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15.金色の獣王

「やーっと行ったわね」


 タクトが無事に通路を抜けたことを確認するとターニャはそっと胸を撫で下ろす。まったく自分の幼馴染ながら世話が焼けることこのうえない。〝自分の為に他人を助ける〟。それがタクトの生き方であり彼の良いところなのは間違いない。


 けれど、その瞬間は目の前に夢中になってしまい、優先すべきことを忘れるという欠点もある。だから、無理やりにでも道を作る必要があったのだ。いや、もっと前からそうすべきだった。


「んにゃぁーー」


 数えることすら馬鹿らしく思える程の敵を前にしてもターニャは普段と同じように軽く伸びをした。すると後方から軽い爆発音が聞こえてくる。


「――ほいっと。はいはーい、通路も破壊しましたし、これだけでも十分足止めになったと思いますよ」


 手をパンパンとはらい隣に立つのはノースだ。なにか後ろでごそごそとしているとは思ったが、通信機を爆弾代わりに通路を破壊したようだった。その証拠に後方にあったはずの通路は爆発によってもはや通過できない状態に様変わりしている。


 それはつまり今自分たちがこの大部屋に閉じ込められたことを意味するのだが――まぁ、些細な問題だ。


「ほら、ノース。ぼさっとしてないでさっさとこいつらを片づけるわよ」


「分かってますよー。あ、でもその前に一ついいですか?」


「……なによ。この状況でどうしても言わないといけないことなんてある?」


「そう言われるとそうでもないんですけど……。ターニャ先輩的にどうなんですか? タクト先輩が、その、ユキ先輩だけの主人公になるって話」


「ほんっとに今聞くことじゃないわね。何度も言っているでしょう? ウチはタクトに家族以外の感情を持っていないの。だからユキが誰を好きだとしても、タクトが誰を一番に考えたとしてもウチはなにも感じないわ」


「……そうですか。ならいいですけど」


 少し嘘をついた。今の状況になにも感じていないわけではない。そう、すこしだけ、ほんの少しだけだ。()()()()とは思っている。


 ただこれは別にタクトがシラユキを選んだからとかではない。単純に〝他者を好きになれる〟というなんてことのない感情が羨ましいのだ。動物だけの世界で暮らしてきたターニャには人と人との恋愛が理解できない。だから同じ〝人間〟として、当たり前のように恋をすることのできる親友達のことが羨ましい。今抱く感情を強いて表すのならそれくらいだ。


「――はぁ、分かったらさっさと入れ替わりなさい。アイツらだっていつまでも待ってはくれないんだから」


「分かってますって。ってことで――第六人格、人狼。「おーぉ、俺達の食料がわらわらと! なんだよこれ全部噛んでいいのか!?」」


「えぇ、むしろ雑魚は全部押し付けるつもりだったから。ノーズ、いけるわね?」


「おうよっ、成長しきったゲーターは噛めねーし、はなっから俺達の狙いはあの有象無象だぜ! むしろ大変なのはターニャ先輩の方だろ?」


 首を傾げこちらを心配してくるノーズをターニャは一瞥する。


「ふんっ、余裕よ、余裕。デカいだけの人形なんてウチの敵じゃないわ」


「やっぱそうだよな! くぅー! 久しぶりにターニャ先輩の本気が見れるなんてたまんねーなぁ! こんなんもう我慢できねぇよ! 俺達は先に行くぜッ!!」


 喜々として敵の群れに飛びこんでいくノーズ。なんというか、なんだかんだで慎重派のノースとはやはり正反対だ。少なくとも小人の首を噛みちぎり天に向かって雄叫びをあげるなんて人外的行動は決してとらない。



「さぁッ、人狼ゲームを始めるぜッ!」



 噛み、屍となった小人の上に足を乗せノーズが咆える。


「――けど悪いなぁ! 残念だが、役は全部俺達が取っちまった! だからよーぉ。なんの力もねぇお前ら市民共はッ! 「私達に占われて、守られて、飾られて!」俺達に騙されて、化かされて、拒絶されて、最後にッ! ――大人しく噛まれてくれやッッ!!」


 敵軍のど真ん中でそう宣言すると一匹の人狼が狩りを始める。親を無視し子供だけを執拗に狙うそのやり口に小人型ゲーターはただ蹂躙されるだけだった。


「――完全に弱い者いじめね。はぁ、全くどっちが悪者なんだか」


 指をポキポキ、踵をトントンとさせながら、狂気的な笑みで狩りを楽しむ後輩の姿にそっと息を漏らす。まぁ、仕方のないことだろう。所詮この世は弱肉強食。弱い者から虐げられていくのが真理だ。それを一番理解している異世界人は恐らくターニャを置いて他にいない。


「さぁーて。邪魔な雑魚は引き受けてもらったことだし、ウチもやりましょう。本当はあまり使いたくないのだけど……。親友のためよ! 出し惜しみなんて、しないんだからッ!」


 首を軽く回しながら小さな小さな一匹の少女が一歩一歩、ゆっくりと巨大な敵に向かって歩みを進める。当然、それを許されることなどありはしない。けれど、そんなことなど想定内。今まさに紅の拳がこちらを捉える――が、



「なによ。その程度?」



 普通であればまず耐えきれない程の重い一撃だろう。現に先ほど自身が放ったものよりも何倍もの拳圧が襲いかかる。それでも、少女はその場からピクリとも動かない。


 片方だけ前に突き出されているのは小さな手のひら。その細腕から伸ばされたものとは想像もつかない程の単純な力でもって巨大な拳を完全に抑え込んでいるのだ。


 少女は不敵な笑みを浮かべた。そして、手持無沙汰になっていたもう片方の拳を握りしめると静止したそれに叩き込む。


 まさか真正面から押し返されるとは思っていなかったのだろう。大きく仰け反った紅の巨人は体勢を整えながら激怒し、不快な金属音を響かせる。それに共鳴するかの如く蒼の巨人が咆哮を上げようとするがそれよりも先に少女が口を開いた。


「聞けッ! 獣たちよ!」


 片方に結った髪を解く。拘束を解かれ自由にゆらゆらと揺らめくその金色はまるで獅子のたてがみのようだった。


「我は動物の王――ターザン・ニーア。ターザンに最も近く、そして最も遠い偽りの王! されどこの世界において我の威は健在である! 今再び百獣王の力でもって――アンタ達をぶっ倒してやるんだからッッ!!」


 戦場に獣の王の雄叫びが轟き渡る。それはきっと遮断した通路の先に進んでいるであろう親友の背にも確実に届いていることだろう。


 獅子と狼。二匹の獣の咆哮はいつまでも、いつまでも止むことはなかった。

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