28´.この暗い昼空に綺羅星を⑥
「はは、はははは…………。や、やった……の……?」
光に照らされながら呆然と立ち尽くす。煙のように四散していくラーフ達を目にしても終わったという実感がいつまで経っても訪れない。
「やったぁぁーーッ! 私達の勝利です! 勝ったんですよっ、モブ先輩ッ!」
「ふぅ、……まぁ初めてにしてはよくやったんじゃないかしら」
そんな棒立ちのAに飛びかかってきたのはノースだ。そのすぐ後ろには言葉とは裏腹に安堵の表情を浮かべるターニャの姿。周囲からは至る所で歓声が上がり、学園一丸となって勝利を喜び合っていた。どうやら、本当に戦いは終わったらしい。
「おーい、ノースっ。エイだって疲れてんだからよ。少しは休ませてやれって。ほら、離れろー」
「ちょっ、なにするんですかぁー。タクトせんぱーいっ!」
こちらに抱きつき離れる様子のないノースに苦笑を浮かべながらタクトが現れる。光線と直にぶつかり合ったためだろう。ボロボロのその姿でノースをヒョイと引き剥がした。
「――エイ、お疲れさま。サイクルがこーして無事なのは君のおかげだよ。本当にありがとなっ!」
すすけた顔で優しく微笑むタクト。そんな姿にAは慌てて首を横に振った。
「そんなっ、私だけの力じゃなにもできなかったよ。みんなが助けてくれたから、ラーフにだって立ち向かえたんだ。だからこの勝利は――」
「――オレ達全員のもん、ってか?」
鼻をこすりながらタクトは嬉しそうにそう口にする。まさしく同じ言葉を続けようとしていたAは明るい声色で頷いた。
「もちろんっ!」
ラーフを倒すことができたのは自分だけの力じゃない。それはA自身が一番理解している。図書委員長が敵の弱点を探り出し、視聴覚室の生徒達が情報をまとめ、サダエが作戦を立ててくれた。前線の生徒達もAの為に全力を尽くしてくれた。きっと出会っていない他の生徒にすら助けられていたのだろう。ここまでの協力があってようやく成し遂げることができたのだ。だから、これは学園サイクル全体の勝利に他ならない。
それにそもそも体育館でタクト達に自分の過去を語る機会がなかったら、今この光景を目にすることはなかった。自分はモブだから……と、学園のどこかでなにもできずに震えていたのかもしれない。
「ふふ、でもまぁ良かったわ。ここまでやれば、Aも晴れてモブを卒業できたんじゃないかしら?」
「そ、そうかな?」
自分のことのように胸を張るターニャに苦笑を浮かべる。確かにラーフ討伐に貢献することはできた。けれども、その経験だけで自分がモブではないという自覚が綺麗さっぱり消えたかといえばそうでもない。
「なーに言ってんだ。ゲーター、それも扉持ち相手にあそこまでやれたんだぜ? エイはもっと自分に自信を持っていいんだよ」
「そうよっ、あの巨体をあんなに高くまで打ち上げたのよ? そんな芸当、ただの脇役にできっこないんだから!」
「え、え? なんの話ですか? モブ先輩が一体どうしたんです?」
A達の会話にノースは不思議そうに首を傾げる。当然といえば当然なのだが、Aのモブについての話を聞いていない為、この場で彼女だけが話についていけていなかった。
「あぁー、ノース達はまだ知らなかったな。エイは前の世界でのもぶって役割に良い思い出がないんだ。だから――さ? そのもぶ先輩ってのは止めてやってくれると嬉しい」
タクトの言葉にノースはポケーっとこちらに顔を向ける。けれど、すぐにローブの下からでも分かる程のあどけない表情でAのことを覗きこんできた。
「なんだかよくわかりませんけど……りょーかいしましたっ。でもでも、そんなに名前が好みでないのなら先輩も変えてしまえば良いのでは?」
「え、そんなことしていいの?」
「もー先輩なに言ってるんですかっ。名前を変えられなかったら概念だった私達なんて――本名〝人狼ゲーム〟に、なっちゃいますよ!?」
名前を変えることができるという事実に驚愕しているとノースは口元を隠しながらクスクスと笑う。どうやら、〝ノース・ワーウルフ〟という名前はこちらの世界に来てからつけ直したものらしい。と、なれば〝ノーズ・ワーウルフ〟もそうなのだろうか。
「A、この学園じゃ名前をつけ直す生徒なんて珍しくないのよ。ノースみたいに元の世界では人間じゃなかった生徒だって少なくないんだから。それに――ほら、ウチだって〝T・ニーア〟が本名なわけないでしょう?」
「あ、そうなんだ。ちなみに本当の名前は?」
「今は教えてあーげない。それよりも今はAの名前よ!」
「うーん、でも急に名前なんて言われてもなぁ……」
頬をかきながら目線を下げる。ついこの間までAには名前とよばれるようなものすら存在していなかったのだ。あったのはモブ少女Aという肩書だけ。自分に合った新しい名前など到底思いつきそうもない。
「だったら今みんなで考えましょ! もちろん、Aが良かったらだけどっ」
どうしたものかと困惑しているとターニャが手を叩きそう提案してくれる。確かに一人では無理でも複数人で考えれば自分に合う名前も見つかりやすいかもしれない。その提案を断る理由はないだろう。