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2´.主役になれないモブ少女②

「…………」


 モブ少女Aは未だ慣れることのない部屋のベットに腰を掛け、なにをするわけでもなくボーっとしていた。時刻は朝を示していて、窓の外では鳥が鳴いている。まさに清々しい朝といったところだろうか。


 早朝に目が覚めてから早二時間。その間、モブ少女Aは微動だにしていない。普通の人であればなんてことない起床であろうとも、自分にとってはその脳が働かなくなるほどの異常事態だったらしい。


 無理もないだろう。ただでさえ、昨夜から続く非日常に対してモブ少女Aの頭はフル稼働していたのだ。その反動が今になってようやくやってきた。ただそれだけのことだ。


 ぼやけている視界のまま、モブ少女Aは昨夜の出来事を思い出す。


 突然色のある世界に飛ばされたかと思いきやそこは戦場、詳しい説明は後回しでいつのまにかその行方を見守っていたのを覚えている。そこで猪のような巨大な生物と黒髪の少年が戦っていたのは記憶に新しい。


 そうして戦闘が終わってからはまるで漫画の主人公のような少年に生まれて初めての自己紹介。そもそも人生においてまともな会話をしたことすらなかったのにもかかわらず、我ながらよく自己紹介を成立させたと思う。


 ここまででも十分にモブ少女Aにとっては常識外れだったのだが、その後も衝撃の連続だった。広大な草原に囲まれる――まるで城のような彼らの学園もそうだが、誰もが当たり前に行っているだろう食事、入浴、就寝……。そのすべてが初めてで、今に至るまで圧倒され続けている。


 目覚めた際に昨夜までのことはすべて夢なのではとも考えた。けれど、周囲を見渡せば明らかにモノクロでない部屋。外を見れば色彩に溢れた風景。それだけでこれが夢ではないことをこちらに教えてくれる。念願のモノクロ脱出だったが、こうも突然やってこられるとそれはそれで人間というのは戸惑う生き物だったらしい。


 トントン。部屋の扉から音が伝わってくる。誰かが部屋の前にやってきたらしかった。一点を見つめていたモブ少女Aはその音に飛び上がると、じっと扉に視線を向ける。


「えっと……、もぶ少女エイさん? 一応朝だから起こしにきたんだが――もう起きてるか?」


 身構えるモブ少女Aのもとに聞こえてくるのは男性の声。昨日どこかで聞いたその声から、どうやら全くの他人ではなさそうなことに安堵しつつ、


「お、起きてます! 今準備するので少し待っててくださいっ!」


 そう言い放つと着ていた部屋着を早々と脱ぎ、着替えを始める。昨夜は服を脱ぐことさえ苦戦し、床を転がりまわる羽目になったこの動作。どうやら今回はすんなりいきそうだった。脱いだ服をたたみ、ベットに置くと机の上に置かれていた学生服に身を包む。あとは襟にリボンをつければ完璧だ。


 モブ少女Aは赤いリボンを片手に部屋に取り付けてあった鏡の元へと足を運ぶ。


「――っ!? あぁ、これは私なんだった。ほんと、何度見ても慣れないよぉ……」


 リボンを巻きながら必然的に映ってしまう自分の姿にまたしても驚かされる。昨夜から数えてもう何度この鏡にしてやられたことか。モブ少女Aは鏡に映る自分の身体を改めて見つめた。


 髪は腰の辺りまで伸ばされていて、その黒色は本当に自分のものなのかと思うほどつやが出ている。顔は整っている方だとは思うが正直良くわからない。そんなことよりも自分が眼鏡をかけているキャラクターだったという方が驚きだった。まあ、総じてみればよくいる()()()()()といった所だろうか。


「ってこんなことしてる場合じゃない! 早く行かないとっ」


 いつのまにか自らの容姿について分析をしていたモブ少女Aは鏡から離れると扉へと急ぐ。


 すぅーはぁ……。学生靴を床へトントンとさせながら大きく深呼吸。もう何度か経験しているとはいえ人とのコミュニケーションは緊張してしまう。先ほどから胸の鼓動が早まっているように感じるのもきっと気のせいではないはずだ。


 やがて、なんとか心のざわめきを沈めたモブ少女Aはドアノブに手をかけ、


「すみませんっ、お待たせしました!」


 自分が今できる最大限の笑顔で扉を開けた。


「おっ、来たなっ!」


 扉を開けた先の廊下には男子生徒が立っていた。彼はこちらに気がつくとスッと片手を挙げる。やはりというか、昨日モブ少女Aと自己紹介をし合った少年だった。


 自分と同じ黒くて少し短い髪の少年。――確か名前は……、


「タクトさん、でしたよねっ。おはようございます!」


 モブ少女Aは生まれて初めて頭に記憶したその名前を口にする。


「おう、おはよっ。あー、えっと……」


 よし、まずは挨拶大成功! と内心ガッツポーズをする。だが、タクトはなぜか歯切れの悪そうに言いよどんでいた。


「ど、どうかしましたか?」


 だんだんと不安になっていく心をなだめながらその顔を見あげる。すると、視線に気がついたタクトは自身の黒髪をいじりながら申し訳なさそうに、


「聞きづらいんだけどさ。あの、なっ。――その、これが本名でいいんだよな……?」


 タクトの言葉に、なるほどとモブ少女Aは納得する。確かにこのままでは名前が呼びづらいのも当然だ。というか、それについては昨日から続く問題のトップに並んでいる事柄だった。


 モブ少女Aは苦笑を浮かべながら、


「あはは、やっぱり変ですよね。長いですし。実は私もまだ慣れていなくって。とりあえずはえっと……。そうですっ、()と呼んでもらえたら」


 とっさに思い浮かんだのはその一文字。いや、短くすればいいって問題じゃないだろと、口に出してから気がついたがもう遅い。しばらくはこのセンスの欠片もない略称で過ごすことになりそうだった。


「りょーかい。じゃあこれからはエイって呼ばせてもらうよ。あと……さっ。できればでいいんだけど、オレには敬語を使わないでくれると嬉しい。なんかむず痒くってな。それに多分同じくらいの歳だろう? まっ、気楽にいこーぜ」


「そ、そう? じゃあ、そうしようかな」


「あぁ、助かる。他のやつもその方がやりやすいと思うからさ。これからもできる範囲でよろしく頼むよ」


 当然砕けた話し方などしたことがないAは一瞬戸惑うが、そこはこれまでなんだかんだと脇役だけで生きてきたのだ。主役の見よう見まねでなんとかやってみせた。

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