ビヨンド 1
いよいよ海との戦い前の前日譚となります。
海との出会いを俺自身―――――ソラという人間が細かく語ることは意外とできなかったりする。
何故なら海はあまり自分の事を語る事を嫌がり、家族構成の話も確か万理や奈美がしつこく聞いて初めて話したと記憶しておく。
だからだろう俺にとって海は可愛い後輩であり弟のようなものであり、これまでもこれからも。
どんな結果になったとしても、どんなに後悔をしても俺にとっても最大の結果を残すだけだ。
後の事なんて全く考えない戦い。
俺にとって戦う事が重要なんだ。
もう海から逃げてはいけないのだろうし、それに俺が逃げたことが海を万理を追い詰めたのだろう。
この三年間なるべく帰る事を考えないようしていたし、それはそれで俺にとっては楽しい三年間だった。
自らの役目を放棄して過ごした三年間、ジャック・アールグレイなど多くの人と立ち向かい、憧れの人を作り、目標の為に努力し、大切な友人や家族と囲まれて過ごした日々は何に変えても重要なものだ。
だから、その三年間で海や万理などこの世界の人々がどんな生活をしていたのか、どんな風に立ち向かっていたのか、どれだけやばい毎日を過ごしていたのかがよく分かる。
万理は両親を失い、海は俺がいなくなったことで目標を失いながら戸惑いと後悔しながら毎日を過ごすようになり、奈美も又全く前を向くことも無くただ毎日を過ごすようになった。
だから、俺が終わらせたいという気持ちもあるが、海や万理の気持ちに今更ながら向き合いたいという気持ちも存在する。
三年前には向き合えなかった二人の気持ち、正直ガーランドと話をするのは嫌なのだが、海の事を想えば我慢することは出来る。
それに、ガーランドの背中を見たあの時海と向き合ってみてもいいかもしれないと思うよになった。
きっと、この三年間は皆と向き合うために必要な三年間だったのだろう。
俺は強くなっている。
三年前に逃げてしまった気持ちと今向き合う時が来た。それが俺にとって最も辛くキツイ戦いになるとしてもだ。
万理の為にも、奈美の為にも、ガーランド夫妻の為にも、何よりも死んでいった海の両親の為にも俺は立ち向かうべきなのだろう。
王島聡がどこまで思案し、どこまで計画したのかなんて俺には全く考えていないわけだが、それでも逃げるわけにはいかない。
王島聡の事は別に考える。
今は目の前の戦いに集中する。
きっとジャック・アールグレイは俺の見て「愚かだな。物事の順番を考えれば何が重要かなんて判断できるだろ」と言うのだろうな。
あの男は人間関係よりも利益を重要に考える思考の持ち主で、その為なら元々の世界を見捨てるような決断すら簡単に決めて見せる。
だが、それでいいんだ。
あの男が俺の前に再び立ちふさがるのならその時は立ち向かうだけで、俺にとってはそれだけでいいんだ。
ジャック・アールグレイはソラ・ウルベクトにとって一生の天敵なのだから。
そして、海は俺が認める限りレクターに続くライバルだ。
予期好敵手で会って欲しいし、同時に俺にとって大切な後輩で、そして弟のような存在でいてほしい。
逃げることは許されない。
真正面から挑む。
逃げたりなんてしない。
正直体調も万全とは言い難く、ここ数日の連戦が響いているような状態で、ほとんど寝ておらず睡眠もまともに取れていないし、ノアズアーク戦がどこまで俺の体に疲れを与えている。
全身の疲れ気怠さ、焼けど等の怪我、睡眠不足が眠気として襲い掛かる。
万全とは言い難い状況でも立ち向かう。
神経を研ぎ澄まし、全身の筋肉を少しでも万全の状態にしようと俺は意識を集中させる。
ジュリはシャドウバイヤと共に来た道を戻っていき、朝比とマリアの二人と合流後二人が調べてくれた場所へと向けて歩き出す。
王島聡の居場所かもしれないという場所をシャドウバイヤが見つけ出したのだ。
それも、先ほど立ち寄った万理のマンションに入った際に、万理に日記から微かにだが呪詛の鐘の『匂い』と言ってもいい不思議な感覚を覚えたそうだ。
それもその日記が万理が中学時代からつけている日記で、その中にある中学時代の日記に『呪詛の鐘』の匂いが付いていた操舵。
それ自体は微かな臭いであったが、その匂いを頼りにシャドウバイヤは二か所ほど匂いが強い場所を見つけ出した。
長期間その場所に置かれていた可能性が高い。
その場所の1つは万理の下の家、そしてもう一つがこの町のはずれにある古ぼけたアパートの二階である。
双明荘と書かれたアパートの前はコンクリートで舗装された道路と砂利道がかすかに残る街並み、左右の家もどこか古さを残す家並みで、坂の上という事もあり立地条件も悪く一部屋も安いアパート、実際の不動産やなどでこのアパートの値段を見ても極端な安さを誇る。
二人に案内されるがままにこの場所までやってくると、シャドウバイヤは顔にしわを寄せながら目の前にあるアパートを睨みつけている。
「間違いない。このアパートから強い匂いを感じる。今あるかどうかは流石に分からんがな」
「入りましょ。あるかどうか入れば分かるわ」
「でも、どうやって入りましょうか。ここはマンションとは違って管理人もいませんし、入る為には鍵がいりますよ」
シャドウバイヤは片手を振りながら真直ぐ玄関の鍵穴に触れる。
すると「ガチャン」と言う鍵が開く音がするとそのままゆっくりとドアが開かれていく。
「先ほどはしなかったがな、これぐらいは私には出来る。さあ、見られる前に入る事にしようか」
なんて言いながらジュリ達は室内に入っていくと、中は人が住んでいたのかどうかが気になるぐらいに閑散としており、まるで生活感が見えてこない。
布団やテーブルはおろか冷蔵庫すらないのが現状でどうやって過ごしているのかが分からない。
この室内で生活感を出しているのはレンジと洗濯機、歯ブラシなどが洗面所に置かれている。
「なんか……寂しい部屋じゃの。生活をしておるようには見えん」
「ええ。何かしらね。寂しくもあるし………あえて生活感を消しているのかもしれないわ」
マリアと朝比の会話を聞きながらジュリはキッチンの中を歩いて回る。
ゴミ箱にはコンビニ弁当などが強引に突っ込んでおり、食器類すらないことに驚きを覚える。
すると、上の棚の中に一つだけ女の子が使うような食器が置いてあり、それを手に取って触れてみる。
「妹さんの食器かな?でも………大分使っていない様な感じがするし」
「フム。最後に触れて一年近くが経過しているな。妹がいたが亡くなったと言った所か?」
優しく触れるとその食器の側面に可愛らしい文字で『てまり』と書かれている。
ジュリは食器を元の場所に戻しつつ、キッチンから出ていく。
「本棚は無いようじゃの。どうする?ここには無いようじゃし、このままいったん戻るか?それとももう一歩の場所まで行ってみるか?」
「そうですね。でも、もう一方の場所は万理の家なんですよね。今でも誰も住んでいないはずですけど………、中は当時のままかしら」
「あの!こういう事って本当はいけないことなのかもしれませんけど………行きませんか?やっぱり万理さんの両親が国にどうやって関わり、どうやって三年前の事件に繋がっていくのか分かるかもしれませんし」
マリアと朝比は黙り込み思案顔で少しだけ考える。
「そうだな。問題はどの時点で『呪詛の鐘』が王島聡の手に渡り、どういう経緯がそこにあったのか。そして、そこに神隠し事件がどのような形で関わってくるのか。やはり当事者の記録を探す必要があるかもしれないな」
シャドウバイヤの言葉を聞いていると三人の行き先は自然に決まり、三人はそのまま歩いて万理の自宅まで行くとにした。
真実へと向かうために。
感想は後編にでも!では二時間後に!