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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第2話 旅のはじまり
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#9 今朝へ

 俺もマキナさんに乗り込んだ。


 でも、彼女は一人乗だ。たった一つの座席に、無理やり二人が坐ることになってしまった。これではぎゅうぎゅう詰めで、息をするのも大変だ。


 俺は目でツキに訴えた。ツキが四次元ペンダントから千変鏡を取り出す。


 ふいに、座席にゆとりができた。見ると、俺のわきに青いリボンが落ちている。リボンになったツキは、ぴょこぴょこ跳ねて俺の体をよじ登った。


 ドアミラーに自分の横顔が写っている。頭にツキがしがみついていた。これじゃあまるで、俺がリボンをつけているみたいだ。


 俺の腰がシートベルトで固定された。


 外は暗かった。前方に崩れた塀が見える。右手には二車線の道路が走っていた。その道を挟んだ反対側に、閉店したスーパーマーケットがあった。


 いよいよタイムスリップだ。心臓の鼓動が速まった。


「行先、九月六日午前九時十分」


 マキナさんが言った。


 途端に、不思議なことが起った。外がじわじわと白くなっていくんだ。まるで霧が広がるように、下のほうから立ち上ってくる。


 俺は、屋上での光景を思い出した。過去のマキナさんがタイムスリップするとき、車体は強い光に包まれていたはずだった。でも、今はまぶしくも何ともない。俺の勝手な想像だけど、サングラスみたいに、窓に加工が施されているのかもしれなかった。


 それから、白んでゆく過程がやたらとのんびりしている。屋上での発光は一瞬だったけれど、この時はたっぷり十秒くらいかかったと記憶している。こればっかりは、どういう理屈なのか見当もつかない。


 白霧が月を飲み込んだ。


 それから、だんだんと視界が晴れた。今度は上のほうから霧が散ってゆく。窓からあたたかい光が差し込んだ。東の空に太陽が昇っている。それだけじゃない。壊れていた塀が元通りになっていた。カラーコーンもテープも見当たらない。


 スーパーマーケットに目を移す。商品入の袋を提げたお客さんが一人、自動ドアから出てくるところだった。


「到着しました」


 マキナさんが言った。


 フロントガラス越しに袋を提げた女性が横切ってゆく。こちらには目もくれなかった。俺たちの姿が見えていないようだった。


 ツキがぺしぺしと俺の頭を叩いた。


「何。どうしたんだよ」


 俺はツキに訊ねた。けれど、俺の頭をひたすら叩くばかりだ。リボンの姿だと、千変鏡のテレパシーも使えないらしい。


 ツキは独特のリズムで俺を叩いていた。


 ぺしぺーしぺしぺしぺし、ぺーしぺしぺしぺし、ぺしぺーしぺーしぺし、ぺーしぺし、ぺしぺしぺーしぺーし。


「終ったの?」


 突如、マキナさんが言った。俺は何事かと身構えた。見ると、マキナさんのカメラがツキのほうを向いている。どうやら、通訳を請け負ってくれるみたいだ。


「『終ったなら外に出して。人間に戻して』と言っています」


 マキナさんがドアを開ける。俺は頷いて、彼女を降りた。


 高校の隣には公園がある。俺たちはそこの植込の裏に隠れた。ツキは人間に戻っていた。マキナさんは透明になっている。


「あと二十秒です」


 マキナさんが言った。俺は心の中でカウントダウンした。


 二十秒経ったちょうどその時、塀の前に白い光が満ちた。ツキはそれを指さし、ささやいた。


「マキナ、時代と場所!」


「今やっています!」


 ブウン、と見えない何かが俺の頭上を通り過ぎた。マキナさんのドローンだ、と俺は思った。


 目の前でブレーキ音が響く。直後、塀の崩れる音がした。コンクリートのかけらが飛んできて、俺の頭にコツンとぶつかった。俺は植込の影から様子をうかがった。


 路には土埃が立ち込めていた。視界がだんだんと晴れる。俺はその中に一台の車を見つけた。その車は、マキナさんとまったく同じ大きさで、まったく同じ形をしていた。


「あれが、九百九十九年と三百五十五日前の僕たち」


 ツキが真顔で言った。


 過去のマキナさんが後退した。ガラガラと音を立て、塀が崩れ落ちる。


 その時、俺は気づいた。スーパーのほうから誰かが歩いてくる。階段で俺とぶつかった、あの男子生徒だった。


 彼はマキナさんを見て、ぴたりと立ち止まった。彼は右手にペットボトルを握っている。青い水玉模様の乳酸菌飲料だ。


「出ました! 中生代ジュラ紀新世、場所は北米です」


 マキナさんが報告した。ツキは「ありがとう」と言った。


 過去のマキナさんがゆっくりと空に昇ってゆく。男子生徒はそれを見上げ、ボトリとペットボトルを落とした。「ちっこい車」はスーパーの向こうへ飛んでいき、やがて青空に溶け込んだ。


「これで一件落着だよ。どうかな。なんとなく流れはわかった?」


 不意にツキが言った。俺は「まあ……なんとなく」とはっきりしない返事をした。


 すると、ツキが今度はもじもじしながら切り出した。マキナさんも控えめにこちらを見ている。


「あのね、言いにくいんだけど……実は、寝床を探していて」


 俺は溜息をついて、言った。


「親に相談してみるよ」


 ツキが目を輝かせて、マキナさんを見る。彼女も車内燈をキラキラさせた。


 こうして、五日間の大冒険が幕を開けたのだった。

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