3´.モブな少女と学園サイクル①
「それで、これからどうするの?」
一般的なそれよりも少し広い廊下を二人して歩きながら、Aは尋ねる。
「取りあえず学園長室に行こう。昨日は慌ただしくってロクな説明もなかったんだろうしな」
「あ、やっぱり学園長さんとかもいるんだ」
「んー、まあ一応な。つっても全然学園長ぽくないし、身構える必要なんかないぜ?」
「そっかぁ、なら少し安心かも?」
学園長、一体どんな人物なのだろうか。Aの記憶では学園長といえば厳格なイメージだが、タクトの話を聞く限りそうではなさそうだった。
話しやすい人ならいいなと思いながら、階段を使い二つ上の階へ。今さっきいたのが三階なので学園長室は五階にあるのだろう。
「ほら、あれが学園長室だよ」
階段を上り終え角を曲がった先に見える学園長室の文字。どうやら目的の場所に到着したらしい。そのいかにもな入口にAは表情を強張らせる。
「や、やっぱり、なんか緊張してきたよっ」
「大丈夫だって。てか、昨日も会ってる人だからさ」
見るからに緊張しているAに笑みを浮かべながら、トントンと扉をノックするタクト。数秒後、中から「入っていいよぉ」と女性の声が聞こえると彼はそのまま扉を開いた。
「サダエさん、エイを連れてきたぜ」
「し、失礼しますっ!」
タクトに続けて部屋の中へと入る。パッと見た限りでは他の作品でもあったような一般的な内装に見えた。
両サイドは本棚に囲まれていて、正面の壁はガラス張り。中心よりも少し奥に設置されている机は学園長用だからだろうか。目の前のソファーやテーブルよりも高級感を漂わせていた。そして、その机に腰掛け手を振る女性が一人。どうやら、彼女が学園長のようだった。
「やぁ、よく来たね。モブ少女Aちゃん、昨夜は慌ただしくって申しわけなかった! 本当なら昨日のうちにいろいろおしゃべりしたかったんだけど、うまくいかないものだね」
「――昨日の幽霊の人!? えっ、学園長さんだったんですか!? 私てっきり同じ生徒なのかとっ」
「あっはっはっは、よく言われるよ。こんなピチピチの女子高生ボディーじゃあ勘違いするのも無理ないかなっ!」
その白い髪をフワフワと漂わせながらニヤニヤと笑う女性にはタクトの言った通り見覚えがあった。というのもこっちの世界に飛ばされて最初に出会ったのが彼女だったのだ。なにやら大変な状況で来てしまったためほとんど話す機会はなかったが、学園の長だったとは驚きだ。
目をパチパチとさせるAに「まぁ、座りたまえよ」とソファーをすすめる学園長。Aは言われるがままにそのふかふかのソファーへと腰掛ける。ふと一緒に部屋へと入ったはずのタクトに目を向けると、なにやら窓側で外の景色を見ているようだった。
「さて――っと、まずは自己紹介が必要かな! わたしは〝死後の世界〟出身のサダエ・シンレイ。ここで学園長なんてものをやらせてもらってるよ。君も知っての通り幽霊なんだが、わたしは極めて善良な幽霊だから安心したまえ!」
「は、はい! サダエさんですね。これからよろしくおねがいします」
差し出された手と握手をする。もちろん霊体であるサダエの手はこちらから掴むことはできない。それでも、どうやらあちら側からであれば触ることができるらしく、そのうっすらと透けている手はなんとも不思議な感触だった。
「あぁ、Aちゃんの手は暖かくって気持ちがいい。やはり生きている女の子に触れるのは――って、そうじゃないそうじゃない。それじゃあ改めてっ。こほんっ、異世界リアースへようこそ! そしてぇーっ、学園サイクル入学おめでとう! わたしたちは君を歓迎するよ」
「リアース……。学園……サイクル……」
未だに自分がどこにいるのか分かっていなかったAはようやく耳にしたその名を呟やく。どうやら、この世界はリアースといい、今いるここは学園サイクルという場所らしかった。サイクル。なんだろう。似たような言葉をどこかで見かけたような気がする。
「ははは、学園の名前には特に意味はないんだけどねー。いや本当に。ここはわたしも含めてリサイクルされた生徒が通う学園だからさ。そこから取ってサイクル、ただそれだけだよ」
「――リサイクルされた生徒? それはどういう」
「そのまんま。いらなくなったものを再利用。それがリサイクルシステム。ようは色々な世界からいらなくなったモノを再利用してこのリアースに呼び込むのさ。君にも覚えがないかな? リサイクルという言葉に」
「…………………っ!」
言われて思い出す。リサイクル。その文字は確かに目にしていた。そう、ここに飛ばされる前だ。確かにそんなタイトルの通知が来ていた。その時はいつものモブ招集かと思っていたが、どうやらあれは違ったらしい。
「その反応、やっぱり見たことがあるようだね。まぁ、そもそも見てないと君はここにいないわけだけどさ」
サダエはこちらが驚く姿を見ると満足げに笑う。Aの反応も予想通りといった様子だ。
「でも、いったいなんの為に私はリサイクルされたんですか? 正直、なにかを期待されても私はなにもできません。モブなので……」
当然の疑問を口にする。Aをリアースに呼ぶ意味を見いだせなかったからだ。いらないものを再利用するということは分かったが、自分に再利用する価値があるとはとても思えない。
Aの問いにサダエは苦笑しつつ、
「あはは、随分とマイナス思考だなぁ。まぁいい。なら、単刀直入に言うとだね。リサイクルされた生徒たちには、このサイクルで二つのことをやってもらうことになる。まず一つ目は――学園生活を存分に楽しむこと」
「え、そんなことなんですか……?」
学園生活を楽しむ? Aは呆気にとられた顔で首を傾げる。もっと無理難題を押し付けられると思っていただけにこれには拍子抜けだった。
「いやいや、これは相当なことさぁ。だってここにいる生徒はもれなく世界からいらないものとして扱われていたんだよ? 当然みんなろくな経験をしてきていない。だったら、せめてこのサイクルで青春を取りもどさなきゃ! みんなまだまだ若いんだからさっ!」
なるほど確かにその通りだ。再利用されるくらいの存在が、ごく普通の人生を送っていたらおかしい。それは自分自身が証明している。――Aにはその人生経験すらもないのだから。
「えっと、もしも本当にそんな生活が送れるのなら、嬉しいですけど……。でも、それなら二つ目の役割はなんなんですか?」
「んー、二つ目は――とある国からの命令でこの世界を脅かす怪物、ゲーターと戦うこと、かな。まぁ、その、物事には対価があるってことだね」
対価。その言葉にAは少し俯きながら、
「……ゲーター、戦う……。やっぱり、そうなんですね」
「おや、やけに冷静じゃないか。この説明すると大体の子は多少なりともリアクションを取るものだよ?」
「昨日皆さんが戦っているの、遠くから見てたので。その、そーいう世界観で、もしかしたら自分も戦うのかなぁーとは薄っすらと」
やはりというか、この世界は日常系ではなく、戦闘有り、怪物ありきのファンタジー世界のようだった。むしろこの世界観で異世界から人を呼び寄せるのなら、戦力以外の期待などありえない。一つ目の役割にはある意味驚かされたが、こちらに関しては大方予想通りだった。