0.彼の役割③
「――まだ、終わらせねぇぞッ!!」
切り裂いた火球は爆発を起こし周囲を焼き尽くす。辺り一面は完全に焼却され、そこに建物だったものがあったことなど微塵も感じさせない。そんな地獄のような状況でもタクトは臆することなく、その足でなおも強大な敵と対峙していた。
一度ならず二度も生者を消しきれなかった巨獣は、小さくも立ち塞がるタクトに激昂し、血の滴る大顎をカチカチと鳴らす。
その瞬間、巨獣の宝珠はその輝きを失い、村に再び暗闇を呼び起こさせた。おそらく、ついさき程彼方を一瞬のうちにして消し去った熱線を放つつもりなのだろう。――一つの生物を殺す。ただそれだけのために。
それも先ほど見せた威嚇程度のそれではない。その証拠に一度目とは違い、宝珠からはドクンドクンとすでに溶岩が漏れ出していた。おかげでこちらからは敵の姿を確実に捉えられるのは利点であるが、それだけで巨獣の本気をどうにかできるかといわれれば、不可能だろう。
「あぁ、これは止められねぇかもなぁ。けどな、それでもオレは諦めねぇのさ」
タクトは後方に続く道をちらりと見る。その道は、少年が勇気を出して走っていった道だった。当然、その先にはタクトの仲間も控えているはず。そんな中、こちらへ向けて一直線に熱線が放たれればどうなるかは考えなくとも理解できる。
幸か不幸か巨獣は恐らく溶岩だけでは十分な視界を確保できていない。熱線はそのまま一直線に突き進むことだろう。そうだとしたら、取るべき行動は一つしだけだ。
「さぁ、こっからが正念場ァ! ここでやり切らなきゃオレじゃねぇッ!」
ボロボロの身体で一歩前へと踏み出す。それと同時に再び蒼白い光の粒子が集まり、タクトへと収束した。もはや痛みなど気にしていられない。これから放たれるであろう一撃に比べれば、この程度の負荷あってないようなものだからだ。
ゴガガガアァァァーー!!
「うおォォおおーーッッ!!」
宝珠を輝かせるために割かれていたエネルギーをすべて変換しおえた巨獣と、タクトの気力の込められた雄叫びが重なり合い、村中に響き渡る。それから一呼吸置き、
ゴゴォォォーー! 大口を開けた巨獣からついに熱線が放たれる。やはり先ほどのものとは桁が違うようで、風を唸らせながら一直線に進む熱線は空気さえも焼き尽くしタクトを包み込んだ。
「絶対にィィ……負けねェェええーーッ!」
真っ赤な光の中央に現れる蒼白の煌めき。そこにはタクトの姿があった。周囲に粒子の渦を巻き起こしながら、熱線へと剣を突き立てる。
ジリジリジリ……。音を立てながらゆっくりと制服の袖が燃えていく。今までもあらゆる攻撃からその身を守ってきた学生服だ。それが消し飛ばされ、この状況下で自身の肌が露わになることがどういうことか、分からないタクトではない。
しかし、そんなことはどうでもよかった。タクトが背負うもの、それを守ることさえできれば。そのためなら、たとえ自分の身体が完全に燃え尽きた後であろうとも、タクトは剣を握ることをやめないだろう。
「――、―――ッッ」
そんな思いも虚しく、二つに分かれた光は再び一つになろうと互いに引かれあう。
ゆっくり、ゆっくりと両脇から迫りくる炎の壁。ただ一人の生者を飲み込むためだけに放たれた灼熱の直線。それはあと少しで本来の姿に戻ろうとしていた。
タクトもそれを分かっていながら、それでもなお立ち向かおうと歯を食いしばる。――ちょうどその時だ。
「なぁーに一人でカッコつけてんのよ。――タクト」
必死にもがいているタクトの耳に馴染のある少女の声が入ってくる。それも後ろからではない。――頭上からだ。
「よ、ようやくかよっ、遅かったじゃねぇか。――ターニャ!」
タクトは顔を上げることなく声の主に答える。
「――アンタこそ、よくここまで耐えてくれたわ」
ターニャと呼ばれた少女、T・ニーアはその腕を鳥類の翼に変化させ、空中を羽ばたいているようだった。熱線の範囲外からこちらの無事を確認するとエネルギーの余波を潜り抜け、半ば強引にタクトの後方へと降り立つ。
「あっつー。さすがにもう時間はなさそうね。まずは――ほら、ウチのも使いなさいッ!」
タクトの腕にふさっとした少女の手が添えられる。その手からは今までと同じように光が漏れ出していた。ただ、一つだけ違うところがある。それはタクトを取り巻く粒子の色だ。
先ほどまでの青色ではない、暖かな橙色。それは痛みを与えることもなく、タクトのことを優しく包み込んだ。
「はぁはぁ、はぁ……。少年は、無事に辿り着いたか?」
「……まったくアンタはこんな時でも人のことばっかりなんだから。――もちろん無事よ。強いわねあの子は」
「そっか、なら良かった! いつもありがとな」
「今更なに言ってんだか。――それよりもねぇ。このままじゃウチまで巻き添えよ? 焼き鳥なんて絶対に嫌なんだからっ! さっさとやっちゃいなさい!」
「あぁ……! 任せとけッ!」
まだ少し残っている蒼白い粒子を優しい光がかき消していく。
痛みを忘れるほどの暖かい感覚。それはタクトの心に落ち着きを取り戻させ、確かな自信へと繋がる。今ならばこの膨大なエネルギーにも決して負けない、そう確信できた。
タクトは目をカッと見開く。そして、熱線に押されて最後まで振り切れていなかった剣にすべてを注いだ。
「はあァァーッ! ぶったぁ切るッ!!」
剣から溢れ出る橙色のエネルギー。それはタクトの想いと呼応し、斬撃の形として巨獣に向けて放たれた。
タクト一人では成すことのできない、まさに全力の一撃。仲間の協力を得ることでようやく完成される希望の光。それが絶望の赤などに負ける理由は一つもない。
その斬撃は一つになろうとしていた熱線を今度こそ切り裂き――、
大口を開けたままの巨獣の顔面に直撃した。ここまで傷一つ付くことのなかった額からは鮮やかな血液が大量に吹き出し、巨獣は初めて感じた痛みに絶叫する。
「っしゃあッ! 見たかいのしし野郎っ、やってやったぜ!!」
タクトは天を仰ぐように叫ぶと、口に黒い煙を漂わせながら悶える巨獣に拳を向ける。それからすぐに後ろで息をつくターニャへブイサインをした。その顔は先ほどまで巨獣と張り合い、雄叫びをあげていた少年とは思えないほど無邪気で、ハイタッチを求める姿にターニャはやれやれといった表情だ。
それからターニャはその変化させていた腕を元に戻すと小さな手をこちらに掲げた。
「はいはい、ハイタッチっ。まったくアンタはいつまでたっても子供なんだから」
「別にいいだろぉー。なにかをやり遂げたらハイタッチ。物語ってのはそーいうもんだ」
「ほんとアンタそのセリフ好きよね。もう聞き飽きたわ」
そう言いうターニャも毎度おなじみの行事に笑みを浮かべている。
巨獣は相変わらず絶叫をあげていてこちらに攻撃してくる様子はない。今であれば追撃を加えることも可能だろう。
しかし、タクトの役目はここまでだ。あとは巨獣を封印するだけ。それはタクト達ではなく、他の仲間の役割だった。もう、これ以上身体を張る必要はない。
自分の役割を果たしたことからやってくる安心感。――それが警戒を解いてしまったのだろうか。巨獣の意思とは関係なしに背中の宝珠が動き、こちらを捉えていたことにタクトは気がつかなかった。