4´.モブな少女と学園サイクル②
「そうか、Aちゃんは漫画の世界出身だったね。それならこんな状況にも慣れっこなのかな」
「そうだと、よかったんですけど……私はモブなので。きっと皆さんの役には立てないと思います」
ただ、その上でAはモブの自分がなにもできないことを理解している。今までだってそうだ、図書室で立っているだけ、雑魚敵の一人、ただの通行人……。色々なモブをやらされたが、どれも自分である必要は感じられなかった。こんなモブを再利用して戦わせる? 無意味な話だ。
「――なるほど、Aちゃんがどういう娘なのか分かってきたぞぉ。どうやら前の世界では相当厳しい生活をしてきたようだ。ふふ、今君は自分が役に立たないといったね? ならその考えを捨てさせてもらおう! まずは、これを見てくれたまえっ!」
「…………?」
こちらの暗い表情を見てサダエは優しく微笑むと声高らかに片手を挙げる。天井に向けられた手のひら。その先をAは意味も分からずにボーっと眺める。――するとその瞬間、なにもないはずの虚空から蒼白い炎が湧き出してきた。
「――――っ!?」
全く熱を感じさせないその炎はAの眼前をフワフワと浮かんでいくと、壁際にある棚からティーカップと皿を運んでくる。生き物ではないなにかが紅茶をカップに注ぎ、スコーンのような食べ物を皿に並べる奇妙な光景にAは唖然としていた。
「ふっふっふ、驚いてくれたようでなにより! やっぱり、こうして見てもらうのが一番手っ取り早いね。さぁ、朝食もまだだろう? 大丈夫、わたしの人魂はしっかり消毒してあるからね! 安心して食べたまえ」
「は、はあ……。い、いただきます」
テーブルに並べられたスコーンを恐る恐る口へと運ぶ。サダエの言葉通りに消毒がしてあるのかはさておき、ほどよい甘さのスコーンと紅茶の相性は見事に噛み合っていた。
Aはひとまずちゃんと食べられるものだったことにそっと胸を撫で下ろす。
「ふふ、気に入ってくれたようでなによりだ。これならわたしの人魂ちゃんも喜んでいるよ」
「人魂……。あはは、サダエさんは本当に幽霊なんですね」
「もちのろん。わたしは幽霊ができることであれば大抵のことはできるよ。例えば――ほら!」
自慢げに周囲の家具を浮かび上がらせる幽霊学長。その光景はまさに心霊現象に違いなかった。正直、透明化や空中浮遊ができるくらいだと思っていただけに、ここまで幽霊らしいことができるとは驚きだ。
「さっ、パフォーマンスはこの辺にして、本題に入ろう。さっき見せた通り、この世界にはいわゆる能力というものが存在しているんだ。まあ、どんな待遇であったとはいえ漫画という世界に身を置いていたのなら、それ以上の説明は必要ないかな?」
「……はい。モブだった私はともかくとして、そういった異能を設定された主役の皆さんもいたと思います」
以前、主人公が活躍するためだけの演出として、無数に立ちはだかる敵に配置されたことを思い出す。いわゆるバトル系ギャグ漫画で手からビームを出したり、口からビームを出したり、とにかくビームを出したりと、文字通り無茶苦茶な漫画だった。あまりの展開にすぐ打ち切りとなったことは今でも覚えている。
まあ、さすがにあそこまでぶっ飛んではいないと思うが、能力といえば常人には不可能なことでも可能にしてしまうものという認識であっているだろう。そして、丁度良くこの世界には平和を脅かす存在がいるらしい。それはつまり――、
「――つまり、その、なんでしたっけ……ゲーター? と戦うためにその能力がある。そういうことですか?」
「その通り! 扉から来る者、ゲーター。奴らは異界からゲートを使い現れる神出鬼没な存在なのさ。そんな強敵がいるんだ。人類にも対抗手段がないと割に合わない。――普通ならそのはずなんだけど……」
そこまで言ってなぜか歯切れの悪くなるサダエ。その白髪をいじりながら苦笑している。
Aは少しだけ顔を強張らせつつ、サダエの口が再び開かれるのをただ静かに待った。
「――まぁ、ぶっちゃけるとさ。この世界の人間、結構弱いんだ。当然、飛び抜けて強い人もいるよ? でも大多数はゲーターとまともに対峙することすら叶わなかった。このままだと人類はゲーターに蹂躙され、滅亡する道を辿っていただろうね」
はぁ、とサダエは大きく息を吐く。なんというか、どこか他人事のようだった。いや、これは自分たちとは別の世界の出来事なのだ。むしろそのくらいの意識の方が正常なのかもしれない。
「でも、この世界……まだ滅んでいないですよね……?」
そう、少なくともこの学園サイクル周辺の草原は青々としていて、かなりの敷地を誇る学園内にも自然が存在している。それは昨日サイクルへと案内された際に確認できていた。確かに昨日ゲーターという脅威との戦闘はあったようだが、滅亡とは流石に言いすぎではなかろうか。
「もちっ、この世界は滅びていない! なんたってわたしたちという存在が来たんだからね。当然、〝たち〟には君も入っているよぉー?」
「私も――ということは、異世界人ってことですよね。でも、お、おかしくないですか? この世界の人は一体どうやって異世界を認知して……。普通、そんな考えに行きつかないかと」
そもそも正常な思考ならば「どうやら自分の世界とは別の世界があるようだ。ならそこにいる人を呼び寄せればよいのでは?」とはならないはずだ。事実、Aもギャグ漫画の世界にいたときには巻頭カラー以外でこんな色彩に溢れた世界が存在するなど微塵にも思っていなかった。
するとサダエは手を広げながらおどけてみせる。
「いやー、普通そう思うだろ? でもね、リアースが誇る大国、ラービッシュは気がついちゃったのさ。ゲーターが異界から来るのなら、そもそもこことは別の世界だって存在するんじゃないかって」
「なる、ほど」
ゲーターとはゲートなるものを使い異界から突然現れるらしい。ただ、それはゲーターの存在が異世界の実在を証明していると捉えることもできる。だからといって、その世界に同じような人間がいるとは限らないのだが――いや、それだけこの世界は行き詰っていたのだろう。
「まぁそれで一か八かの大博打、リサイクルなんてシステムを作っちゃたらしいよ。当然、相当な犠牲を払ってね。全く、戦力を得るために戦力を失っては本末転倒だろうに」
「ははは……。確かにそうですね」
「だろう? けどね、結果的に彼らの計画は成功した。なんと実際に呼び込んだらびっくり、異世界人が軒並み強力な能力を持つことが分かっちゃたのさ。要は一から百を生み出すことができちゃったんだね」
「それは、その……私もですか……?」
少しだけ自分の気持ちが昂るのを感じる。今の話が本当なら、もうすでにAにも能力が備わっていることになるからだ。正直、強力な力などモブには与えられないだろうが、それでもただのモブにはない個性を得られるならこんなに嬉しいことはない。
「やっと話したての明るい顔になってくれたね! Aちゃんは紛れもない異世界人なんだ。きっと素敵な能力に目覚めているはずさ。丁度今読んでいるからもう少し待っていてよ」
「読んでいる……? 良く分からないですけど、分かりました。――それで、異世界人の活躍でリアースはどうなったんですか。その、平和になったんですか?」
唐突な読むという言葉は気になるがそれよりも知りたいことを優先させる。異世界人が普通よりも強いことは分かった。だが、肝心の世界が救われたのか。それをAはまだ知らない。
Aの指摘にサダエは首を横に振る。
「――それがそうでもなくてさ。さっきも言ったけどリサイクルできるのは世界から見捨てられたモノだけなんだ。結局想定しているよりも戦力は揃わなかった。昨夜だって酷い戦いだったしね。でもまあ、滅亡を回避できただけでも感謝してほしいよ。ほんと」
「…………」
「まっ、なにが言いたいかといえばね。こんな幽霊でさえこの世界からしたら結構な能力者なんだ。だから、Aちゃん。――君がこの世界で役に立たないなんてことは絶対にない!」
「そ、そこまで言ってもらえるのなら、信じ、ますっ」
Aは俯きっぱなしだった顔をしっかりと上げる。なにか、光が見えた気がしたからだ。たかがモブでもなにかの役に立てるのなら。サダエの言葉には確かにそう思わせるなにかがあった。
「うんうん、女の子はやっぱり笑顔が一番だね。それじゃあ、なにか質問はないかな? なければ話はここでしめようと思うのだけど」
質問、そう言われると何故だかなにか尋ねなくてはという気持ちに駆られる。今までの話を聞いて疑問に思うことはなかっただろうか――と考えるも、案外答えはすぐに見つかった。
「それじゃあ、一つだけ。どうしてリサイクルされるのは学生だけなんですか。学生ってことは大人は再利用されないんですよね?」
考えてみれば当然の疑問だ。ここは学園なのだ。教師がどうなっているのかは分からないが、少なくとも生徒は子供のはず。けれど、ゲーターとの戦闘に子供だけを使うというのは合理的でないような気がする。大人も使った方がより優位に立てるのではなかろうか。
「そんなの簡単簡単。単純に大人より子供の方が扱いやすいからだよ。リサイクルは再利用できる年齢をある程度設定できるらしいからね。ち・な・み・にぃ! わたしは大人だからねっ! 享年がこの姿だから誤ってしまったらしいけどぉ。しかも、わたしが幽霊で無害だと分かったとたん、学園長に任命してきたんだよ!?」
バンッ。テーブルに手を乗せ身を乗り出してくるサダエ。Aはその勢いに多少押されながら、
「えっと、それは……失礼な話です、ね」
いや、実際本当にひどい話だ。自分たちの都合で呼び出しておいて、不具合があったらからと大役を押し付ける。リサイクルを作ったラービッシュとは一体どんな考えで動いているのだろう。
「そうだろう!? まぁ、それはそれであんな国から君たちを守れる立場になれたからいいんだけどね。ラービッシュはゲーターが現れるたびにこき使ってきたからさ。せめて学園生活だけでも平和に、ね」
こちらが同調するとサダエは嬉しそうに笑顔を向ける。なぜこんなに若い人が学園長を務めているのか最初は分からなかったが、どうやらサダエにも色々と苦労があるようだった。