受け継いだモノ 1
真実へと向かうお話になります。お楽しみに!
役所の五階の議会場にてアベルとガーランドがファンドと対峙してから約一分が経過していたが、お互いに武器を構えた状態から一歩も動いていない。
部屋に備え付けられた時計の針だけが音を奏で、呼吸音すら感じさせない。
動けないのには理由があった。
刀を使うファンドは抜刀術と呼ばれる技術の使い手。自分を中心に1.5メートルに入った物体に対して抜刀と同時に斬りつける技術を使い、その戦闘方法で多くの敵兵を切り殺してきた。軍のトップに就いたと言っても今でも十分現役世代に通用する実力なのは確かだろう。
故に迂闊に動くことが出来ずその場でお互いに隙を伺いあう渋滞続いているという状況だった。
しかし、それでは困るのがファンドであった。
このままこの状態が続けばさすがに主戦派や保守派が動くことは分かり切っていたし、かといってクーデターを起こした手前中立派に負けるなんて許されない。
しかし、この二人が簡単には動かないことは分かっている。
「………君達が十六年前に北の近郊都市に集まっているという噂話を私は信じなかったんだがな。しかし、今から思えば君達はその前から中立派を作る為に画策していたという事なのかな?」
独り言のようにつぶやく言葉に反応したのはアベルだった。
「その言葉………まるで自分が十六年前に北の近郊都市を襲ったと宣言しているように聞こえるが?」
ファンドは口元を吊り上げ、細めが少しだけ開いているように見せる。それはまるで悪魔が微笑むような表情に見えてしまう。
あくまでも抜刀の構えだけは崩さないように笑った。
「フフフ………最初はあんなに大事になるとは思わなかったがな。まあ、そこは主戦派と我々革新派との考え方の差が出てしまったと言った所か」
アベルの大剣を握る手が少しだけ強くなり、ガーランドも少しだけだが表情が崩れかけてしまう。
十六年前の襲撃事件。ガーランドは自らの責を感じていたからだ。そもそも、北の近郊都市は山脈の側に存在している都市であり、その分人の行き来が少ない小規模の都市だった。その上他の都市の交流も少なく基本帝都からの目が生きにくいという特徴を利用する作戦だった。しかし、それが裏目に出ることになる。
北の近郊都市に人が頻繁に行き来しているという噂が立てば自然と目立つだろう。
それが災いしたのか、主戦派と革新派の目についてしまった。
決定打になってしまったのが、当時の噂で「皇帝陛下が最近どこかに出かけているらしい」と「北区で見かけた」というのがあったからだ。
「その噂以外にも様々な話を聞いたがな。まあ、皇帝陛下が動いているんだ。誰だって噂になるだろう。呪詛の鐘を使うと主戦派が言い出したときは少しだけ驚いたがな。結果として大量虐殺になってしまったのはある意味いい結果だったよ。まあ、一人の女性がお腹の子供を必死で守ろうとしていた姿は今でも思い出せるよ」
その言葉がトリガーになってしまった。
怒りがアベルの中で何かを切ってしまい………一気に距離を詰めていく。
大剣を構え振り下ろそうと攻撃範囲内に侵入してしまい、アベルの体を斬りつけようと大剣が振り下ろされる前に刀がアベルの胴体を真っ二つにしようとしていた。
しかし、咄嗟の所でガーランドが攻撃を逸らし、致命傷だけは回避させる。
ダメージを受けてしまったが、傷は浅く胴体に斜に付いた傷から少量の血が流れる。
ガーランドが一旦アベルを数歩後ろに引かせながらファイドの攻撃を捌くが、刀と大剣では攻撃速度に差が出来てしまう。
左腕、右足、右肩に微かにだが小さなダメージを負う。アベルが回り込んでファイドの後ろから攻めようとするが、ファイドはそれすら予測し、更に一段階速度上げてガーランドの攻撃を捌きながらアベルの方へと蹴り上げる。
「ガ、ガイノス流武術!?習得しているという話は………聞いてない!」
ガーランドは慄きながら後ろに下がりたくなる気持ちをあえて退け、アベルを守る為大剣を横なぎに振り回す。ファイドはそれを難なく回避して見せ、そのままガーランドの顎目掛けて蹴りつけつつ、刀でアベルへと攻撃する。
「なんていう………攻撃の仕方だ」
一旦距離をとり再び沈黙する場においてファイドの声だけが響く。
「何も驚くことは無かろう?帝国に広がる流派は基本ガイノス流。ガイノス流は複数の分岐流派を我流で取り込むことで完成する。自らの才覚で完成させる流派確かに珍しいがな。故に奥深い」
ガイノス流は分岐流派を複数習得し、それを合わせることで完成する我流を主点に置く流派。空は打撃と斬撃攻撃の複合技を英語を交えた技で名付け、それぞれの単体技をガイノス流の名前で使っている。
しかし、我流であることを突き詰めるという事は、逆に言うと才覚の無い者にとっては難しい流派であり。特に中等部や高等部など武術で本格的に競い合う世代にとっては才覚が重要視される傾向がある。
レクターや空は同学年の中でも才覚のある方である。
これは上下の世代においても言えることで、空の一個上の世代は才覚に恵まれた者が少なく、実際空が中等部二年の際に行われた聖竜誕生祭最終行事である武術大会中等部では、決勝トーナメントに出場したのは二年と一年だけだった。
空達と一個下の世代が十年以内の世代の中でも特に高い才覚が集まっていることでも有名だった。
だからこそ………革新派はこの段階で動いた。
「才覚が流派の力になるガイノス流。特に今年の高等部一年と中等部三年が過去十年以内では最強の才覚のある若者が集まっているのは分かっていたからね。入学式などで忙しいこの時期だと他の学生は参加しないだろうと読んだんだよ。まあ、あの少年が関わって来たのは予想通りだったからね。ブラック・ナイトをぶつけさせてもらったよ」
結果ら見れば当たりだったのだろう。
空だけは関わってくるという事も、空の仲間たちもそれに応じる形で関わるというのも分かっていた。故にシューターとブラック・ナイトをぶつけつつ、ある地点で罠を張ったという事だった。
「まあ、主戦派が保守派と手を組むとは思わなかったが、そこは最高議長だったな。あらかじめ各地に散らしていた中立派を呼び戻すとは………まあ、そう来るというのもある程度は想定した。故の『原初の種』というわけだ」
アベルが肩で息をしており、回復するまで少しだけ時間が掛かると判断したガーランドは時間を稼ぐことにした。
「それで真っ先に東区を襲撃したのは今年は帝城内で行われる大掃除の際に戦略級呪術兵器を隔離区画に移送するからなんだな」
「そうだ。帝城内は警備が厳しく持ち出すのは危険だが、東区の隔離区画に存在するあの場所、その上皇帝陛下のパレードで警備が手薄になって、しかも皇帝が襲われたという事で警備が変更になるのタイミング以外に襲撃は出来ないからね。ところで………アベルの体力が戻るのを待っているようだが………このまま時間稼ぎをしておくつもりは無いのでね」
そう言って原初の種を取り出すとそれを口に運ぶ、ガーランドはそれを阻止しようと跳躍するが、一歩遅く口の中に入っていく姿をそのまま目撃することしかできなかった。
このままではアベルは死んでしまうだろう。
原初の種は飲み飲み込むと同時に周囲に黒い波動のような波を発し、意識の弱い者や弱っている者を殺して飲み込む。それは飲み込んだ対象が強ければ強いほど被害者の対象を増やすだけだ。故に堆虎はレクター達に対して時間稼ぎをする必要があったからだ。あのままアベルやガーランドと共にこの部屋に入ってくるとファイドに殺されかけ、同時にこの波動で殺される結果になる。堆虎はそれだけは防がなければならなかった。
アベルの目の前に迫る死の波。
中々戻らない体力を前にアベルは本気で死を覚悟し、目を瞑るが迫ってきている死の気配が近づいてこないことに疑問を抱き、そっと目を開けるとそこには緑の鎧を身に纏い、大きなシールドと大量の騎士人形を操る袴着空の姿があった。
どうでしたか?最終話までこのままの勢いで頑張ります!




