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0.彼の役割⑤

「ふぅ、堪能した堪能したっ! やっぱ若い身体はいいねぇ。むちむちしていて触るだけで心が満たされる! 君もそう思うだろう?」


「いや、オレに聞かれても困るって……」


「そうかい? 君はまじめだなぁー。今回だってこんなにも頑張ったんだ。少しは羽目を外したっていいと思うけどね」


 そういいながらサダエはポケットから機械を取りだす。当然、彼女が触る機械も透明化されているのだが、いまさら気にしたって仕方のないことだ。


 先ほどまでのふざけた態度はどこへやら、せっせと人差し指で作業を始めるサダエの画面をタクトは隣からのぞき込む。そこにはここら一帯の地図や文字、数値が並んでいた


「……君も見ればわかると思うけど、これは今回の戦いをデーターにしたものだよ。わたしたちの損害や周辺への影響、敵についてもまとめてある。――もちろん、この村の被害もね」


「………………」


 珍しく歯切れの悪いサダエの姿になにが記されているかは大方予想できた。きっと自分たちにとって良い知らせなどではないのだろう。それでもタクトは確認しなければならない。それが救いに行った者の務めだからだ。


 タクトは画面を上から順に見ていき、最後に村の項目へ瞳を動かした。


 ――生存者……一名。


 村の生き残りを表す数値はタクトに現実を思い知らせる。この村の人口は約百人ほど。つまりは自分が助けた少年以外にこの厄災を生き延びた人間はいないということだ。


 想像していた通りの最悪の結果にタクトは自身の不甲斐なさを痛感する。もっと力があれば、そう思わずにはいられない。


「――君、またひとりで抱え込んで後悔しているだろう? また救えなかったって、自分のせいだって。それは君の悪い癖だよ?」


 画面を見てからというもの、振るえ続けていたタクトの拳が半透明な手で優しく包み込まれる。はっとして隣を見るとサダエがこちらに向けて柔らかい表情を浮かべていた。


「そもそもさ、今回はわたしたちが村に着くのが遅すぎたんだ。これは致命的な遅れさ。きっとあの時点でほとんどの人はもう殺されていたね。だから、今回の一件でだれが悪いのかって言ったらそれは君たちを指揮するわたしのはずだ」


「そ、そんなこと――っ」


「ない。君ならそういうだろうね。いや、きっと学園の誰に聞いたってそうだ。わたしのことをあんなに好いてくれているターニャンだってわたしを責めはしないだろう」


「それは……そうだと思う、けど」


 サダエの言葉にタクトは頷く。確かに学園で理由もなく誰かを責め立てるような人物は頭のどこを探しても見当たらなかった。


「だったら分かるだろう? 今回の件で責めるべき人はいないのさ。それは自分自身だとしてもね。それに到着してすぐ炎の壁ができたのを覚えているかい? あの時君がとっさに飛び込んでくれなかったら少年だってどうなっていたことか。君はもっと自分に自信を持ってもいいのさ。あの絶望的な状況で誰かの命を救えたのだからね!」


「――そう言って貰えるなら、助かるけどさ」


 タクトは零れ落ちそうになった涙をギリギリで堪えると下がっていた口角を上げる。その様子を見てサダエも嬉しそうに笑った。


「さぁ、湿っぽい話は終わりにしようじゃないか! なにしろ明日から忙しくなるからねっ」


 障壁の内部へと向き直るとサダエは嬉しそうに宙返りをする。その視線の先には地面から伸びる鎖に縛られ力なく横たわる巨獣の姿があった。どうやら、あの黒い塵が散った後に巨獣は本来の勢いをなくしてしまったらしい。


「――あの〝黒いもや〟はいったいなんだったんだ?」


 忙しくなる、その言葉の中に確実に入っているであろう問題についてたずねる。あの不気味な塵は明らかに放置してはいけない問題だ。今後現れる敵も同じ力を持っているとしたら対策の必要があるだろう。


 サダエは「うーん」と顎に手を当てながら、


「すまない、今はわたしにも分からないんだ。こんなこと初めてだしね。考えてみれば、今回の元凶であるゲーター……識別名〝宝珠〟、クジャタには不可解な点が目立つねぇ。あの明らかに制御できていなかった黒い塵もそうなんだけど……特徴的な牙や宝珠、それに不可解な行動。そこのところをまず解明しなくてはねっ!」


「悪い、いつも任せっきりで。そーゆう頭使うようなやつは昔からどーも苦手だからさ」


「なーに言ってるんだいっ、分析や作戦はわたしたちに任せたまえよ。君たちが少しでも安心して前線に行けるように全力を尽くしてみせるさ。だからまぁ、タクト君。君はまず休むのが仕事だ。今日は取りあえず保健室に行っておいで。そのケガじゃあ、キツイだろぅ?」


「はは、流石にそのつもりだったよ。帰ったらすぐにでも行くさ」


 サダエにちょんと触られた脇腹が痛む。やはり先ほどの戦闘でどこかの骨を痛めてしまったようだ。よくよく見てみると、自分が想像していたよりも遥かにボロボロだったことに今更ながら気がつく。ここは言う通りにしたほうがいいだろう。


「そんじゃ、サダエさん。また学園で」


「タクト君もお疲れさま! ――っと、ちょぉっと待ったっ!!」


 まずは保健委員を探そうと歩きはじめようとしていたところでサダエに呼び止められる。


「……どうしたんだよ? そんなに慌てて」


「いやぁー、ほんとうに申し訳ない! 実は伝えないといけないことがあってね。本当はすぐにでも話したかったんだけど、すっかり道を外してしまったよ」


 サダエは両手を合わせてこちらに頭を下げると周りをきょろきょろと見渡す。どうやら、誰かを探しているようだった。やがて、目当ての人物を見つけたのだろう。少し離れたところで立っていた生徒を呼びつける。


「おぉーい、君ぃー! そうそう、君だよー! 慌ただしくて申し訳ないけど、一度こっちにきてもらえるかなっ!」


 最初は自分が呼ばれているとは思っていなかったらしい女子生徒は自らを指差し確認していた。それでもサダエの手を振る仕草を見てすぐに自分を呼ぶ声だと理解したのだろう。トコトコとこちらに足を進める。


 その黒い長髪の女子生徒にタクトは見覚えがなかった。学園の生徒はそこまで多いわけではないため、初めて見るなんてことはないはずだ。そうだとしたら、理由は一つしかない。


「さぁ、タクト君。こんな時だけど新しい仲間を紹介するよ! クールな眼鏡が似合う可愛い女の子だよ!!」


 可愛い、そう言われた女生徒は恥ずかしそうにうつむく。恐らくそういったことに免疫がなかったのだろう。けれど、彼女は少し顔を赤らめながらもタクトと顔を合わせると、


「あああ、あのぉ! ギャ、ギャグ漫画の世界からきました、モブ少女Aといいますっ! ここここれから、よろしくお願いします!!」


 そう言って一礼をした。慌てて頭を下げたからか耳に掛けたアクセサリーが地面に落ちてしまう。なぜか目の前にあるそれを慌てて探し続ける彼女のために、タクトはそれを拾いあげた。


「ほら、探してるもんはこれだよな? 目の前に落ちてんだからそんなに慌てることないって」


「あ、それです。ありがとうございます! どうも私、眼鏡を失くしやすい体質みたいで。やっぱりモブだったからかな……」


「はは、体質ってなんだよそれ。まぁ、とにかくオレはタクト、タクト・アサミヤだ。これからよろしくな」


「はいっ、こちらこそよろしくお願いします!!」


 先ほどから彼女の口から出てくる言葉が気にはなるが、タクトは自分の興味よりも新たな仲間を迎え入れることを優先させた。また別の世界から仲間がきてくれた。ならばタクトもより一層、気を引き締めなければならない。そんなことを考えながら。

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