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竜達の旅団≪ドラゴンズ・ブリゲード≫ 【呪詛の鐘の章】  作者: 中一明
ジャパン・クライシス
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ビヨンド 3

ソラと海の戦う前の話になります。

 大きな剣道場は二人で使う分にはあまりにも広すぎるが、今では人間の力を超えた『竜の欠片』を持っている俺事ソラ・ウルベクトと、呪術の力で限界を超えつつある存在の海。

 剣道場で正座しながら階段を昇る際に生じるのであろう鎧がぶつかる独特の音、視線を真直ぐに正面の出入り口に向けるとそこには先ほどの鎧武者が階段下から顔を覗かせており、俺の視線と確実にぶつかる。

 周囲にいる門下生が唾をのむ男を鳴らせ、ゆっくりと近づいてくる鎧武者である海に怯えた様子を見せる。

 俺はゆっくりと立ち上がり、剣道場の中へと入っていく海を俺自身は複雑な気持ちで迎え入れる。

 一体一で試合することを想定するにはこの道場は広すぎており、俺と海が立ち止まった場所の幅は三十メートルは有るだろう。

 海が仮面越しに睨みつけているような気がして、夏でもないのに汗が体中を不愉快に変えていく。

 ここにいる門下生が望み、俺が望まず、海が戸惑った戦い。

 しかし、それでも俺は逃げるわけにはいかない。

 ゆっくりと立ちあ上がり右腕を前にまっすぐ伸ばし、開いた右手に緑星剣を召喚すると素早く握りしめる。

 足のつま先や腕の先から星屑の鎧を召喚するとあっという間に全身にエメラルドグリーン色の竜を象った鎧を作り出すが、俺はそれを一旦取りやめた。

 これは俺個人の戦いなんだ。

 堆虎達を巻き込むことは出来ない。

 そう思うと開いた木製の襖から見える青空と海の背中に見える透き通る青、俺達の決着にこれ以上相応しい色なのかもしれない。

 星屑の鎧をそのままサファイアブルー色に染められた鎧を咄嗟に作り出す。

 握る緑星剣も同じサファイアブルー色に染められており、俺達はマスク越しに睨み合う状況が成り立つ。

「海………これは試合じゃない。個人的な戦いだ。だからこの戦いに剣道としてのルールは無い。だから、お前もお前がこれまで学んだ全てを俺にぶつけて来い。勿論俺も全てをぶつけてお前と戦おう」

 黙って頷く海に対し俺は安堵の息を吐き出し、もう一度剣を握りしめながら外で待機しながらこれから起きる戦いを見守る門下生と士官学生達、その奥で俺達の試合を笑顔で見守るレクターと信頼した面持ちと視線を送ってくるキャシー。

「お前の先を歩いた先輩として、お前が憧れる兄として、何より俺が俺自身である為に。この剣を振るう。これは試合じゃない。これは戦いだ。俺とお前の信念をぶつけ合う戦い」

 海は握る刀の先を俺にまっすぐ向け、俺は剣先を床に向けながら腰を低めに構える。

 長い沈黙が現場を流れる中、俺と海は切っ掛けを探り出していた。


 奈美は病院で眠る万理の隣で椅子に座りながらも俯く。

 今この病院には誰もおらず、みんなが忙しそうにどこかに移動している。

 万理の部屋のドアのノック音が聞えてくると急いでドアを開けるとその先には真っ白は肌に金色の髪をショートカットに切っているイリーナがそこにいた。

「イリーナ!どうしてここに?」

「うん。他のメンバーと違って私は制限されていないから。奈美が病院にいるって聞いたからね。どうかした?」

 奈美は尋ねられた途端表情を大きく崩し顔をそのままイリーナの胸元に押し付けて涙を流す。

 決して驚きはしないイリーナは奈美の頭を撫でる。

「どうなっているのか、この街で何が起きているのか………もう分からない。怖いよ。万理お姉ちゃんも予断の許さない状況だし、お兄ちゃんやお母さんもお父さんも別行動をしている最中だし、海君が殺してもまわっているって噂だし………もう追いつけないよ」

 奈美はイリーナに涙を流しながら愚痴を漏らす。

 ここ数日で一変した状況にまるで追いつけず、誰にも相談できないでいる奈美はその辛さをイリーナに打ち明ける。

 そんな奈美にイリーナは優しく微笑みながら奈美にだけに聞こえてくるような音量でバラードを謳いだす。

 そんな歌声を聞いているうちに奈美はある程度落ち着いていきそのまま歌を歌い終わったイリーナと共に万理の隣で座りこむ。

 イリーナに今までの事も、ソラ達が今何をしているのか分からないという事を全部告げるとイリーナは「そっか」とそのまま言葉を続ける。

「奈美はどうなって欲しいの?」

「仲良くなって欲しいけど………海君やお兄ちゃんが戦うなら邪魔できないけど、本当は戦ってほしくない」

 このまま戦ってほしくないという気持ちと同じくらい奈美には「邪魔したくない」という気持ちがある。

 イリーナもその気持ちは尊重したい、しかし同時に奈美には後悔無い選択をしてほしいという気持ちもまた存在している。

 イリーナはどうやって奈美と話せばいいのかと思案し、ソラという人物の事がふと気になってしまう。奈美や多くの人が語るソラという人間。

 イリーナから見れば強く英雄のような人間だが、奈美や周囲の人間からすればただ人間であり、同時に心配しながらも見守ろうとする存在。

 だからこそどうしてそこまでして大切そうに見守り、どうしてみんなが介入しようとしないのか。

「お兄さんの事………大好きなの?」

「………うん。でも………海君も万理お姉ちゃんもみんなも大好き。でも、私は弱いから……」

「奈美は弱くないよ。私がよく分かってる」

 返された素直な言葉に奈美は照れを隠そうとする。

「私は幼いころから歌が好きだったから歌手になりたいってずっと願ってた。ある日インターネットで拾ったと言っていた鐘の音を聞いてから私の歌声に奇妙な力が宿った。だからかな、私は自分の力が怖くなり力を使わないように伏せるようになったの」

「うん。聞いた。でも、今は違うの?」

「うん。マリアさんって人から力は使い方次第で、私が私自身の力を恐れているからコントロールできないって。だからね、もう止めたんだ。怖がることも、それから逃げることもね。それに………もしかしたらこの先私の歌がみんなを救うことが出来るかもしれない。そう思うと怖いって気持ちも無くなっていったの」

「すごいな。私は出来ないよ」

「出来るよ」

 イリーナは真剣な面持ちで奈美の両手を力強く握りしめ、偽りの無い満面の笑みを返してくれる。

「だって、力を恐れる私に手を差し伸べてくれたのは誰でもない奈美なんだよ。奈美と出会って私は歌う楽しさを教えてくれたんだよ。私の歌を聞いて嬉しい気持ちになってくれた奈美に私は救われた」

「私は何もしていないよ。イリーナが強いからだよ」

「ううん。確かに対して力は無いのかもしれないし、他の人に比べたら非力かもしれないけれど、でも弱いからこそ皆を心配しいざとなったら優しく声を掛けられるのは強さだと思うんだ」

 奈美はすんなり頷くことが出来そうにない。

 しかし、奈美の左手に触れる感触を覚えた奈美は視線を左手に向けるとそこには万理の右手が確かに触れていた。

 決して意識は無く、触れているだけで握っているわけでは無いが、それでも万理は何かを言いたいようなイメージを奈美に与えた。

「奈美は何がしたいの?それが全てだよ」

「私のしたい事……やりたい事?そんなの……」

 昔のように四人でまた一緒に笑い合いたい。どれだけそれが無理な事なんだとしても、海にも、万理にも、ソラにも笑って一緒にまた同じ場所で。

 その為にはソラと海の戦いを見届ける必要があるのは確かな事である。

「私………見届けるよ!お兄ちゃんと海君の戦いを!」

「うん!行ってらっしゃい!」

 奈美は病院から駆け出していき、迷うことなく道を進んで行くと階段を必死な思いでかけていき、そのまま剣道場が見えた所で大きな声を上げる。

「お兄ちゃん!海君!」

 その叫び声が引き金となり二人は跳躍と言ってもいい走りで駆け出していった。


感想は次の後編で!では二時間後に!

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