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恐竜時代で放課後を  作者: 半ノ木ゆか
第2話 旅のはじまり
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#6 ツキの過去

 ツキはマキナさんの座席に坐っていた。暖色の天井燈が白い髪を照している。


「僕もマキナも、昔の記憶はすっかり抜け落ちてる。だから、この話は僕たちの推測を組み合せたものだよ。それをわかった上で聞いてもらえるかな」と、ツキは前置した。


 俺は「わかった」と言った。俺は猫の姿でダッシュボードの上に坐り、ツキと向き合っていた。


 マキナさんは一人乗だった。俺の足元で速度計が光っている。いろいろな形の警告燈も点滅していた。そして、不思議なことにハンドルがなかった。


「僕は、もともとは普通の動物だったの」


 ツキは語り出した。


「動物の種類はわからない。いつの時代のどこの土地で生れたか、検討もつかない。きっと、森かどこかで家族と気ままに暮してたんだ」と、遠くを見るような目で言う。


「そこへ、人間が乗り込んできた」


 ツキは続けた。


「未来の人間がタイムマシンを発明したんだ。――人間の道具は何でもそうだけど、タイムマシンも正しく扱ってるうちはいいんだよ。でも、やっぱり悪用するやからが出てくる」


 ツキは眉尻を下げた。


「密猟者がタイムマシンを手に入れて、過去へ出向くようになったんだ。彼らはいろんな時代で動物を殺したり、捕まえて未来で売るようになった。……僕もそうやって捕まった」


 気分の悪い話に俺は身じろぎした。ひどいことをするもんだ、と怒りもこみ上げてくる。


「僕は運がよかった」


 ツキが微笑む。


「何かの拍子に、僕は逃げ出せたの。で、少しばかりの道具を手に、このマキナに転がり込んだ」


「私に乗って命拾いしましたね」


 マキナさんが口をはさむ。ツキはカメラを見て、「そうだね」と頷いた。


「道具の使い方も、言葉も、みんなマキナから教わったの。二人でいろんな時代を旅して、そこそこ楽しくやってたよ。でも、あるとき転機が訪れたんだ――オドメーターって知ってる?」


 俺は頷いた。


「見たことあるよ。父さんが説明してくれた」


 たしか、自動車についているメーターのひとつだ。今までに走った全部の道のりが、足算されて出ているんだっけ。


「じゃあ話は早いね。マキナにもオドメーターがあるの。この黄色い数字だよ」


 ツキが俺の足元を指さした。俺はツキの膝に乗って、振り返った。そこにはこう表示されていた。


「999yr 360d」


「きっと、羽揺はゆるが知ってるのは単位が『キロメートル』のやつでしょ。『この車は、今までに何キロ走りました』っていう。でも、マキナはタイムマシンだから、メーターの表す意味も違う。この数字は、マキナが起動してから今までで、車内に流れた時間を表してるんだよ」


「車内に流れた時間」


 俺はメーターを見つめたまま、鸚鵡返しに言った。


「そう。つまり、僕とマキナが出会ったのは九百九十九年と三百六十日前」


「言いかえると、その数字は私の年齢なのです。私はもうすぐ千歳の誕生日ということですね」


 どこからともなくマキナさんの声が響いた。きっと、車内のどこかにスピーカーがあるはずだった。でも、俺には見つけられなかった。


「そう言えば、あれは朝だったよね……ヴュルム氷期のヨーロッパへ行った時だった」


 ツキは話をもどして、ドアをコンコンと二回叩いた。マキナさんがドアを開ける。ツキに続いて、俺も外にぴょんと降りた。


「僕はマキナを高台に停めて、窓越しに景色を眺めてたんだ。朝焼を背景にマンモスの群れが横切ってたよ。僕はふとオドメーターを見た。そしたら、数字がぴったり五〇〇年になってたんだ。そっか、もう五百年も経ったんだ……って、感慨深くなっちゃった」


 千とか五百とかいう数字が出てきて、俺は疑問に思った。そんなに時間が経っていたら、動物も機械も寿命が来るんじゃないか。


 だけど、まずはおしまいまで聞いてみることにした。


「その時、僕は気づいたんだ。自分がどこから来たのか、自分が何者なのか、まったく知らなかったことにね」


 ツキが見上げる。俺もつられて空を仰いだ。十日夜の月がぼんやりと見えた。夜風が俺の黒い毛並を撫でた。


「今まで、いろんな動物に変身してきたよ。例えば、大きな動物」


 手鏡を取り出して、鏡面を数回叩く。ツキは巨大なアルゼンチノサウルスに変身して、マキナさんを一跨ぎした。


「小さな動物」


 体を一瞬で縮ませて、蚊に化ける。


「海の動物」


 真白なイルカがマキナさんの隣に横たわる。


「それから、空の動物にもね」


 雀に変身して俺の前に降り立った。人間に戻り、すっくと立ち上がる。俺はドキドキしながらその姿を見上げた。ツキは「ふっ」と俺に笑いかけた。


「だけど、僕、そういう暮しはやめることにしたの。ふるさとへ帰って、もとの姿に戻ると決めたんだ。そのためにまず、石炭紀のゴンドワナ大陸へ戻った。そこには一日前の僕がいる。一日前の僕がいつの時代から来たのかを調べれば、二日前の僕に会える。そうやって一日づつ遡っていけば、五百年後に僕のふるさとへ辿り着く」


 ツキは俺に背を向けて言った。


「今は、長かった旅も大詰なんだ。明日からの五日間は、これまでよりずっと忙しくなる」


 くるりとその場で回り、俺に向き直る。


「羽揺。僕が元の姿に戻るのを手伝ってくれないかな」


 俺は一瞬、自分が何を頼まれたのか理解できなかった。マキナさんも呆然としている。


「それって……具体的に何をするんだ」


「簡単だよ。五日間でいろんな時代へ行って、過去の僕を探すの。一日二時間、計十時間。学校から帰ってきたあとでもできるよ」


「えっ、時間旅行ができるのか!?」


 俺はびっくりして訊き返した。


「もしかして、中生代にも行くんじゃないか」


 恐竜たちの暮していた時代に思いをはせる。ツキはちょっと考えてから、「十中八九行くと思う」と言った。


 俺はぼうっとしてしまった。


 恐竜時代で放課後を過ごせるかもしれない。生きて動いている恐竜を見られるかもしれない。そう思うと胸が高鳴った。

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