけ見回し真直ぐ俺の方を向く。
「今回の一件は他の国には建前上おおよその状況は伏せるが、魔法大国『ガランジュール』と技術大国『エルボニアス』には事情のおおよそをこちらから説明する」
その言葉に反応したのはガーランドであった。
「しかし、よろしいのですか?現在国内の情勢があまりよくないという状況を伝えれば侵略の大量になりかねません。それでなくても戦争の際に多数の戦力を消費し、クーデター騒ぎで軍はバラバラになりかねない状況が続いている。なのにその上情報を大国とはいえ他国に漏らすのは……」
「ガーランド中将のいう事も分かる。しかし、すでに二大国はある程度の情報を聖竜を通じて知っているらしくてね。細かい情報交換の機会を得たいと言っているんだ。不明確な情報を流していたらむしろ戦争の引き金になりかねないとは思わないかな?」
ガーランドは「それは……そうですが」と納得できない表情になりながら聖竜の方を向く。他二名も同じように聖竜を見る、すると聖竜は「フン」と機嫌悪そうにしているのが見て取れた。
あっ。もしかしてだからエアロードが……、そう思った時には口が開いていた。
「エアロードが今回の事件に介入したのは三年前から情報を交換していたから?」
サクトさんが「なるほど」と呟き他の人達も頷く中、聖竜の表情が一変した。
有体に言えば……睨みつけてきた。
「なんだ……あいつの事をフルネームで呼んでいるのか?」
え?なんで不機嫌なの?なんで俺は睨まれているの?
そう思っていると聖竜は一歩前に出てきて俺に迫ってくる。
「なんだ?あいつと仲が良いのか?あの人間嫌いめ!!私の力に勝手に介入しただけでは飽き足らず、人間嫌いの癖に私の国の人間との友好も深めようとするのか!?」
何を怒っているのか、どうしてそこまで怒るのかがよく分からない。しかし、エアロードが言っていた「竜は人を見下す」という意味がよく分かる。
竜は人間より長寿で知能も高く、生まれつき魔導のような不思議な力を持っている。それゆえに人間を見下す傾向が強い……と、そう述べていた。
しかし、エアロードだけは違う。
エアロードは人間を嫌いはするが人間を見下すことだけはしない。人間をある程度対等な存在として見ている余り嫌うのだとかなんとか。
「………大したものね。あの風竜と友好を深めるとはね。まさかそんな子が居るとは思わなかったわ」
サクトさんが感心したように何度も頷く。
なんだろう?そんなにすごい事なのだろうか?
「そんな風竜がここ数か月他の竜たちと共に情報を交換していたらしくてね、二大国は状況を見極めていたというわけだ。さしあたっては………袴着空君。君に魔導協会より第一席十位を任せたいそうだ」
周囲から騒めきが聞こえてくると俺は再びその騒めきに周囲を見回す。
だからさ………その理由を教えてよ。すごいの?何がすごいのか説明してほしい。
「何がすごいんですか?」
今度は落胆の表情と騒めきが聞えてきた。
「空………魔導協会の席次とは一席から十席まで存在し、数字が若くなっていくにつれて様々な特権や所属する国への敬意、立ち入り禁止領域への侵入許可など様々な特権が与えられる。その中でも一席は十人しかなれず、君はその一席の末席を任せると言っているのだ」
聖竜が不機嫌そうにしている。
しかし、きっちり説明する当たりそこまで怒っていないのかもしれない。
そんな重要なポストに俺を選んでくれたことは光栄だが、今のままではそれは受けられない。
俺が今日ここに来ようと決めたきっかけはある事をお願いするためだ。
俺は一歩前に出て、真剣な表情と眼差しを周囲へと向ける。
「今のままではその席次は受け取れません」
周囲から「そうだろうな………」という落胆が見て取れた。
「袴着空はあくまでも日本人。だから………ソラ・ウルベクトとして受け取らせてください」
父さんが一歩前へと出て俺の方を動揺を感じさせる眼差しを向け、俺はそれに真剣な眼差しを向ける。
「君は……日本にいる君の家族を捨てるのかい?この国にいてくれることは素直に言えば嬉しい。しかし、君はそれでいいのか?」
皇帝陛下の心配そうな表情に俺は表情を柔らかくしながら返す。
「俺は………彼らが犠牲になった意味は二つの世界が友和できると感じたからだと思うんです。それに俺は………母さんがいつだって父さんを大切にしていたのを知っているから。父さんが母さんを大切にしているのも知ってるから。だから……」
俺は父さんの方を見ながらはっきり答える。
「俺は二人に幸せになってほしい。その為には俺が袴着の名前に固執するべきでは無いんです。重要なのは名前じゃない。俺がどうしたいかだから。その覚悟の証です。出なければ俺は彼らに顔を向けることもできない」
掌を見つめ、もう一度握りしめる。
「それに、もう一人の俺に名前が無いと寂しいでしょ?だから……『袴着空』は彼に上げます。俺は見た。堆虎と彼が手を握りしめて旅立っていったのを」
聖竜だけが優しそうに微笑む。
「きっと………袴着空はそれだけで生まれてきた意味があった。彼に名を渡し、俺はウルベクトの姓を名乗って生きていく。二つの世界が救われると信じて」
戦う。
堆虎………やっと一歩を踏み込めたよ。
どうでしたか?あまり自分の事を語るのが苦手なのですが、少しづつ改善していければいいなとおもう毎日です。




