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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第2話 旅のはじまり
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#7 車で夜空を飛ぶ

 そのとき、マキナさんがツキを叱りつけた。


「トゥキ様、あなたは何を考えているのですか!」


 天井燈をギラギラさせている。


「私という優秀なコンピューターがいながら、見ず知らずの人間に頼るだなんて!」


 やる気満々で頷こうとしていた俺は、我に返った。


「確かに……人を頼るにしたって、どうして俺を選ぶんだ。人間なんてそこかしこにいるじゃないか」


「それは……」と、ツキが口籠る。俺に顔を覗き込まれ、少し恥しそうに答えた。


「助けてもらったからだよ」


 ツキは続けた。


「駅前には大勢の人間がいたけど、みんな素通りしていった。ただ一人、羽揺だけが助けてくれたんだ。『この人なら僕の話を聞いてくれる』って、そう思ったんだよ」


 ツキは俺から少し距離をとり、ひざまづいた。


「僕は故郷に帰りたい。元の姿に戻りたい。そのために、力を貸してほしいんだ」


 静寂が訪れた。ビルの周りに街が広がっている。遠くで、車のクラクションがひとつ鳴った。


「……まあ、そういうことでしたら」


 マキナさんが言った。車内の光はだいぶ収っている。


 俺もツキに歩み寄りながら、答えた。


「いいよ。是非やらせてくれよ」


 ツキの表情が明るくなる。


「でも、先に返してくれないか。これを」


 俺はツキの肩に乗り、リボンを引っ張った。


「痛い!」


 ツキが悲鳴をあげる。


「ご、ごめん」


 俺は退いた。


 ツキが涙目になりながらリボンに触れる。ツキはそれを観察した。まるで、今はじめてリボンの存在に気付いたみたいだった。


「これは取れないよ。癒着してる」


「ユチャク?!」


 その言葉に、俺は愕然とした。ゴムで髪に結んでいたんじゃなかったの?


「僕の意思で着けたわけじゃないよ。羽揺が僕をリボンと一緒に叩き潰したでしょ。その時に、布の繊維と体の組織が絡み合ったんだよ」


 マキナさんが近づいてきて、心配そうにツキの頭を見た。


「他の動物に変身しても、くっついたままだったからね……」


 ツキが溜息をつく。ツキ自身もリボンを取りたがっているらしい。


「皮膚ごと切り取るしかないのか」


 俺は呟いた。ツキが「や、やめてよ」と顔を青くした。


「一つだけ方法があります」


 マキナさんが提案する。俺たちは身を乗り出した。


「トゥキ様がもとのお姿に戻ればよいのです。つまり、リボンが癒着する前の状態に戻すんです。そうすれば、リボンはきれいさっぱり外れます」


「確かにそうだね」と、ツキが嬉しそうに言った。


 がっかりしていた俺は、期待を胸に確認を取った。


「もとの姿に戻れば、リボンが取れるのか」


 ツキは首をかしげた。


「どうしてリボンにこだわるの?」


 俺はそっぽを向いて、言った。


「……大切なものだからね」


 ツキが納得したように頷いた。


「交換条件だね。僕が元の姿に戻れるように、羽揺は僕たちの旅に同行する。そのかわり、僕が元の姿に戻ったら、僕は羽揺にこのリボンを返す。それでいいかな」


 俺は快く引き受けた。


「諒解」


 こうして、俺たちは約束を交した。


 マキナさんがツキと俺とを交互に見て、言った。


「さて。今後のことも決まったようですし、また探し直さないといけませんね」


「『探す』って、何を」


 俺は理解が追いつかなかった。


「過去の僕たちだよ」


 ツキがフェンスを指さして、言った。


「ここの屋上に、過去の僕たちがやって来たでしょ。あの子たちがいつの時代から来たのか、調べなくちゃいけなかったんだけど……もう別の時代へ行っちゃった」


「本人たちは行ってしまいましたが」と、マキナさんが言った。


「それほど人間がいるのでしたら、誰も見かけていないということは有り得ないはずです。『透明になる車を見かけた』と噂が立っていたりですとか、塀の一部が粉々に崩れていたりですとか――」


「あの……」


 俺は手を挙げた。猫の姿だから上手くできなくて、招き猫みたいな恰好になってしまったけれど。


 ツキが俺の前にしゃがみ込んだ。


「どうしたの」


 俺は答えた。


「その話、心当りがあるんだけど」


 事情を伝えた俺は、ツキに抱き上げられて車に乗り込んだ。


「マキナ、目的地は七姫東高校だよ。きっと地図にも載ってると思う」


 ツキが俺の学校の名前を出す。車内前方に立体映像が浮び上がった。カーナビだな、と俺は思った。


 繰り返しになるけど、マキナさんには普通の自動車にあるもの――ハンドルがなかった。ツキ自身も、これから運転しようだなんて感じには見えなかった。後部座席に乗せられた子供みたいに、窓の外を眺めている。


「どうやって運転するんだ」


 訊ねると、ツキが答えた。


「お腹に力を入れる」


 左右から瞬時にシートベルトが伸びた。ガッチャンと音を立て、ツキの体を固定する。俺は間一髪のところでそれを避けた。


「……あっぶねえ」


 もろに喰らってたら死んでたよ。


「自動運転車なんだ」とツキが補足した。


「行先、東京都立七姫東高等学校。まもなく離陸いたします」


 マキナさんの真面目なアナウンスの直後、車体が少しだけ揺れた。俺はツキの肩に登った。


「わあ……」


 窓の外を見て、俺は息を飲んだ。


 マキナさんは空を飛んでいた。さっきまでいたビルの屋上が、もうあんなに小さく見える。


 窓に頰をくっつけると、車体の側面が見えた。その下には車輪も確認できる。タイヤに内蔵された回転翼が動いていた。これで揚力を生み出しているんだ。


 ツキが俺を見て、ふふっと笑った気がした。


 タイヤが次第に消えてゆく。車内に目を戻すと、床もだんだんと透けてゆくじゃないか。床だけじゃない。壁も、天井も、座席も、俺の目には見えなくなってゆく。


 同時に外の景色が見渡せるようになった。初めは街の灯りが、それから建物の形がはっきりと見えてきた。おしまいには重要そうな計器を残して、マキナさんはほぼ完全に消えてしまった。


 足がすくんだ。


 ガラス張りなら光の反射があるから、完全には透明にならない。だけど、これは反射が全くない。俺とツキだけが夜空に浮んでいるように見えた。


「わ、わわわ!」


 俺は足を踏み外し、ツキの肩から転げ落ちた。地面に向けて真逆さまかと思った。


 目をつむって丸くなり、ふるふると震える。俺の耳元ではモーター音が変らず響いている。


 片目を開ける。俺は見えない床に着地していた。


「メタマテリアルだよ」


 ツキが落ち着いた声で言った。


「周りの光の進路を自由に変えられるんだ。光を迂迴させると、こんな風に透けたように見えるの。僕たちの姿も、今は外からは見えないよ」


 呼吸を整え、下を見る。


 俺たちの住む街が広がっていた。電車が駅から出入している。交叉点で自動車が停ったり、走り出したり。いつの間にか恐怖を忘れて、俺はそれを目で追っていた。視力が弱いからくっきりとは見えないけど、俺を見とれさせるには十分だった。


 ビルに取り付けられた大型画面、自動車のウインカー、住宅街にぽつんと立つ白い電燈――。この夜景を人間の目で見られないことが惜しかった。もしできたら、もっと色彩豊かに輝いて見えたのに。

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