南区攻防戦 6
南区攻防戦最後です。最後に物語が進みますので!
東区の役所の一階ロビーでは多くの人質が集められており、その中にレクターの妹も集められていた。
皇女がここに居たのは一時間ほど前の話だったが、彼女は外に助けを呼びに行くと出て行ってしまった。
レクターの妹達女学院の生徒はそれを止めようと必死になったが、彼女はみんなを助けたいと言って一人で行ってしまった。
正義感が強く、誰よりも人を信頼しようとする第三皇女であるレイナにはどうしてもこの状況が我慢ならなかった。
武器で民間人を脅し、呪術を手に入れるだけの事で多くの人が不幸になっている。
何より彼女は見た。
禁断の呪術である『原初の種』を持ち出す所を、それを使って帝国を手に入れようとしているところを。
レイナは大通りまで身を隠しながら走り出し、いざとなったら光学迷彩マントで身を隠しジッと隠れる。
「あれは駄目。あの人質には有効活用する理由がある。あれは……原初の種の為の生贄だ。もう時間がないはず。その前に誰にかにこの状況を伝えないと」
焦りながら人と戦車の目が途切れる状況を待っていると、二分後レイナはいまだというタイミングで大通りを横切る。
完全に横切り、ゴミ箱の裏に隠れていると大きく息を吐き出し裏路地の向こう側にある大きなドーム状の建物が見えた。
「あそこまで行けば隠れられるかも」
そんな気持ちが焦りを生み、焦りが油断を生んだ。
光学迷彩マントは移動などの激しい行動までは隠してはくれない。隠しきれない歪みが偶々近くを通った兵士の目に留まった。
「動くな!そこに誰かいるぞ」
レイナは焦り、走り出すべきか、降伏するべきかを思考するがそんな思考こそが無駄な行動だと判断し、走り出していく。
撃たれてもいい、逃げ切って必ず誰かに助けを求めよう。
覚悟を決めてドーム状の建物へと向かって行く中、レイナの足元へと銃弾が着弾し、レイナは悲鳴を上げそうになる口を強く抑える。
一発の弾丸がレイナの右足をかすめ、レイナはバランスを崩して倒れてしまう。
マント越しに兵士が近づいてくるのが見えてきて、瞼を閉ざし、両腕を頭の上に置くがいくら待っても兵士は近づいてこず、諦め半分の気持ちでゆっくりとマントを脱いだ。
そこには兵士はいなかった。
緑色の鎧に緑色の剣、マントをなびかせて立ち尽くすその姿はまるで昔の騎士のように見える。
騎士のマスク越しの視線とレイナの視線がぶつかると、騎士は驚きの声を上げる。
「うわぁ!?人が地面から現れた!?」
騎士………空は驚きの声を周囲に響き渡るような音量で叫び、それが続々と戦力を集めてくる。
アサルトライフルを担いだ兵士に六本脚の戦車、壁を移動する戦車がレイナに恐怖を与えてくれる。
「物陰に隠れていてくれ」
空は緑星剣を構えながら駆け出していくのと同時にレイナは建物の陰へと走り出す。兵士の一部はどちらを打つべきかどうかで悩むが、そんな暇がないぐらいの速度で空が近づいてくる。
「不思議なんだ。魔導機が無くなってむしろ体が軽くなった気持ちがする。手加減できそうにないから死にたくなかったら………逃げることを進める」
正面の兵士の体正面から一回、後ろにまわりこんで二回斬りつけるガイノス流剣術の基礎技。
「功の型!前風後波」
すかさず左の兵士が空に銃口を向けるが、空は銃の引き金を引く前に弾丸のような跳躍とすれ違いざまの一撃を叩き込む。
「風漸」
男の頭が宙を舞い、空の体はそのまま二人の兵士の体に連撃を叩き込む。
その時にあって戦車の照準が空の方に向くが、空はレイナに傷をつけないようにレイナとは違ってメインストリートの方へと駆け出していく。車やバイクなどを砲弾が粉砕していき、壁にへばり付いている戦車とは反対のビルの壁を駆け出していく。
壁を昇っていき、砲弾が着弾する前に大きく跳躍し砲弾を足場にして戦車の頂点目掛けて剣を突き刺した。
身動きのできない戦車は辛うじて壁にへばり付いて沈黙し、もう一個の戦車が地面から空へと照準を向ける。
「ラウンズ!」
空の叫び声と共に騎士人形が二騎が同じように戦車に剣を突き刺した状態で現れた。空が呼び出した騎士人形の一騎が大きく空中へと跳躍し、残りの一騎が空の体を空中に居る騎士人形に向けて投げつける。
投げつけたタイミングで壁にへばり付いていた戦車に砲弾が当たり、大きな爆発が起きるのと同時に戦車が騎士人形と一緒に墜ちていく。
空はそんな事には気にもせず騎士人形を踏み台にして、更に跳躍し戦車の右側へと着地する。
三本の右足を一閃で斬りつけ、騎士人形が空中から砲台を真っ二つにしてしまう。そのまま右側に傾いた戦車のコックピットに緑星剣を突き刺す。
大きく息を吐き出し、その場倒れそうになる体を何とか支える。
騎士人形はその場で直立不動で全く動く気配を見せず、戦車と一緒に落ちた騎士人形はいつの間にか組みあがっている。
空の名を呼ぶ声の方へと意識を向けると、そこにはジュリとレイナが空の方へと近づいており、空は二人を会場とは反対側へと移動させメインストリートの左右を確認する。すると、南区の方から東区の方へとウルズ・ナイトが三機ライフルとシールドを装備した機体が移動していくのを黙って目撃する。
「あの!助けてください」
レイナの唐突な声に驚き視線をレイナの方へと向けるが、レイナの強い瞳が空の心に何かを訴えているような気がすると告げる。
「この先の役所で人質が取られているんです。それに多分あの人達が集められている理由があるんです!」
「落ち着いてくださいレイナ様」
「は、はい………、騎士様。あの兵士達が呪術兵器を保管し封印している施設からある呪術兵器を持ち出している所を発見しました」
「その呪術兵器って?」
「………原初の種。命に永遠を与え、あらゆる命を飲み込んで強くなる化け物。帝国が長年封印し続けてきた兵器です。元々は呪術という名前は存在しませんでしたが、ある時よりそうなずけられ帝城の奥深くに封印されました」
空は「それなら帝城にあるのでは?」っと当然の疑問を口にするが、レイナは首を黙って横に振り、ゆっくりと震える唇を開く。
「最近帝城の大掃除の為に保管場所を一時的に移しているんです」
「クーデターの目的は原初の種を持ち出すことだった」
「はい。そして、原初の種には殺せば殺すほど力が増すという能力があります。実際帝城禁書目録には一億人が一瞬で殺害されたそうです。恐らくあの会場の人を殺せば原初の種は帝都の人全員を一瞬で殺すことが出来るはずです」
空とジュリが生唾を呑み、ジュリはその綺麗な顔は動揺で染まる。
ジュリの小さな手が大きな胸に収まり、空はそんなジュリを優しく抱きしめる。
「あなたの力……竜の欠片ですよね。聖竜様から聞いたことがあります。竜の欠片の真価を発揮できる者は英雄の資格があるっと。お願いです!みんなを救ってください」
深々と頭を下げるレイナの肩を優しく添える。
「任せてくれ。滅ぼさせないからここは俺にとってもう一つの故郷なんだ」
そう言って駆け出していく空に声を掛けようとするが、ジュリはとっさに声が出ず黙ってしまう。
遠くなっていくその背中を視線だけで追いかける。
「あの……レイナ様」
レイナは突然の声に驚きながらジュリの方へと体ごと向ける。
「実は話があるんですが………じつは」
総帥ファンドは東区本部から飛空艇で作戦場所まで一気に近づこうとしていた。戦局は一刻一刻敗北へと向かう中、彼の心の中では勝利までの方程式が出来つつある。
「総帥閣下。『原初の種』をお持ちいたしました」
ファンドは原初の種の入った小瓶を受け取り、部下を下がらせる。飛空艇に乗り込み、離陸する様にと伝える中、彼は役所に向けて移動を始める。
原初の種。
種と言うだけあって植物の種のような見かけであるが、色は赤と黒を混ぜたような禍々しさが存在感を放ち、小瓶越しにもそのおぞましさが見て取れる。
飛空艇を使えば五分経たずにたどり着けるその場所が近づいてくる。
十階の建物で旧市街地の中にある建物の中ではそこそこの高さを誇り、本来であれば一階から侵入したいが、周囲が戦場になっている今は屋上から侵入する以外に可能性が低いのも事実だった。
「あと少しだ。あと少しで目的の場所までたどり着く。しかし、望み通りの結果にならないのは見ていれば分かることさ」
窓の外から外の景色を眺めているとファンドは黙って移動を始め、前の出入り口目掛けて歩き出す。
出入り着地近くにおいて置いた自分の武器である刀を取り出し、出入り口のボタンへと手を伸ばす。
押す瞬間と大きな爆発の瞬間はほぼ同時で、まるで壊れるように開く扉越しに役所の屋上が見えてきた。
屋上まで数メートル。
難なく着地できる距離である。
手をつくことなく着地するファンドは役所とは別方面へと落ちていく飛空艇を見届け、落とした犯人へと視線を向ける。
緑色の鎧、緑色の剣を持っている少年。袴着空。
「君はここに来るだろうと思っていたよ。聖竜から見出された英雄候補君」
「妙な名前で言わないでくれ。あんたを止めに来た」
「そうだろうな。その様子なら私がこれからすることにも予想が付いていると見える聖竜が教えたのかな?それとも皇帝陛下が予想したのかな?」
思案顔を作って見せるが、空が告げる言葉に目を大きく開いて驚きを露にする。
「レイナ様に教えてもらったよ。あんたの部下と思われる人物達が『原初の種』を持ち出している所を見ていて、この役所の中にはあんたが帝都を吹き飛ばすだけの生贄が居ると」
「ふふふ。驚いたよ。これはこれは。予想もしなかったな………そうかレイナ様が嗅ぎ回っていたのか?いいや、偶然だろうな。十六年前と言い、三年前と言い、そして今回といい偶然というのは怖いな」
「三年前?それってまさか」
「?もしかして知らなかったのかい?君達をこの世界まで連れてきたのは………私だよ」
突然告げられる宣言ともとるべき言葉。
怒りが滲みだし、鋭い眼光がマスク越しにもファンドへと向けられる。
「しかし、分かっていなかったと思うかい?私が君がこの場所までやってくるという事を……」
空は背後からやってくる殺意へと向けて剣を振り回し、緑星剣が禍々しい存在感を放つ剣へと向けられる。
「ブラック・ナイト。今回こそきちんと始末しておくようにな。その為のお前なんだ。その時こそお前の望みを叶えてやろう」
ファンドは階段へのドアを降りていく。
「邪魔をさせない。これも計画の為」
「誰も殺させやしない。英雄とかそうじゃないとか関係ないんだ………これは俺の物語だ!俺の人生だ!あの男がここに連れてきたのかもしれない。聖竜はこの状況に俺を導いたのかもしれない!でも、それを決めたのは俺なんだ!!ここは………俺の世界だ!!」
ブラック・ナイトがマスク越しに微笑んだように見えた。
「ようやく英雄としての覚悟が決まったのかな?」
「それを今から証明する」
「楽しみにしているよ」
お互いに距離をとり剣先を静かに相手へと向ける。吐き出す息とお互いから放つ圧力が戦いの時を待っていた。
ほぼ同時に跳躍し剣がぶつかり合い金属の反響音が響く。
今、英雄の最初の試練が始まろうとしていた。
そろそろ空自身が語るときがやって来た。
英雄の手によって物語は語られる。
どうでしたか?面白かったと言っていただけたら幸いです。最後まではまだまだかかりますがよろしくお願いします。




