東京決戦 1
いよいよ最終決戦です。今回の前後編は東京に到着するまでの過程です。
窓の外から見える景色は次々と流れていき、いまだに田舎の風景を脱しないでいる。
実際の所この列車が襲われる可能性があるのは否定できず、この列車内でも警戒をある程度高めなければならないと自分に言い聞かせるが、油断すれば睡魔が襲い掛かろうとする。
ふかふかの長椅子に座り睡魔と戦っていると前の席に座るジュリが取り出す弁当箱からいい匂いが漂ってくる。
中身は簡単な具材で作ったサンドイッチで、ツナマヨからタマゴまで様々、数がそこそこ多いことから過分母さんが手伝ったのだろう。
レクターやキャシー達が一つずつ取り、俺も睡魔と戦いながら恐る恐る手を伸ばすツナマヨっぽいサンドイッチの具材に手を伸ばす。
ゆっくり口に運んでいくとジュリが俺の食べるサンドイッチを見ながらはっきりとした声で告げた。
「それは奈美ちゃんが作ったサンドイッチだよ」
具材はツナマヨに見えて黒焦げの塩サバを使っており、塩でアレンジしてあるサバを更に強引にマヨネーズでコーティングしている為かマヨネーズと塩の味が舌を襲い掛かってくる。その上更にその奥に感じるこの刺激的な痺れは……?
「なんでも隠し味で『山椒』を使っているんだって」
「あのクソ妹!人の舌だと思って適当な料理を作り出しやがって!塩味とマヨネーズ味が舌の上から襲い掛かってくる上、凄い勢いで舌が痺れるぞ!」
なんていう料理を作り出すんだ。
この三年間で少しぐらいは進歩はないのか!?
「妹さんにクソなんて言ってはいけませんよ先輩」
「しかしなキャシー、この料理を食べたら誰でも「クソ」なんていう言葉が出てくるぞ」
俺はキャシーの口元にサンドイッチを運んでいき、食べた所を差し出すが、どこかキャシーが照れくさそうにし、ジュリが悲しみを微かに見せてくるような表情をする。
しかし、意を決したキャシーが一口だけ食べた瞬間に口元を押さえて顔を青くさせる。
食べたそうにしているジュリに俺はサンドイッチを差し出す。
キャシー同様に照れくさそうにしているジュリも恐る恐る口に運んだ瞬間、吐きそうな表情と顔面蒼白という言葉が合うくらいの色合いを見せる。
「分かったろ?あの妹は料理音痴というスキルを習得しているんだ。あいつの手にかかったらどんなプロ料理人のレシピも味覚破壊料理に早変わりする」
三年前から成長しないと思っていたが、むしろスキルとしては最低方向に成長したのではないか?
「しかしさ。料理音痴ってなんでまずい料理が出来るんだろうな。俺ってそう言うのよく分からないんだけど。料理なんてレシピ通りに作れば最低でも不味くはならないだろ?」
レクターの言葉にキャシーが驚きを隠せずにいる。
よく見ればマリアと朝比姉も驚きを顔で表しているのがよく分かる。
「こいつ……意外と料理が出来るんだよ。こう見えてもこいつシンプルな思考をしているから下手なアレンジをしようとしないからな。レシピ通りに作る。だからアレンジしようとしないんだよ」
ちなみに奈美はそもそもレシピを見ないで自分の感覚で料理をしようとする上、しかもそもそもの味覚が壊滅的なのでそのアレンジは最悪と言ってもいいだろう。
味見もしない上、見かけだけでもマシなのが出来るからパッと見はマシな料理に見えるんだよな。
「しかし、山椒なんてどうやって手に入れたんだか。ホテルにあったのかと思ったが、あそこ洋風だよな?欧米でも山椒って使うのかね」
聞いたこと無いな。
まあ、俺が聞いたことないだけであるのかもしれないから迂闊な事は言えないけど。
そもそも、海外の料理なんて興味が無いから何とも言えないんだよな。俺からすれば食べて美味しければなんでもいい気がする。
実際、作る料理はその時の気分で変わってくる。
「ソラって料理しっかり作れるよな?お母さんも作れる?」
「まあ、和食限定だけど。あの人洋食が苦手なんだよな。まあ作れないわけじゃないけどな。サンドイッチぐらいなら作れるはずだよ」
多分という言葉最後につくのだがあえて何も言わない。
「母さんが監修をしたわけじゃなさそうだけど」
「なんで?監修したのかもしれないじゃん?」
俺と朝比姉が笑顔で答えて見せた。
だって、そんなのは俺達の間では当たり前の事だからだ。
「「母さん(恵美さん)がキッチンに奈美を入れるわけが無いだろ?(無いでしょ?)」」
料理音痴を知っているが上に絶対にキッチンに居れようとはせず、奈美の料理をそっとゴミ箱に入れるような人である。
そもそも味見も嫌がるのでその徹底ぶりは中々。
「他の料理は中々じゃな。この………おにぎりという料理はうまいぞ」
「じゃあこっちのおにぎりは母さんぽいな。中身は何?」
ようやく料理音痴の料理爆弾ともいうべき攻撃から回復したジュリが記憶を手探りで探し出しながら述べる。
「確か……塩鮭、梅干し、ツナマヨ、辛子高菜、辛子明太子、エビマヨだったかな?あと……ロシアンルーレットをしたいってわさびたっぷりが一つだけ」
俺達全員の手が一斉に止まった。
マリアが食べたおにぎりは塩鮭だったので、残り十九個の内一つだけがわさびタップリのおにぎりという事になる。
俺達は手を出せずにいる。
サンドイッチは奈美が作った爆弾料理が潜み、おにぎりは母さん特性のわさびおにぎりが混じっている。
何なんだ?俺達があの二人に何をしたんだ?
手を出せずに制止する事一分。
隣の車両から歩いてやって来たガーランドと父さんがお弁当箱を食べている俺達の前で立ち尽くし、おにぎりをジッと見つめる。
ガーランドと父さんが一つずつおにぎりに手を伸ばし、一口ずつ口をするがガーランドがおにぎりを落とし口元を押さえながら崩れ落ちた。
「………あたりです」
「なんの……話だ?」
それしか言えなかった。
母さんが作った料理だからとか、ロシアンルーレットでわさびが入っていますと言えなかった。
すると父さんは「どうせ不味い具材でも入れてあるんだろ?お前も経験あるだろう。あいつは基本遊び心を持つって」と言うとガーランドは「そう言えば忘れていたな」と震えるような声を絞り出す。
残りのおにぎりは安全なので各々が手を伸ばして食べ始めると、父さんはサンドイッチの方にも手を伸ばし、口に付けようとする段階でいったん手を止めた。
そしてゆっくりとお弁当箱にサンドイッチを戻していく。
奈美の料理だって分かるんだな。
「父さんどうせだから奈美の料理だけ別にしてくれない」
そう尋ねると父さんは三つほどのサンドイッチを弁当箱の端に分ける。
俺は分けられたサンドイッチを手元の『ゴミ袋』と書かれた袋に容赦なく入れる。
「今妹の料理をゴミ分類した?」
「あんな料理ゴミと同じだ!」
力強い発言を前に全員がすっかり飲まれている。
「あいつの所為でどれだけ家族が面倒ごとに巻き込まれたか……」
足をガクガク震わせながら襲い掛かってくる恐怖の記憶を思い出す。
「小学校の時の林間学校であいつがカレーを作った。同級生と共に作った料理で同級生の五人が気を失うという恐怖の電話が母さんの携帯にかかって来たんだ」
全員の顔面が青くなっていく。
「母さんが漏れるような声で「何かの間違いでは?」と言っていたのは俺の記憶に深く刻まれている。母さんがあと少しで「うちに娘はいません」と言いそうになっていたし。母さんの中であの話は間違いなくトラウマだ」
母さんが親御さん相手に謝罪をしなくてはいけない事態になっているのだ。母さんは絶対に奈美に料理をさせようとしない。
なんて雑談に花を咲かせていると天井が揺れる音が聞えてきた。
感想は後編で!二時間後に!