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35´.狂言交じりの人狼少年少女①

 昼も近づく四時限目。体育館へと隣接している屋内修練場では今まさに体育の授業が行われていた。


「ユキっ、アンタは左よ! うちは右から行くわっ!」


「う、うん分かった! 任せてっ」


 ターニャに言われるがまま向かって左側へと駆ける。円を描くように回り込むシラユキの目の先には車椅子に座す青年の姿。


 対戦相手であるサイクル生徒会長、リク・カースキャストは左右から迫るシラユキ達を交互に確認する仕草を見せるもその場を動く様子はない。


「今日こそ一本取ってやるんだからぁぁー!」


 身体能力の高いターニャが当然先にたどり着く。鋭い爪を向けながらリクへと飛びかかった。常人では考えられないスピードだ。並みの生徒では目に捉えるのも一苦労だろう。


 実際、逆側からちらりと映るターニャは瞬間移動したかと錯覚するほどに一瞬で距離を縮めていた。


 しかし、それは並の生徒での話だ。今シラユキ達が対峙しているのは生徒会長。現状、大きなハンデを背負っているとはいえ、サイクル最強と謳われる生徒だ。


 リクはターニャへと顔を向けることなく、ふふっと笑みを浮かべる。それと同時だ。自分の首元へと迫っていた鋭利な手を根元から押さえつけたかと思えば、片手で軽々とぶん投げた。


「――なっ!?」


 リクの頭上を越えヒョイと投げ飛ばされたターニャは驚きの表情のまま逆側へ。


「ちょ、ちょっとターニャっ!?」


「ゆ、ユキぃぃーーーーっ! 避けてぇぇ!」


 逆側、つまりはこちらの進行方向から飛ばされてきたターニャ。運動能力の高くないシラユキにそれをかわす術はない。かといって、そのまま受け止めることも出来ない。


 やがて、ターニャの突進をも利用した力が直に伝わり、シラユキは後方へと吹き飛ばされた。


 その勢いは収まる気配がなく、ターニャを抱えた状態でそのまま壁へと激突する。


「――ごはッ……!」


 壁と少女に挟まれたシラユキは胸の内に蓄えられていた空気を吐き出した。


「ゆ、ユキぃーー!? しっかりしてぇーー!」


 身体の後面が壁にめり込んでしまい身動きが取れない。そんなシラユキを飛び起きたターニャが助け起こしてくれる。


 差し出されていた華奢な手に全ての体重を預けながら、


「けほっ、けほっ、ありがとうターニャ。――ごめん、また私の能力のせいで……」


「なに言ってんのよ! 大体投げられたのはこっちなんだからっ。謝るのはウチの方よ。それに今回ダメでも次良ければそれでいいじゃない!」


「そ、そうだねっ。次も頑張るよ!」


「えぇ、ウチらが諦めなければリクにだっていつか勝てるんだからっ。きっと!」


 パラパラパラ。ターニャと二人して笑い合っているとすぐ近くで紙をめくる音が聞こえてくる。音の方向へと顔を向けるとそこにはスケッチブックを持ったリクの姿。


 能力の影響からか発することのできないらしい声の代わりにめくられたスケッチブックへとシラユキは目を向ける。


『お疲れ様です、二人とも。今日もよく連携がとれていました。実にいい試合でしたよ』


 シラユキ達がスケッチブックを読む仕草を確認したリクは笑みを浮かべている。


「なーにがいい試合よ。今日だってアンタは一度だって動かなかったじゃない。そんなこと言われたって嫌みにしか聞こえないわ」


 満足そうに健闘を称えるリクに対し、ターニャは不満そうにそっぽを向く。


 ターニャの言う通りだ。先ほどの練習試合、二人がかりで挑んだにも関わらず、リクは最後までその車輪を動かすことはなかった。


 そして、それは今回だけではない。これまで何度も挑んでいるが、()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()


 リクは頬を膨らませるターニャの元にまで椅子を動かすと、スケッチブックをめくる。


『ふふ、ターニャさん。だったら嫌みに聞こえないまで修練を積んでください。あなたはもっと強くなれますよ』


「っ言われなくてもそうさせてもらうわよ! 今に見てなさいっ。必ずアンタを越えてやるんだから!」

 

 そう言い放つとターニャは少し遠くで佇む生徒たちの元へ駆け出す。早速次の練習相手を見つけたのだろう。負けず嫌いの彼女らしい。


「はぁ……」


 そんなターニャを見送ると、ため息をつきつつ、自身が叩きつけられた壁に目を移す。やはりというか、いつもの通りにくっきりとシラユキをかたどったくぼみができていた。


『やはり、シラユキさんの能力はまだコントロールが効かないようですね。これでは探索ならともかく戦闘に参加するのはまだ早いかもしれません』


「あはは、ですよねぇ」


 隣に車椅子を動かすなり文字を見せてくるリクに苦笑を浮かべる。


 みんなと前線で戦うため、三日に一度あるこの体育の授業の度にシラユキはこうしてリクの指導のもと練習試合をしている。


 時たま先ほどのようにターニャ達が付き合ってくれているものの、未だにリクへは一撃も攻撃を入れることができていない。正直、入学から今までたいした進歩はないように自分では感じていた。


 身体能力の低さ、状況判断のなさ、壊滅的な戦闘センス……。理由を挙げればきりがない。そして、中でも今最も問題となっているのがシラユキ自身の能力だった。


 シラユキの能力〝ギャグ補正〟。それは先のラーフ戦でも発揮された通り自分にギャグ世界の補正を適応するというものだ。


 しかし、その能力をシラユキ自身の意思で扱うことはできない。なにかのきっかけがないと発動しないこの力は基本的に受け身でないとその効果を発揮できないのだ。


 先ほどの試合にしたって、どれだけ勢いよくターニャが投げ飛ばされてこようとも、あそこまで吹き飛ばされることはまずない。ギャグ補正によるオーバーリアクションが発生したからこそ、シラユキは壁に激突することとなったのだ。


 相手を吹き飛ばす力はないが、相手に攻撃されれば問答無用で派手に吹き飛ばされる。それがシラユキの能力の特徴の一つだった。


 どうやらラーフを星にできたのは例外中の例外らしい。いや、そもそも世界滅亡の危機がそう何回も起きては身が持たない。その為、普段のシラユキに戦闘する力はなかったりする。


『それでも、最初と比べたら別人ですよ。このまま修練を積めば〝あれ〟くらいは動けるようになれるはずです。一緒に頑張りましょう!』


「――あれって……?」


 リクの指さした方向へとシラユキは顔を向ける。



「くっそ、逃げんなって! ノーズ!」


「ふっざけんなっ、そんな危ねぇもん振り回されて逃げねぇ奴はいねぇーよ!」



 そこには今まさに試合を行っているタクト。そして、身に着けたローブを取り払いそのふわふわな茶髪を晒すノーズ・ワーウルフの姿があった。リクの言う通り、彼らの動きは他の生徒とは一線を画して見える。


 飛んだり跳ねたりして攻撃を避けるノーズ。そのスレスレを何度も通過するタクトのやけに長い剣。彼らの動きにはシラユキだけでなく他の生徒も釘付になっていた。

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