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0.彼の役割④

 いつのまにか宝珠内部に現れていた()()()()()()。棘、丸、三角、四角、星……。それはまるで生きているかのごとく常に形を変えていく。それにタクトが気づいた時にはもう遅い。


 バリンッ。音を立てて宝珠が砕け散る。縄のように連なった黒い塵が外に出てきたのだ。


「――ッ!? くっそ、間に合えっ!」


「ちょっ、タクト――!?」


 ようやく異変を察知したタクトは隣にいたターニャを突き飛ばす。誰がどう見ても危険な黒い物体はタクトに向けて飛んできたからだ。自分が狙われている以上、仲間を巻き込ませるわけにはいかない。


 押し出されたターニャはなにが起きているのかも分からずにそのまま地面へと落ちていく。なにやらこちらを見て叫んでいるみたいだが、タクトの耳には届かなかった。


 タクトは再び剣に手をかけ、もうそこまで迫っていた黒線を迎え撃とうとするが、


「はは、まじかよ……剣が、握れねぇ……」


 残念ながらタクトの思うように身体は動いてくれなかった。どうにかして抜き出そうとしてもその手はガタガタと震えるばかりでまったく役に立たない。


 それもそうだろう。ここまでの戦い、タクトは常に全力だったのだ。その身体にかかっていた負荷はもはや常人の想像を絶するもの。むしろターニャを突き飛ばすだけの力が残されていただけ奇跡といってもいいくらいだ。


 剣を取ることさえできない以上もう成す術はない。タクトはこのままこの黒い線に飲み込まれるのを待つしかなかった。そして、その瞬間はすぐにやってくる。


 ギュィィーーン! なにかがぶつかる音が周囲に響きわたった。遂に黒い塵が衝突したのだ。――けれどそれはタクトにではなかった。


「――これは……障壁、か……?」


 突然正面に現れた半透明な壁。それがタクト達を黒い塵から守ってくれたようだった。強力な障壁を前にこちらを飲み込むつもりだった塵は四散していく。その幻想的な光景に死すらも覚悟していたタクトは糸が切れたかのようにへたりこんだ。


「は、はは、はははっ……た、助かったぁー」


「――こんっの、助かったぁー。――っじゃないわよ!」


 そんなタクトの元に飛び込んでくる人影。突き飛ばされてしりもちをついていたターニャだ。


 ターニャはそのままこちらを押し倒すと胸ぐらを掴んでくる。


「っと、危ねぇなぁ! なんだよ急に」


「アンタねぇ、いつも言ってるでしょ! ウチらを助けようとする前にまず自分を優先しなさいよっ!」


「いや、あの場合は仕方ねぇって!」


「仕方なくなんかないわ! アンタはウチらの希望なのよ? ただでさえこんなにボロボロなのに……。お願いだから、もっと自分を大事にしてっ」


 そもそもアンタはねぇ、とそのまま口を動かし続けるターニャ。その顔は怒っているようにも泣いているようにもとれた。それでもこちらを心配してくれていることに違いはない。


「……悪ぃ、また心配かけさせちまったな」


「ぐすん。まぁ、分かればいいのよ」


 涙を拭いながら立ち上がったターニャはこちらに手を差し出してくる。その手を掴み取るとタクトはゆっくりと起き上った。


 周囲に目をやるともう仲間たちが集結している。先ほどまで二人しかいなかった壁の内側にはいつの間にか多くの仲間たちが忙しなく動き回っていた。中にはこちらに向かって手を振る者も見られ、タクトはターニャと顔を見合わせると笑顔で手を振り返す。


「いいねぇ、まさに青春! またまたいいものを見せてもらったよ。さて、それではわたしも混ぜてもらうじゃあないかっ!」


 どこからか投げかけられる声。その女性の声にタクトはキョロキョロと周りを見渡す。ターニャといえばいつものように警戒心を剥き出しにしていた。鋭い目つきで威嚇を繰り返すその姿はまるで猛獣だ。だが、近くから聞こえてきたはずの声の主は一向に見当たらない。


「出てきなさい! 変態女ァッ!」


「変態とは失敬な! わたしはただ生徒とのコミュニケーションをだねぇ!?」


「それが気に入らないのよ! 今日という今日は――っにゃあ!?」


「はっはっは、少し落ちついてもらうよ? 子猫ちゃんっ」


 すでに臨戦態勢に入り爪を立てていたターニャから悲鳴が上がる。その身体には人の手の跡が浮かび上がっていた。


 次々と身体をくすぐられ力の抜けていくターニャから視線をそらす。なんというか、やはり男性には少々厳しい光景だった。


「――サダエさん、もうそれくらいにしてやれって……。みんな疲れてんだからさぁ」


 明後日の方向に目線を向けながらタクトはそこにいるであろう女性に声をかける。すると、上気するターニャの背後に人影が浮かび上がった。


「いやー申し訳ないねぇ! あんまりにもターニャンが可愛いからつい……ね? もうふざけたりしないさ。いや、ほんとっ」


「じゃあ、さっさと離れてやれよ……」


 現れた女性――サダエ・シンレイはターニャの背後から覆いかぶさり、こちらに清々しい笑みを向けていた。その白髪はフワフワと漂っていて身体は宙へと放り出されている。


「――いい加減にぃ、離れなさいよ! この変態がぁーー!」


 力なく目を閉じていたターニャがようやく視認できるようになったサダエに拳を突き入れる。けれど、その拳が届くことはなかった。なぜなら、拳はその身体をすり抜けてしまったからだ。


「ざーんねん! 霊体のわたしにそんな攻撃は効かないよ? わたしにダメージを与えたいのなら掃除機でも持ってくるんだねぇ!」


「こっんの変態幽霊の分際でぇ! 調子に乗るんじゃないわよ!」


 頭に血の上ったターニャが懲りずに何度も拳を突き立てるもその半透明な身体を捉えることはできそうにない。


 このままでは収集がつかないと判断したタクトは二人を止めに入ろうとした。けれど、それよりも先にターニャへ向けて声がかかる。どうやら、戦闘の後処理に人手が足りないので手伝ってほしいとのことだった。


 それを耳にしたターニャはピタリと攻撃を止め、手をパンパンとはたく。それから、サダエを睨み付けると、


「ふんっ、命拾いしたわね! 次こそあんたの息の根ぇ、止めてやるわ!!」


 そんなよくありそうな捨て台詞を残し、少し離れた女子生徒の方へと駆けていった。

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