空は海を羨みながら海は空を羨む 5
海との戦う前のお話になります。今回は海サイドのお話になります。
太陽は真上を向きつつあり、手術室を含めて病院内は運び込まれた警察や自衛隊関係者で一杯一杯になっている。
その全てが海の手によって傷ついてしまった者達だ。
どうやら警察関係者や自衛隊関係者はよっぽどこの街で『呪詛の鐘』を見付けたいらしく、必死にこの街に人間を送り込んでいるが、その全てを海が殺して回っているらしい。
海が何故侵入者を殺して回っているのかは父さん達の調べてすぐに分かった。
「呪詛の鐘の所有者を探る者を探し出して殺して回っているんだろうな。実際にガイノス兵の中で襲われたという報告が上がっている。最も無理のない範囲に行動しているらしい」
病院の病室は一杯一杯で最悪は廊下にすら怪我人が横たわっているような状態で、俺は足の踏み場の無いまま万理の病室前まであっという間にたどり着き、病室前のドアの辺りをウロウロしている有様である。
別段面会途絶なんてことは無く、母さんたちは先にこの中で着替えなどを中に入ったり出ていったりしている。
しかし、意識は未だに戻っておらず室内は心電図モニターの音だけが響いており、外に居てもそれが聞こえてきそうだ。
ゆっくりと病室のドアを開け、俺はゆっくりと室内に入っていく。
慎重に足跡を鳴らさないように抜き足のような速度で入っていき、俺は万理の枕元に立ちそのまま前髪をゆっくりと触る。
眠るように静かに横になっており、身動き一つしないその体。
微かに空いた窓の隙間から風がカーテンを揺らし、呼吸用の酸素マスクが彼女が呼吸をしているという唯一の証拠でもある。
海と戦ってからずっと迷っている。
海と戦うべきなのか、それとも戦わない道を模索するべきなのか。
いや、分かっているんだ俺は海と戦う事をどこかで拒否しているんだ。
このまま海と戦えば殺し合う事は分かっており、それ故に体がどこかで拒否している。
「なあ万理。俺はどうすればいいんだと思う?俺は何をすればいいんだ?海を知っているからかな。戦う事がどうしようもなく怖いんだ」
前髪を撫でながら俺の意思をまっすぐに向ける。
今までの敵とは違い、俺は殺し合う相手に殺意を向けることが出来そうにない。
ジャック・アールグレイはそもそも出会いが最悪だったし、クーデター事件の時は既に化け物と化していた。
だから戦えたんだ。
でも、海は違う。
俺は海と試合をすることにはためらいなど持たないが、殺し合いだけは全くの別だ。
正直に言おう。怖い。
海と戦う事がではない。
殺し合い、殺すことがどうしようもなく怖い。
「殺意を向けられることを俺はしたんだよな。あいつからの想いから逃げた。全てはあの試合の繰り返しをどうしてもしたくなかった。怪我をさせたくなくて、俺はあの試合の事をどこかトラウマに感じていたんだな」
怪我をしてしまった相手選手を見たとき、腕を強く抑えたその苦痛の表情は今でも忘れられない。
「海は俺と違って将来を約束されたような選手だ。そう思う事で俺はいつの日か逃げる事しか考えないようになった。師範代の意見にも俺は逃げるための口実にしたんだな」
前に進むことを望みながら、逃げることを選び取った。
俺の三年間と海の三年間はきっと正反対の三年間だったのだろう。
苦しみや悲しみと喜びに満ちた三年間を送った俺と、停滞や後悔で満ち溢れた三年間を送った海。
正反対の三年間が今海に俺への殺意を抱かせたのだろう。
「海を知る事が海と戦う唯一の道だと思うよ。だから………俺のルーツに行こうと思う。俺が剣を目指した場所と海が剣を志した理由を知りたいからな」
俺は黙って部屋から、病院から一人で出ていった。
何故海が剣を志したのか、その理由は海自身の家には存在しない。
海は自分の痕跡や理由を親に見せる事をとにかく嫌がった。
学校での行動も全ては両親に筒抜けになってしまうので、海が自分の痕跡を残す場所はこの街では限られてくる。
剣道場以外で海が痕跡を残す場所は一つしか存在しない。
両親のお墓にある寺しかないだろう。
確かあそこは海の両親の遠い親戚がいたはずだし、小さい頃海は良くあの寺に遊びに行っていたのをよく覚えている。
俺は寺の大きな門をくぐり、テラの中へと入っていくと住職さんの案内で海が良く使っていた部屋に案内されるとそのまま俺は本棚から低い机の上、畳で出来た床を歩きながら部屋の中を回ってみる。
本棚の中には日記こそ存在しないが、家族の写真の入ったアルバムは置いてあった。
「海君はね。今の両親から昔の親の事を探すことを禁止されていたんだよ。だから、ここでだけは海は自分の親の事を知る事が出来た場所だからね」
アルバムの写真には海の両親事この世界のガーランドが剣道着を着てこの世界の父さんと仲良さげにしている写真ばかりが目立つ。
「師範代の写真もあるな。師範代とこの世界の父さんと海のお父さんは同門出身者だったのか。師範代はあまり自分の過去は語らないから分からないんだよな………すごいな師範代より実力は二人の方が上なのか」
高校の時の写真。
この世界の俺の父さんが全国大会優勝で海のお父さんが準優勝の表彰状を持っている。
「同い年か?いや………階級別だからか。という事は二人共同じ階級って事になるよな?」
俺はそのままアルバムを本棚に戻し、剣道に関する書物に手を伸ばして適当なページを開いた瞬間である。
本に挟まった紙きれが落ちていく。
俺は本を畳の上に置きそのまま紙きれを拾うと紙きれに書かれている幼い文字が視界に入ってしまう。
『お父さん。お母さん。元気ですか?僕は元気です。お父さんが剣道をしていたので僕も剣道を始めました。面白いです。お兄ちゃんとお姉ちゃんが出来ました。優しいです。お父さんとお母さんに会いたいです』
父親と母親へと向けた届かない手紙。
最後の文字の所には涙で滲んだ後が付いており、俺はその手紙を本に戻しそのまま本を閉じたまま本棚に戻す。
海自身が両親への渇望。その裏にあるのは今の両親から受けるストレスもあるのだろう。それは昔から続いている事でもある。
「海君が剣道を始めたのはお父さんが剣道をしていたという話を聞いたからなんだよ。小さな剣道場だったけどね。人数もそんなにいなかったはずだよ。私が聞いた話だと海君のお父さんも実力も高くて剣道場を継いでほしいって言われたそうだよ」
住職さんの言葉を受け、父さんが言われなかった理由がどうしても知りたくてそれとなく尋ねると住職さんは「勝手な剣術を覚えていって人に教えるのは向いていなかったから」と言うのが分かり、同時に遺伝子的なつながりを感じた。
俺と同じで父さんも勝手な剣道をしていたせいで強くはあったが人に教えるには不向きだったのだろう。
「でもね。二十代になってから癌を患うようになって、その話を断ってしまったんだよ。お母さんの方は心臓病で元々体が弱く。二人は海を独りぼっちになるのではと心配していたよ。そんな矢先にソラ君のお父さんが亡くなってしまってね」
連鎖的な死が起きたのか。
俺からすれば昔の事であまりピンとこない話でもある。
父さんの事なんて写真でしか知らないし、今の父さんがいるからあまり気にしない。
「海君のお父さんは少々強引な性格で体格が良い分初対面で怖がられる所がある人だったよ」
どうしてだろう。ガーランドの姿と性格が思いっきり思い浮かび、ここに居なくてよかったという気持ちになる。
「でも、一人残すことになる息子の事は随分気にしていたよ。ああ見えて一人に寂しくなくタイプだからね」
それはなんとなくわかる。
墓場で泣いていた時と言い、周囲の前では強がるくせに一人の時は涙を流すような性格をしている。
「息子の事を奥さんの事をずっと考えているようだったよ。それでもね。ソラ君のお父さんが生きているときはまだ元気が良かったんだけどね。死んでから二人共一気に生きる気力を失っていったよ」
俺はもう一度アルバムを開きながら一枚の写真を手に取る。
写真には俺の両親と海の両親の四人が仲良さげに笑いながら写真に写っており、写真を見るだけで非常に仲が良かったのだろうことは考えるだけ野暮だろう。
「特に四人は仲が良かったよ。結婚後も付き合いがあったはずだしね」
「見ていれば分かります」
「私もショックだったよ、まるで呪いが降りかかったように連続で亡くなったからね。生き残った彼女が可哀そうだったよ。だからかな。最近仲良さげに似ている人と一緒に歩いている姿を見て安心したよ」
俺は写真をポケットの中に入れる。
感想は次になります。では二時間後!